2006年04月28日

●ようやく春がやってきました

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例年になく寒い日が続いていた藤橋城周辺にも、4月20日すぎから桜が咲き始めました。昨日の時点ではそろそろ散り始めというところですが、いつもの年ならば4月の第一週には満開になりますので、半月ほども遅いことになります。 この冬は非常に雪が多く、昨年12月には藤橋城周辺で2メートル以上も積雪があり、毎日が雪との闘いでした。 タラの芽やわらびも芽吹き始め、藤橋の山もようやく春爛漫というところです。






2006年05月02日

●カエルの季節

寒い日が続いていた岐阜県内ですが、昨日から急に暖かく、というより暑くなりました。
今日は休みで、家の庭を眺めてぼんやりしていたところ、いきなりすぐ近くでカエルの声が聞こえてきました。
ああ、もうそんな季節かあ、と思いながら撮影したのがこの写真です。アマガエルは背景に合わせて自在に色を変えますから、鳴き声がしない限り、なかなか見つけることは困難です。
これからの季節、ウチの庭にはカエルが盛んに鳴くようになります。近所の田んぼではすでに水を張ったところもあり、これから梅雨時期にかけてはカエルの声がうるさいぐらいになります。
それでも、最近は田んぼをやめてしまう農家も多く、あちこちの湿地もどんどん埋め立てられていて、カエルだけではなく多くの水棲生物の生息が脅かされています。
水がなければ子孫を残せない水棲生物や両生類は、もっとも人間の活動の影響を受けやすい生き物です。

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日本は瑞穂の国。田んぼのもつ環境保全機能と身近な水環境保全を、もっともっと真剣に考えていくべきではないでしょうか。この国に暮らしているのは人間だけではないのです。




2006年05月05日

●シュワスマン・ワハマン第3彗星

分裂彗星として話題の彗星ですが、黄砂やら悪天候やらに妨げられて、ようやく2日の晩に見ることができました。旧谷汲村の横蔵というところで15センチ25倍の双眼鏡を使って見たのですが、C核が7等台、B核は8等と、予報よりも暗く、ちょっとがっかりでした。尾は、C核、B核どちらも1度弱、視直径はどちらも5分ほど、扇状のイメージは「彗星らしい」のですが、地球に近い割には小さくしょぼい姿でした。
現地は、藤橋ほど空が暗くありませんので(それでも天の川は見えます)、もっと暗い場所で見ればもう少し見え味は違ったでしょうが、予報より暗いことは確かですね。
ただ、C核、B核ともにかなり光度の変動があるらしく(恐らく分裂が続いていることによるものです)、観測者と観測日、というより観測時刻によってかなり光度が異なっています。コマの形状も逐次変化しているらしく、派手に明るく見える期待よりは、分裂という事態が彗星にどのような変化をもたらすのかをつぶさに観測できる絶好の機会という意味合いの方が魅力がありそうです。
また、今月下旬には彗星起源の流星雨出現の可能性が指摘されており、そちらも興味深いですね。月明りもない頃なので、個人的には彗星そのものよりも流星出現の可能性に期待をもっています。ただ地球との距離は微妙に遠いですが・・・。

2006年05月08日

●長い連休が終わりました

長い連休がようやく終わりました。
え? とうとう終わってしまった、つまらないなあ、じゃないのかって? 
とんでもありません。公開天文施設の職員にとって、5月の連休と8月のお盆はまさに書き入れ時。年間で最もお客さんが多い時期です。いつ体力と気力の限界がくるかと思いながら、毎年この時期を過ごしています。
西美濃プラネタリウムは、30分間の番組全編が生解説プラス手動操作。連休期間中は、二人の職員で1日に5回、投影を行ないます。
投影時間以外は、カウンターでチケットの販売、屋外と館内への案内放送、併設している歴史民俗資料館との連絡等に追われ、うっかりすると食事もとれません。運良く食事ができたとしても、食事時間は5分から10分程度、事務室の片隅で味わう余裕もなく手早く済ませます。
このように分刻みのスケジュールで動きながら、投影中はあくまでゆったりと、ロマンチックな雰囲気を崩さずに解説を進めます。
そうそう、プラネタリウムの解説ですが、ウチの館はシナリオがまったくありません。日々変化する夜空を、30分間の持ち時間の中、解説者のアドリブのみで説明していきます。体調のいい時は問題ありませんが、風邪を引いていたりするともう大変。鼻水を啜ることもできないし、咳をすることもできません。どんなに苦しくてもお客さんには悟られないように、あくまでクールかつジェントルに解説をしなければならないのです。
そんなわけで、体力と気力をすり減らしながら過ごしたこの連休、まさに「ようやく終わった」というのが偽らざる実感なのです。
公開天文施設の仕事は、社会教育だの天文普及だの言っても、基本は接客業。お客様にいかに星空を楽しんでいただけるか、そしてできればほんの少しでも宇宙に関する知識と認識を増やしていただけるかが目的だと思います。業界人の一部には、大上段に振りかぶって、天文学を「教えてやっている」的な考え方のヒトもいるようですが、はっきり言って愚かなことです。
満天の星空を満喫した結果として、宇宙の中に浮かんだオアシスである地球について、正しい認識をもっていただくことができれば何よりと、私は考えています。

2006年05月12日

●ふたつのふるさと

このところ、諸々の用事があって、月に一度ペースで帰省しているのですが、東京へ帰るたび、不思議な感覚にとらわれます。
私が岐阜へ移住したのが平成4年ですから、すでに14年間、通勤ラッシュや高層ビルとは縁のない田舎生活をしているにもかかわらず、新幹線が東京駅へ到着し、ひとたび中央線や山手線の乗客になってしまうと、まるで毎日そうして通勤電車に揉まれていたかのように、まったく違和感なく吊り革を握り、片手で文庫本を開いていたりする自分に気がつくのです。
流れる窓外の景色・・・新宿の高層ビル群やお堀端で釣り糸を垂れる釣り人の姿・・・も、やはり毎日眺めている風景そのものに感じられます。
都心の駅で降り、人々が行き交う繁華街を歩くときも同じです。つい数時間前までは、行き交う人もなく、ただ緑の風景が広がる田舎をのんびりと歩いていた私の足は、ごく自然に、かつて電機メーカーの営業として都心を歩き回っていたころの早足に戻っています。

移住して14年も経っているのだから、また、それなりに東京の景観も変化しているのだから、何らかの違和感なり疎外感なりを味わって然るべきと思うのですが、中央線や山手線に乗ったとたん、体も心も瞬時にして「東京モード」へ切り替わってしまうことが実に不思議に思います。なおかつ、そうした「東京モード」が、実に心地よく感じられるのです。満天の星空や山の緑、せせらぎの音を身近に感じられる田舎暮らしが大好きであるにもかかわらず・・・。

もしかするとそれは、地方で生まれ東京で仕事をしている人が、たまさかに故郷へ帰ったときに感じる開放感なり昂揚感なりとと同質のものなのかもしれません。
私にとっては、やはり東京が厳然たる「ふるさと」であり、田舎が好きでそれなりに現在の暮らしに馴染んでいるようでも、実のところ私の本質は、生まれ育った東京から決して脱却できないのかもしれない。そんなことを思います。

とはいえ、ふたたび新幹線に乗り、鉄橋から長良川や揖斐川の流れを見おろすと、「ああ、家に帰ってきた」とも思います。
どうやら私には、いつのまにか「ふるさと」がふたつ、できたようです。東京と岐阜、風景も文化も言葉も全く異なっているにもかかわらず、どちらも安らぎを与えてくれる場所。

田舎暮らしにはさまざまな不便やデメリットもありますが、その一方で、ふたつも「ふるさと」があるなんて、本当に贅沢でありがたいことだとも思います。

2006年05月15日

●これが山体崩落現場!

すでにマスコミで報道されているとおり、旧藤橋村東横山地内で大規模な山体崩落が発生、揖斐川本流の半分以上が堰き止められて危険な状況となっています。
写真は、今日の午前10時に撮影した現場の状況です。

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旧藤橋村地域では、昨冬以来、降水量が非常に多い状態が続いており、今回崩落した斜面では、上部の割れ目が次第に拡大、いつ大崩落が起こってもおかしくない状態が続いていました。
そのため、崩落前から災害態勢を発動、崩落直前には振興事務所に泊まりこみで徹夜の警戒を行なっていたところ、このような大崩落が発生したわけです。

崩落地点そのものには人家もなく、直接の被害は今のところない状態ですが、再度大規模な崩落が起こると、揖斐川本流が堰き止められ、溢れた水による浸水被害の他、溜まった水が大量の土砂を押し流し、下流域に非常に大規模な土石流を引き起こす恐れがあります。

実は昨夜、私は宿直だったのですが、昨夕方から現場の状態が安定してきたとのことで、徹夜での警戒態勢は一応、解除されました。連日の警戒態勢でかなり疲労していた職員も、まずは小休止というところです。

公務員は楽をして高給を貰っているなどと声高に批判する人もいますが、少なくとも山間地の小規模自治体では、ひとたび災害が起きた場合、真っ先に出動するのは役場職員です。大雨や大雪の中、命がけで災害に対応し、仮に死傷した場合でも、誰を恨むこともできません。
災害対応以外でも、地域の行事にはボランティアとしてほぼ強制参加、消防団やさまざまな地域の役員などに率先して携わらなくてはならないため、公休といえども半分は出勤です。
平野部の大規模自治体では「楽で高給を貰っている」公務員もいるのかもしれませんが、少なくとも狭隘な山間地の集落にあっては、給料にしても国家公務員や大規模市に比べれば3分の2ほど、いわゆる「3K」業種のひとつです。

今回のような災害を機に、山間地の自治体が置かれた厳しい状況にも目を向けていただければと思っています。

2006年06月01日

●水たまりのおたまじゃくし

長い雨がようやくあがった昨日、昼休みに散歩していると、ある駐車場の一角にある水たまりに、たくさんのおたまじゃくしが泳いでいるのを見つけました。
その駐車場は、何年か前まで湿地で、たくさんのカエルや蛍が見られた場所でした。そんな湿地が埋め立てられて駐車場になったのですが、カエルには、生まれた場所に産卵するという習性がありますから、かつて、その湿地で生まれたカエルが、たまたまできていた水たまりに産卵したのでしょう。

たまたま雨が続いていましたので、卵が孵り小さなおたまじゃくしにまで育ったのでしょうが、それにしても小さな水たまりです。このまま晴天が続いていたなら、半日ほどで乾いてしまうことは確実です。

小さな命を見殺しにはできず、かといって昼休みはあとわずかしかありません。まずは近くの沢からバケツで汲んだ水を、当座しのぎに水たまりへ補給しました。

退庁後にその場所へ行ってみると、水たまりは今にもなくなりそうでした。昼休みに水を足さなかったなら、きっと干上がっていたことでしょう。
バケツを傍らに置き、コップでおたまじゃくしを掬ってはバケツに移す作業の開始です。ふたつある水たまりから、1時間ほどかけてほぼすべてのおたまじゃくしを掬い終えた頃には、薄暗くなり始めていました。

掬ったおたまじゃくしは、次の休みにでも安全な場所へ移すつもりですが、すべてのおたまじゃくしを掬ったにもかかわらず、後味の悪さが残りました。

開発と称する自然破壊によって生息場所を奪われた生き物は、人間の行為に対して何ら反対する術をもちません。それでも、生まれた場所に産卵しようとする本能に基づいて、今は駐車場となってしまったかつての湿地に戻ってきたカエルは、迷った挙句、わずかに水を湛えた水たまりを産卵場所に選んだのです。
こうした事例は、きっと数えきれないほどあるのでしょう。今、この瞬間にも、何の罪もない生き物たちが、人間の欲望のために小さな命を奪われているのです。

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人類は、地球環境を破壊しながら繁栄してきました。それでも、人類には知恵があります。小さな生き物の声に耳を傾ける理性と想像力も、私たちには備わっているはずです。
果てしない自然破壊によって、地球が取り返しのつかない事態を迎える前に、ひとりひとりができることをもう一度考え直してみる必要があるのではないでしょうか。

(写真:おたまじゃくしがいた水たまりです。他にも水たまりの跡はいくつもありましたが、すべて干上がっていました)

2006年06月02日

●崩落現場その後

全国的に報道されている揖斐川町東横山の地滑り続報です。

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現在、小規模な落石等は続いているものの、大規模な崩落は起こっておらず、狭くなった揖斐川の幅を広げるために対岸(国道303号線側)を削る作業が進んでいます。
同時に、発破をかけて崩落せずに残った土砂を少しずつ落とす作業も進んでおり、極端な大雨が降らなければ、大規模な崩落は起こらずに推移しそうです。

ただ、これから梅雨に入ることもあって楽観はできません。
急峻な河川地形が多い岐阜県では、県内の危険な河川をリストアップして山体の調査を行うことを決定しました。
揖斐川町東横山の地滑りも、引き続き川幅の拡幅作業を進め、山体の落ち着き具合を見て、土砂の撤去作業を行う見込みです。

砂防や治水は昔から人々を悩ませてきましたが、考えてみれば川が山を削ったからこそ風光明媚な渓谷が作られ、下流域では土砂が堆積して肥沃な平野ができ、人々の生活圏となっていったのですね。
土砂災害は甚大な被害を及ぼすものではありますが、川をすべてコンクリートで固め、ダムで土砂流出を止めてしまったとすれば、生態系への影響はもとより、土砂の供給がなされないために、河口部の平野が海水による浸食で削られていく恐れも指摘されています。

治水と自然のサイクルの維持を両立させることは、本当に難しいものだと思います。

(写真は現場の監視カメラの画像です)

2006年06月04日

●これが職場から眺める風景

写真は、私の机がある揖斐川町役場藤橋振興事務所すぐ横から見た風景です。
机がある、と書いたのは、毎日、この藤橋振興事務所に出勤してから事務仕事を素早くこなし、公用車に乗り換えて、振興事務所から11kmほど北上したプラネタリウム・天文台へ向うという勤務形態のためです。

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もと、藤橋村役場だったこの地から見る景色はまさに絶景です。
東京在住中、週末になるとバイクで奥多摩へ行っていましたので、初めて藤橋村を訪れた際、「奥多摩の景色を毎日見ながら仕事をするんだなあ」と、思わず感慨にふけってしまいました。
東京在住の方ならわかってもらえると思うのですが、役場周辺の景色は、「御岳渓谷」とまさにそっくりなのです。
御岳渓谷といったら、休日には大勢の人が訪れる観光地ですよね。かつての藤橋村役場、今の藤橋振
興事務所は、東京ならば第一級観光地とそっくりの渓谷沿いに建っているのです。

写真の渓谷は、木曽三川のひとつである揖斐川です。春には新緑、秋には一面の紅葉に彩られる川面は深い谷を刻み、初夏ともなれば、藤の花が川面に紫の影を落とします。
そうそう、「藤橋」という地名の起こりとなった「藤の吊橋」は、この写真を撮った橋のすぐ横にありました。古来、美濃随一の景勝地として謳われてきた、山藤で編んだ吊橋です。
この吊橋については、改めて書くとして・・・。

毎日、こんな風景を見ながら仕事ができることは、実はすごいことなんじゃないかと、時折、思います。
加えて、プラネタリウムのある揖斐川町鶴見までは、人家の一軒もない揖斐川沿いの山道を遡っていくのです。
毎日の通勤ルートそのものがとびっきりの田舎暮らし・・・。
山の生活に憧れている人から見れば、信じられない贅沢かもしれません。
豪雪、災害など、都会では考えられない苦労も多々ありますが、職場から眺める揖斐川上流の風景には、心慰められずにいられないものがあります。

2006年06月06日

●プラネタリウム周辺の風景

一昨日は、藤橋振興事務所近くの風景について書きましたので、今回は、プラネタリウム周辺の風景をご紹介します。

西美濃プラネタリウムのある揖斐川町鶴見地区には、現在、人家が4軒しかありません。かつてはたくさんの人が住んでいたのですが、災害や過疎、そして徳山ダム建設に伴なう移転等により、ここまで人口が減ってしまったのです。

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西美濃プラネタリウムは小高い丘の上に建っています。眼下には揖斐川の清流が流れ、隣接して250年前の萱葺き民家を再現した「藤橋歴史民俗資料館」が、昔懐かしい山村の面影を伝えています。
もうしばらくすると、プラネタリウム周辺は写真のように合歓(ねむ)の花が咲き競い、山々の緑は一段と濃さを増していきます。
ぐるりと1,000m級の山々に囲まれたこの鶴見地区から北は、福井県まで人家は一軒もない無人地帯です。カモシカの姿を見かけることもたびたびです。
のどかな写真の風景からは想像がつきませんが、冬にはときに2.5mを越える豪雪に見舞われる地域でもあります。

東京に住んでいる頃は、この狭い日本で人が住んでいない場所なんて、よほど高い山の上か、無人島しかないと思っていました。まさか、自分がそんな場所で働くことになろうとは想像もしていなかったのです。ところが、人生とは面白いもので、美しい星空を追いかけているうちに、いつしかこんな場所までやってきてしまいました。
あと10年ぐらいは、こうして山の暮らしを楽しみたいと思っています。
10年後はどうするのかって? 東京の暮らしも山奥の暮らしも楽しませてもらいましたので、次はどこか海の近くに住みたいなあと、そんな虫のいいことを考えています。

2006年06月16日

●イモリ

昼休み、いつものように職場近くを散歩していると、山から湧き出す清水が作った水たまりに、イモリを見つけました。初夏から秋にかけて、ちょっとした水たまりによく見かける生き物です。
写真では背中側しか写っていませんが、腹側には赤い模様があり、ちょっと毒々しい感じです。
ふだんはあまり動かないイモリですが、以前、田んぼの畦に産みつけられたモリアオガエルの卵の下に十数匹のイモリが集まり、孵化しては水面に落ちるオタマジャクシを奪い合って食べている光景も目にしました。

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山沿いでは、水のある所どこにでもいたイモリも、最近は見かける機会が減りつつあります。
水路がコンクリート張りとなり、沼や湿地は埋め立てられ、田んぼは放棄されたり宅地になったり・・・。
このままでは、どこでも当り前に見られたイモリやカエルなどの生き物が絶滅する日も遠くない気がします。
目先の私利私欲にとらわれず、多少不便でもたくさんの生物と共存できる生き方をしてゆきたいものですね。

2006年06月20日

●HAS魂

先日、小学生の頃からの旧い星仲間であるOさんからメールをいただきました。
Oさんは、1973年に創立した東大和天文同好会のオールドメンバーであり、一時は同じ会社に勤めていたこともある長い付き合いの友人です。
私が岐阜へ移住してからは、年賀状を交わす程度の付き合いしかできずにいたのですが、このたび、同好会の観測会を久々に開催することになり、旧い星仲間たちにハガキで連絡をしたところ、早々に連絡をくれたというわけです。

思えば、同好会が創立してから30年余、延べにすれば数百人のメンバーが入会し、同じ星空を見上げてきました。今も活発に天文活動を続けている人もいれば、連絡先さえわからなくなってしまった人もいますが、過去に一度でもいっしょに星を見上げた方々との縁は、終生大切にしたいと思っています。

メールのなかでOさんは、「HAS魂」という言葉を使われていました。HASとは、東大和天文同好会の略称です。
さまざまな場面で、苦楽をともにしたOさんならではの言葉に、私は心が熱くなるのを感じました。

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魂・・・。
曖昧な言葉ではありますが、現代の日本人にもっとも欠けているのがこれだと思います。
アイデンティティを持ちなさいとか個性を大切に、などといわれますが、アイデンティティや個性の基本となるべき、個々人のもっとも深いところにある輝きこそが魂なのだと思うのです。
魂を見いだし磨くことは、生き方や外面など、その人のすべてを輝かせることにつながります。

33年という長きに渡って、小学校6年生3人が創った天文同好会が存続したことも考えてみれば驚きですが、その長い歳月が、メンバーそれぞれの魂を磨き上げ輝かせることにつながったとすれば、本当にすばらしいことではなかったかと思います。

写真:東大和天文同好会会誌“ほしぞら”10周年記念号(1983年11月)表紙より

2006年06月24日

●杉の山

写真は、プラネタリウムの玄関から見える山の斜面です。幾何学模様とも言うべき杉木立が整然と並んでいますね。

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見ようによっては美しいこの光景、日本中の山間地で見慣れた景色となっています。戦後、建材需用が逼迫する中、国策として杉の植林が奨励されたことにより、またたく間に山という山が杉の単一林となってしまったのです。右向け右の国民気質が如実に現れた風景といっても良いでしょう。
ところが、植林した杉が育たないうちに、安い外国産の木材がどんどん輸入されるようになりました。何十年かすれば宝の山となるはずだった杉は、ほとんど無価値となってしまったのです。

そうした事情により、手入れをする人もお金もないまま放置された杉山は年々荒廃の一途をたどっています。
杉は、根の張りが浅く保水力が小さいことから、水源地の山林は、頻繁に鉄砲水に襲われるようになりました。
また、手入れされない杉山は暗く、他の植物が育つことができません。そのために山に住む動物が餌不足となり、生態系の破壊が進行しています。熊が里に下りてきたり、猿が畑の作物を食害するのも、山林の多くが杉の単一林とされてしまったことが原因のひとつと考えられています。

国産の木材がもっと使われるようになれば良いのですが、なかなか難しいようです。
手をこまねいているうちに、生態系の破壊はどんどん進行してしまいます。
いたずらに議論を重ねるよりも、百害あって一利なしの杉山を伐採し、元の混交林に戻すことが急務ではないでしょうか。

2006年06月28日

●マタタビ

唐突ですが、「マタタビ」をご存知ですか。
「ああ、猫が喜ぶあれね」と思った方は、どんなモノを思い浮かべたでしょうか。

実は、マタタビというのは、山に自生している高木なのです。
木というものは、どれもなかなか種類の判別がつきにくいものですが、マタタビだけはすぐにわかります。葉の色が緑ではなく白いのです。
といっても、全部の葉が白いのではなく、緑の葉と白い葉が半々ぐらいでしょうか。

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今の時期、緑濃い山の木々の中にあって、マタタビの葉の白さは特に目立ちます。
猫が喜ぶというのは本当で、この木の枝でも葉でも折り取って与えると、猫によって個体差はあるものの、大抵は酔っ払ったようになってしまいます。
盛夏を過ぎるころには、固く青い実がたくさん生ります。とても美味しそうな匂いがするのですが(梅や花梨のような匂いでしょうか)、人が食べることはできないようです。
藤橋では、この実を焼酎に漬けてマタタビ酒を造ります。疲れを取るのに効能があるとのことです。

猫に与えると喜ぶと書きました。
実はウチでは、猫を8匹、飼っています。どうしてそんなに猫がいるのかは、いずれ説明するとして・・・。
他の猫たちが、多かれ少なかれマタタビに酔っ払うのに、ただ一人、全く関心を示さないのが、最も古くからいる猫のビビさんです。
ビビさんは、年齢不詳、人語を解す上に、テレポーテーションしたり人間化したり?と、これまでたびたび不可思議な能力を発揮してきました。
ビビさんにしてみれば、「マタタビなんて猫が喜ぶものでしょ」と思っているのかもしれません。ビビさんは、自分のことを猫だと思っていないようなのです。
もしかしたら、マタタビ酒ならば、くいくいと飲むかもしれません。

2006年07月02日

●山体崩落現場その後(6月29日現在)

揖斐川町東横山の山体崩落現場その後の様子です。

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現在、崩落した対岸(国道側)を削って流路を広げる作業が行なわれています。
一方、崩落側の流路沿いには、テトラポッドを敷きつめて、侵食によって新たな崩落が起こらないような措置がとられています。
また、この写真には写っていませんが、崩落斜面では、無人の重機によって、新たに崩落の危険がある土砂や岩体の撤去作業が進行しています。同時に、少しずつですが、崩落土砂の撤去も進みつつあります。

当面、再度の大崩落や揖斐川本流が堰き止められるという事態は避けられそうですが、梅雨末期の大雨が今後予想されることから、引き続き監視体制を強めているところです。

2006年07月09日

●モリアオガエル

西美濃プラネタリウム駐車場横にある水路で、今年もモリアオガエルが産卵しました。
水路に張り出した木の枝に、白い泡のような塊がいくつもぶら下がっており、触ってみると、お麩のような手触りです。

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卵から孵ったオタマジャクシは、そのまま水に落ちて成長します。カエルの多くは水中に産卵するのですが、モリアオガエルだけはカマキリが木の枝に卵を産みつけるような産卵方法をとるのです。
以前は、藤橋地区の水のあるところにはどこにでも見られたモリアオガエルですが、残念なことに、ここ数年、急速に数を減らしています。今年、西美濃プラネタリウム周辺では、わずか数個の卵嚢しか見ることができませんでした。
過疎化による水田の減少、繰り返される農薬散布、オタマジャクシが成長する前に水田の水を干してしまうこと、車の増加とともに車道を横切るカエルが轢かれてしまうことが増えたことなど、生息数が減少する要因はさまざまですが、考えなくてはいけないのは、いずれも人間がその原因を作っているということです。
このブログでも繰り返し書かせていただいていますが、そうした人間活動の影響を最も受けやすいのが、カエルや水棲昆虫といった水辺の生き物です。
水路や池の周囲に産卵に適した木を植えるなどの保護策を私なりに講じてはいますが、こんな小さな山村ですら、そんな個人の努力を遙かに上回る勢いで自然破壊が進んでいます。
開発という名の殺戮行為に抵抗する声も手段も持たない小さな生き物を守ってゆくことこそ、知恵と理性を持つ人類の責務なのではないでしょうか。

2006年07月12日

●ハイイロゲンゴロウ

例の如く、昼休みに散歩していると、以前、オタマジャクシを掬った駐車場の水たまりに、小さな虫が10匹前後、忙しく水中を動き回っているのを見つけました。
薄茶色と灰色の混ざったような色をしており、体長は10mm~15mmほど、ときどき水面に浮かんできてはすぐに水中に潜っていきます。毛の生えた後ろ足を動かして素早く移動し、同じ場所にとどまっていないため、接写をするのが大変でした。

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ゲンゴロウの類だということはすぐにわかりましたが、真っ黒な普通のゲンゴロウとは色も大きさも違います。
帰宅して調べたところ「ハイイロゲンゴロウ」のようでした。本州各地で普通に見られる種類とのことで、水の汚れにも強いようです。
人間にとっては過ごしづらい梅雨の時期は、野山を歩くとさまざまな生き物に出会える季節でもあります。

2006年07月14日

●合歓の花

うっとおしい天気が続くこの時期、プラネタリウムへ通う道沿いには、合歓(ねむ)の花があちこちに咲いています。
遠くから見ると、薄桃色の雲のように見えるのですが、近づいて観察すると、糸のように細い花弁が集まって、一つの花を作っていることがわかります。
子細に観察すればするほど上品で精緻な造形で、なぜ自然はこれほど緻密な芸術品を作ることができたのかと感心してしまいます。

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「ネムノキ」という名前は、夜になると葉が閉じることに由来しています。
その様子が眠っているように見えることから「ネムノキ」。
まめ科の落葉小高木で、秋にはインゲン豆のような鞘に入った実をたくさんつけます。

不思議なのは、木によって色合いが微妙に違うことです。基本はピンク色なのですが、白に近い淡いものから真っ赤に近いものまで、さまざまなのです。
アジサイのように土の酸性度によるものなのか、他に原因があるのかわかりませんが、時に真紅に近い合歓の花を見つけると、川沿いにいくらでもある木だけに、かえってその鮮やかさに心を動かされます。
庭木としても植えられるネムノキですが、やはり山中の水辺にひっそりと咲いている姿が一番きれいに思えます。

2006年07月23日

●現在、茅屋根吹き替え中

藤橋城(西美濃プラネタリウム)に隣接して、地域の萱葺き民家5棟を移築した「藤橋歴史民俗資料館」があります。
この施設の4号棟の茅屋根を、現在、葺き替え中です。古い屋根材をすべて取り払い、ススキ茅で葺き直していくのです。
なかなか見られない光景ですので、入場者の方は、皆さん、興味深そうに見学しています。

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かつて農山村では、ほとんどがこうした茅屋根でしたが、今ではそうした昔ながらの民家は、文化財として保存されているもの以外、まったく見ることができなくなってしまいました。
茅屋根なんて雨漏りしそうだし寒そうだし、なんて思ってしまいますが、実のところ、雨漏りなんて全くありませんし、夏は涼しく冬は暖かく、日本の風土にぴったりの家屋です。
屋根の葺き替えにしても、廃材は完全な自然素材、数年すれば土に還ってしまいますし、新しい屋根材料も普通に生えているススキです。国内で一から十まで自給と処分が可能な素材なのです。壁や障子といった屋根以外の部材も同様の自然素材であることはもちろんです。「建築廃材」などといった言葉は、少し前の農山村では存在し得なかったのですね。

若干面倒なのが、常に囲炉裏の火を焚き続けなければならないということでしょうか。煤が付くことによって腐食や虫害を防除するのが茅屋根民家の特徴ですので、これを怠ると、見る間に家が傷んできます。
藤橋歴史民俗資料館でも、できるだけ各棟に火を焚いて部材を燻すように心がけています。

こうして家族で囲炉裏を囲む光景は、恐らく縄文時代から変わらない「イエ」の原型だと思われます。
家族がバラバラに自分の部屋で食事を取るといった現代を象徴する光景と、煤まみれになりながらも、ひとつの囲炉裏を囲んで団欒をしていた光景、どちらが人間らしい姿なのでしょう。
囲炉裏の火を見つめながら、心静かにそんなことを考えてみたいですね。

2006年08月08日

●きらめく水面を見つめて

毎年、夏になると、揖斐川町久瀬の、とある川へ行きます。揖斐川に注ぐ小河川ですが、何段にも連続する淵に樹木が鬱蒼と覆い被さり、光と影の躍る水面はあくまで澄んで、非常に内省的な気分にさせてくれる場所です。

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昨日は家族でその川に行き、夕方まで泳いだり、石を拾ったりして過ごしました。写真の箇所は深い淵になっていて、トンボやカゲロウが飛び交い、魚が跳ね、昼間はカジカガエルが、夕方にはヒグラシの大合唱となる私のお気に入りの場所です。
そんな場所で、時に泳ぎ、あるいはきらめく水面を見つめて過ごす無為の時間は、何ものにも替えがたい至福のひとときに思えます。
そう、一人で満天の星空を見上げているときの幸福感と似ているかもしれません。わずらわしい他人との関わりから遮断され、自然に抱かれる安らぎ・・・。

私は、宗教や神様を信じませんが、そんなひととき、たしかに自然には何らかの思惟が宿っている気がします。人格を有する思惟ではありません。地球という惑星が持つ生命のエネルギーの総体が放つ思惟です。
そんな超人格的な存在とひそやかな会話を楽しみたくて、私は山野を歩いたり、星空を見上げるのだと思っています。

2006年09月04日

●大盛況の徳山ダム湖底見学

湛水試験間近となった徳山ダムですが、水資源機構が湖底を案内するバスを運行しています。
25日から湛水試験開始ですから、そろそろ湖底見学も終了する時期とは思うのですが、昨日、3日現在ではまだ運行されており、新聞やテレビ等で湛水試験が大きく報道されたことを受けて、見学申込みが殺到し、バス運行回数を増便するなどして対応しているようです。

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昨日、プラネタリウムを訪れたお客さんの話では、土曜日から徹夜で並んでいるグループもあったそうで、その方も朝一番に申し込んだにもかかわらず、4時のバスまで待たされているとのことでした。
おかげで?プラネタリウムを訪れるお客さんも大幅に増加しており、昨日は夏休みが終わったにもかかわらず200人を越える方が来場され、駐車場が満車で入れないほどでした。

ダムの是非はともかくとして、湛水が始まれば旧徳山村のようすを見ることは永久にできなくなります。
ダムに賛成の方も反対の方も、是非一度、今月中に見学をされることをお勧めします。
なお、自家用車では付替え国道から見下ろすだけで、建設現場まで降りることはできません。

見学申込みは、藤橋城から駐車場を挟んで反対側にある「徳山ダム建設パビリオン」へお越し下さい。
土日祝日のみの運行のようです。団体以外は電話申込みは受け付けておらず、当日、現地での申込みだけとなります。

現地へお越しの際は、ぜひプラネタリウムへもいらしてくださいね。冷房の効いたドームで、満天の星空をお楽しみいただけますヨ。

写真:旧徳山村塚地内の揖斐川

2006年09月05日

●9月になっても忙しい!

長い8月がようやく終わり、ほっと一息つける9月がやってきた、と思ったら・・・。
9月第一週の土日、お客さんが来ること来ること。ふつうは9月になれば、たとえ土日でも夏休み中に比べればかなりお客さんが減るのですが、3日の日曜日は200人以上のお客さんが来館され、忙しい忙しい。
ダム見学がらみの団体予約もこれから先、けっこう入っていますので、まだしばらくは夏休み並の入館者数が続きそうです。出張観望会もいくつか予約が入っており、夜の方もそれなりに忙しそう。
こうした本来の業務に加えて、9月からは文化財の仕事もしなければならず、11月頃になれば天文台の観望会も始まりますので、冬までは仕事に追われる状態が続きそうです。
まあ、仕事がないよりはいいかと思いつつ、また、文化財の仕事にしても、新しい分野について学べる良い機会と自らに言い聞かせながら、がんばっていくつもりです。

2006年09月12日

●徳山ダム見学は18日まで!

今月25日の徳山ダムの湛水試験開始まで僅かとなりました。
西美濃プラネタリウムへも見学に関する問い合わせが相次いでいますので、このブログでも見学のご案内をさせていただきます。
なお、見学できるのは今月18日(祝)までだそうです。見学ご希望の方はお急ぎ下さい。

1.個人で見学の場合
18日までの土日祝日、午前10時より、藤橋城(西美濃プラネタリウム)から駐車場をはさんだ向かい側の「徳山ダム建設パビリオン」で先着順に受付。参加費無料。
ダム堤体右岸展望所からダム上流展望所まで約1時間かけてシャトルバスで案内。
問い合わせ:徳山ダム建設パビリオン 0585-52-2550

2.団体で見学の場合
20日頃まで随時、個人見学と同様のコースを見学。
問い合わせ、申し込み:徳山ダム建設所総務課 0585-22-4711

なお、ダム見学をされる方は、ぜひ藤橋城(西美濃プラネタリウム)・藤橋歴史民俗資料館へもお立ち寄り下さい。

2006年10月01日

●ギターが弾きたい宿直の晩

今夜は宿直です。平日の宿直では、遅くまで仕事をしている人がいたり電話があったりと何かとせわしないのですが、日曜日はほとんど電話も来ず、もちろん仕事をしている職員もおらず静かです。
今は22時をちょっと回ったところ。小川洋子さんのエッセイを読みながら、ビデオで伊勢正三さん(元かぐや姫・風の正やんですね)の演奏を見て(聴いて?)います。
ブラウン管の中の正やんは、若い頃と何も変わらず(ギターだけはめちゃくちゃ上手くなっていましたが)、生き生きと演奏しているその姿を見ていると、ああ、俺もまたギターが弾きたいなあという気持ちがふつふつと沸き上がってきます。

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星と音楽、そして文学、これが私という人間を構成している大部分の要素です。いや、私という人間を構成しているさまざまな要素を主観的にも客観的にも表現するための方法論という方が適切かもしれません。
時にはバンドを組んだり、時には拙い曲を作ったりと、いつも私の内部にあるものを表し、そのネックを握るだけで心を鎮めてくれたのが一本のギターでした。
ギターにあまり触らなくなったのは忙しさももちろんですが、いっしょに演奏をしてくれる友人が近くにいないことも大きな要因です。東京にいる頃は、何かあればいっしょにセッションをしてくれる友がいました。星空の下で、仲間うちのパーティーの席上で、心の奥底まで響くような弦の音をそうした友人と楽しんだものですが、こちらへ引っ越してからは残念ながらそうした音楽仲間とは巡り会えず、次第にギターから遠ざかっていたのです。
今度の休みには久しぶりに弦を張り替えてギターを弾いてみようかなと思いながら、正やんのビデオを見ています。

写真:東栄町 スター・フォーレスト御園にて

2006年11月13日

●いよいよ初雪

昨日はこの秋最初の冬型となり、プラネタリウム・天文台周辺は終日氷雨模様。周囲の高い山の山頂付近は、うっすらと雪化粧をしました。

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このあたりでは、「山に三度、雪が降ると平地にも雪が積もる」と言います。私の経験上でもおおむねそれは当たっているようです。
また、「カメムシが多いと雪が多い」「テントウムシが多いと雪が多い」とも言います。
昨年は近年にない豪雪となりましたが、11月の今頃は白い壁が真っ黒になるほどのテントウムシが発生し、「これは雪が多いのではないか」と噂していたところ、本当に
ドカ雪が降りました。
ただ、昨年の大雪は、山に三度も降らないうちに、いきなり平野部への積雪となりましたので、こうした経験上の天気予報が常に当たるとは限らないようです。
プラネタリウム周辺は、昨年12月、2メートル半の積雪となりました。背よりも遙かに高い雪を除雪するのは、本当に絶望的な気持ちにさせられます。

2006年11月15日

●紅葉が始まりました

暖かい秋で遅れていた紅葉がようやく始まりました。
写真は、プラネタリウムから揖斐川の上流方向の景色です。

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今夜は冷えるとのことですから、週末にはより鮮やかになるものと思います。
週末といえば、天文台の竣工式を17日に控えて職員は恐ろしく多忙です。
18日は新天文台最初の観望会、晴れてくれれば良いのですが・・・。


2006年11月30日

●藤橋歴史民俗資料館の紅葉

一週間ほど前の藤橋歴史民俗資料館の秋景色です。

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この頃は紅葉が盛りでしたが、今はかなり散ってしまいました。
今夜は雪の予報です。さほどは積もらないでしょうが、資料館の茅屋根が雪に厚く覆われる日も近そうです。
去年は2mを超える雪で連日除雪に追われましたが、今冬はどうでしょうか。

2006年12月02日

●豪雪に備えて

特別豪雪地域に立地する藤橋歴史民俗資料館では、毎年冬になると、時には2mを越える雪に潰されないために、雪囲いをし、屋根にシートをかぶせます。
今年もその時期がやってきました。

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はじめに雪囲いを完成させた上で、クレーン車を使って特別に作ったシートを屋根にかぶせてゆきます。
昨年は、この作業を終える前に雪が降ってしまい、必死に除雪を行なってようやくシートをかぶせました。今年は昨年の轍を踏まないよう、早めの作業を心がけ、雪が降る前に着手した次第です。
雪が消える3月まで、資料館はこのような完全防備の姿で豪雪を耐え忍びます。

2006年12月03日

●藤橋城、惜しむ秋

一昨日の藤橋城です。一面に敷きつめられた落ち葉が雨に濡れて、去りゆく秋を惜しむようでした。この日は天文台の自由見学通路も、半日で二人しか見学者がなく、毎年のことながら12月に入ると急に冬めいて、訪れる人もいなくなるのを実感しました。

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今日は冬型が強まって、朝から終日の氷雨。山の中腹から上は雪でまっ白です。
明日はもっと寒くなるようですから、藤橋城周辺も積雪があるかもしれません。
50センチ程度の積雪ならどうということもありませんが、昨年のように2mを越えると身の危険を感じます。







2006年12月14日

●アルネ君

ウチでは、人間が3匹の他に、猫が8匹、うさぎが1羽、そして12月になってもしぶとく生きているカマキリが1匹、暮らしています。
タイトルにあるアルネ君は、5歳になるパンダうさぎです。藤橋小中学校で子うさぎがたくさん生まれた際に頼まれてもらったものです。

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うさぎが5年以上生きる例は少ないらしいのですが、アルネ君は元気いっぱいです。
アルネ君は、昼間は庭に作った小屋で過ごし(ここには土が入っています)、夜になると家の中にある檻(かなり広い)に移されます。つまり、家の外と中、2軒の住居を有しているのですね。なかなか贅沢なうさぎです。
頭を撫でてあげると奥歯をボリボリいわせて喜びますし、機嫌がいいときにはボール遊びもします。
アルネ君の他にも、怪我をしたり病気になったりした学校うさぎの面倒を随分とみてきましたから、飼い主である3匹の人間はうさぎ飼育に関してはオーソリティです。
アルネ君も病気知らず怪我知らずで、これから先、まだまだ長生きしそうです。
ところで、アルネという名前は、星の名前から名づけています。うさぎ座のα星の名が「アルネブ」というのです。名前もなかなか贅沢ですね。

2006年12月15日

●アルネ君その2

なかなか晴れずに星が見えないので、またうさぎの話題。
前回、アルネ君はふたつ家を持っている、と書きました。前回掲載した画像は「外のおうち」です。全体に土が敷いてあり、自由に穴掘り遊びができるようになっています。

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今回、掲載した画像は「中のおうち」です。ウチの居間に置いてあり、広さは1畳ほどです。カミさんが自作したこちらは、足を傷めないように「すのこ敷き」となっています。足裏の柔らかいうさぎは、金網張りの床で足を傷めてしまうことがあるからです。
かじり木もいくつか入っていて、遊べるようにボールも入っています。
と、ここまで書いたら、カミさんと娘が「アルネ君には他にも家があるよ」とのこと。
そうそう、栃木県の那須に別荘があるのですが、その敷地内にアルネ君も別荘を持っています。こちらは6畳ほどのスペースがあります。
以前は、東京のカミさんの実家にも2畳程度の広さでアルネ君の別荘がありました。こちらは建てかえた際になくなってしまい、東京に連れて行く時には適当な場所に放しているようです。
これまで東京や那須に何度も行ったアルネ君。これだけ新幹線や高速道路で旅をしたうさぎも珍しいかもしれません。

2006年12月17日

●旧谷汲村の民具整理

私の本来の仕事はプラネタリウムと天文台なのですが、学芸員資格を持っていることから、天文以外の学芸分野も担当します。
今年、春から担当しているのが、旧谷汲村の郷土資料館に保管されている民俗資料の整理です。
この資料館には、約400点の民俗資料が収蔵されていますが、建物の傷みがひどく、資料の劣化が懸念されていました。そのため、収蔵品目録の再整備もあわせて、資料のクリーニングと整理を行なうことになったのです。

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私と、もう一人、学芸員資格を持っている女性が整理を担当しており、現在、目録整備・資料整理ともに8割がたまで仕事が終了しました。
相棒の女性が非常に仕事のできる子のため、お互い、本来業務がありながらここまで仕事が進んだわけですが、他の担当者と組んでいたならば、恐らくずっと仕事は遅れていたことでしょう。
現在は、資料一点ずつの写真を撮りながら、整理番号、資料名などを記したラベルを貼っています。
民俗は正直言って専門外でしたが(一応、地学と生物学が私の守備分野です)、この仕事を通じて、ほんの入口ですが、民俗学の世界を垣間見ることができました。大変でしたが、勉強させてもらったと思っています。

写真:整理着手前の資料陳列状況

2007年01月19日

●異常な暖冬

「今年は暖かくて楽だね」
この冬、揖斐川町内で誰もが挨拶のように交わす言葉です。
「でも、どう考えても異常気象だよね。温暖化の影響かなあ」
そのあとにこの言葉が続きます。

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写真は、冬の藤橋城(西美濃プラネタリウム)ですが、例年はこのように1m以上の雪に覆われています。
それが今年は、日陰に僅かの残雪があるものの、まったく積雪がありません。こんなことは私が藤橋へ移住して以来はじめてです。
昨年はまれに見る豪雪で、今の時期、2m近い積雪がありました。それはそれで異常だったのですが、今年の暖かさもまた異常です。
温暖化の影響なのか、それとも通常の気象変動の範囲内なのかはわかりませんが、藤橋のお年寄りに聞くと、昨年の豪雪も今年の暖かさも、ここ数十年で初めての現象とのこと。
地球の行く末が本格的に心配になってきました。

2007年01月31日

●特別展の準備をしています

旧谷汲村の民具整理を行なっていることは、これまでにも書いてきました。
現在は、整理そのものは終了し、3月1日から開催予定の特別展に向けて鋭意、準備をしています。
開催予定の場所は、揖斐川町谷汲の「サンサンホール」という施設です。スタッフ4名で何度か展示プランを練り、今日から本格的に資料の搬出に入りました。

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民具というと古ぼけた農機具が頭に浮かびますが、そうした農具を並べるだけではつまりませんので、できるだけ当時の暮らしが思い浮かべられるよう、そしてできるだけ触れることができるよう、工夫を凝らすつもりでいます。
資料全体の点数が少ないので(約400点)展示としては非常に作りづらいのですが、そこは4人の知恵と工夫で何とかしなければと思っています。
それにしても、1年近く民具整理をしていると、それなりに系統立てて民俗学のさわり程度は覚えることができました。
単なる古くさいモノと認識していた民具ですが、今は日本人の心が封じこめられた知恵のかたまりのように思えるようになりました。
丹精こめて作られ、丁寧に使われてきた道具には、確かにいのちがこもっています。
道具だけでなく、植物にも動物にも雲や風、山や川にもいのちがあると信じ、あらゆる存在に対して敬虔に接してきた日本人の心を、モノと情報が溢れている現代の私たちは取り戻さなくてはいけないと思います。

写真:整理分類された民具資料

2007年02月06日

●冬期休館中の重要任務

冬期休館中の天文台・プラネタリウムですが、担当職員は、ほぼ毎日、現地へ赴きます。
機器の調整や施設の見まわりはもちろん、もうひとつ、大切な仕事があります。それは何と「鴨と鯉に餌をやる」ことなのです。

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プラネタリウムと共通入場券で入ることができる「藤橋歴史民俗資料館」は、萱葺き民家5棟を移築した民俗博物館です。資料館の敷地中心には池が設えてあり、鴨と鯉はその池の住人というわけです。
何しろ生き物ですから、冬期休館中だからと言って放っておくわけにはいきません。
いつもの冬ならば池には氷が張り、鯉も氷の下で眠っているのですが、今年は異常な暖冬、鯉もしっかり元気です。長靴をはいて餌を与えている姿は、どう見ても飼育係のおじさんです。およそ「天文台の職員」には見えません。
とはいえ、もともと生き物は好きなので、けっこう楽しんで鴨や鯉のようすを観察しています。
鴨と鯉と自分以外、誰もいない冬の資料館もいいものです。

2007年02月17日

●小型バイクを物色中

学生の頃からずっとバイクに乗り続けてきました。
ここ2年ほどは忙しくて乗る暇がなく、バイクも友人に貸していたのですが、今年に入ってから久しぶりにバイク熱が復活しはじめています。
今、友人に貸しているスズキのジェベル200は、そのまま友人に譲ることにして、次のバイクを物色中です。

探しているのは、51CC~125CCの小型車。あまりカネもないし、置く場所もないので、これまで乗ったことのないちょっとマニアックなこのクラスを探しています。
新車でもいいかな、と思って久々にバイク雑誌なども見たのですが、昔に比べると各メーカーとも、ラインナップが少なくなりましたね。特に250CC以下の排気量はほぼ壊滅といったところです。スクーターはそれなりに機種が揃っていますが、やっぱりギヤを入れ、クラッチを繋いで走り始めるあの感触こそがバイクの醍醐味だと思っていますので、小さくてもギヤつきのマシンが欲しいなあと思っています。

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それにしても過去20年間、バイクでずいぶんあちこちを回りました。
東京の会社に通っていた頃は、バイクで3年間、ラッシュの青梅街道を通勤しましたし(そのおかげですり抜けは大得意になりました)、シャブ中の暴走車に追突されて足首を複雑骨折、3ヶ月以上入院したこともあります。(今でもその後遺症に悩んでいたりします)
バイクは確かに危険な乗り物ではありますが、車ではぜったいに味わえない風の匂いを感じることができます。バイクのツーリングが「旅」ならば、車でのドライブは単なる「移動」に過ぎません。

さてさて、今では絶滅危惧種となっている小型バイク探し。すぐには見つかりそうにありませんが、どんな結果になるでしょうか。

写真:以前に乗っていたスズキGF250S。250CC4気筒で45馬力。メーター読みで190km/hまで は出ました。


2007年03月01日

●特別展「道具が語るふるさとの暮らし」

揖斐川町谷汲(旧谷汲村)にある同資料館では、収蔵資料と建物の劣化が進み、昨年後半から、学芸員資格を持っている私ともう一人の女性、そして地元の学識経験者2名の計4人で、収蔵資料のクリーニングと分類・目録化を進めてきました。
昨年末、それら一連の作業がようやく完了し、それまで埃にまみれ、虫害やカビによる汚損が進行していた約400点にのぼる資料をきれいな状態で分類しなおすことができました。
せっかく一連の作業が完了したのだから、仕上げとして特別展を開催し、地元の方に資料を見てほしいと思い企画したのが今回の展示です。

展示会場は、資料館に隣接した「谷汲サンサンホール」の2階ギャラリーです。
エレベーターホールをはさんで、ギャラリーをふたつのコーナーに分け、それぞれ「暮らし」「田んぼづくり」をテーマに収蔵品を展示しました。

「暮らし」コーナーでは、畳を敷いて簡易な座敷を作り、当時の「部屋」を再現、昔の教科書なども自由に手にとって読めるようにしてあります。

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「田んぼ」コーナーでも、柵やケースは一切使わず、実際に手に触れて木やワラの感触を確かめられるように配慮しました。

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ふたつのコーナーに共通したコンセプトは、展示された道具を見、触れることによって、単に「知識」を学ぶのではなく、道具が沈黙のうちに語りかけている何かに気づいてということです。
日本人が営々と伝えてきた生活の中の「心」。
まことに曖昧な表現ではありますが、長年、使われてきた道具は、それを伝えてくれているのではないかと思うのです。

2007年03月03日

●特別展その後

谷汲での特別展が始まって三日が過ぎました。
他にも山のように仕事があるので、なかなか現地につきっきりというわけにはいかないのですが、来場者も多く好評です。
芳名と感想を記入するノートにも、
「かつて使ったことのある道具がたくさん展示されていて懐かしかった」
「昔の暮らしが偲べました」
「文化財を保存することはたいへんですが、がんばってください」
「たいへんきれいにわかりやすく展示されていてすばらしい」
など、たくさんのありがたい感想を書いていただいています。
また、道具の使い方や往時のエピソードを聞かせてくれる方、自分の家にも珍しい道具があるのでぜひ寄贈したいと申し出てくださる方、さらには、もっと多くの人に見て欲しいので自分もPRに協力したいと申し出てくださる方などもあって、嬉しい限りです。
なかには、展示されている品々を前に、懐かしさのあまり涙をこぼされる方もあり、「使いこまれた道具の語りかけに耳を澄ませて何かを感じ取ってほしい」という展示のコンセプトが、観覧された方々に確かに伝わっているようです。
自分たちの手で分類整理・クリーニングした資料を、展示業者を一切使わず、自分たちの創意と工夫で展示し、観覧者に喜んでいただけること。
学芸員としてこれ以上の幸せはありません。
資料整理から始まって展示完成まで、苦労はしましたが、報われた仕事となりました。

2007年03月04日

●旧谷汲駅で

またまた旧谷汲村の話題です。

数年前まで、岐阜市から旧谷汲村までは、名鉄谷汲線が延びていました。
西国33箇所お寺巡りの結願寺である、谷汲山華厳時への参詣鉄道として敷設されたもので、岐阜市内線(路面電車)に乗り入れるために、ふだん私たちが乗りなれた通常の電車よりひとまわり小さな電車が、山あり川ありの風景の中をのどかに走っていたのです。

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私はこの電車が好きで、廃線になるまで何度も乗りました。
細い線路を軋ませながら、けっこうなスピードで走る電車の車窓はすばらしく、ゆったりとした根尾川の流れや四季折々の山々の景色を眺めながら、のんびりとしたひとときを過ごすことができました。

廃線後、地元の人たちの熱意が実り、旧谷汲駅に2両の電車が留置・公開されることになりました。
二度と走らないこの電車に、私は時折、会いに行きます。
そして、透明な日ざしの差しこむ座席に座り、しばし静寂の時間を過ごすのです。

2007年03月11日

●寒の戻り

ずっと暖かだったこの冬ですが、3月になって寒の戻りがあり、藤橋でも何度か雪が降っています。
写真は8日の雪のようすです。揖斐川町役場藤橋振興事務所の窓から撮影しました。

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積雪は屋根が白くなる程度でしたが、この日、プラネタリウムや天文台があるあたりでは、30センチほど積もったそうです。
今日も冬型で、雪まじりの強風が吹いています。
東京では、この冬、一度も雪が降らなかったそうですが、岐阜の山奥では、そう簡単に春は来てくれないようです。

2007年03月14日

●時には弱音を吐きたくなります

「趣味を仕事にできていいですね」
プラネタリウムの解説と天文台のインストラクターという私の仕事を話すと、ほとんどの人がそう言います。
確かに、子どもの頃から好きだった星を仕事にしているのですから、その通りなのかもしれません。
実際、星空ばかり見上げて給料を貰えるのであればこんなに良い仕事はないでしょう。
でも、実際はそんなことはありません。
実のところ、私が遂行している業務のうち、純粋に星空を見上げていられる仕事は全体の十分の一もないのです。
では、十分の九は何をしているのかといえば、そのほとんどが事務仕事です。
施設の維持に関わる日々の業務から工事の設計や入札、天文とは全く関係のない民俗学や歴史関係の業務など、内容はさまざまです。
以前は、昼間はプラネタリウム、夜は天文台と、業務のほとんどが天文に直接関係するものだったのですが、年々事務や管理的な仕事の割合が増加し、反比例して施設の職員数が減らされたこともあって、いつのまにかそんなことになってしまったのです。
現在の私は、事務も工事も天文も民俗学もの何でも屋です。良い勉強をさせてもらっているといえばその通りですが、天文の現場も事務仕事も何もかもこなさなければならず、正直言ってかなりしんどいことも事実です。
町村合併して2年。たった二人の職員で何もかもを切り盛りするのは時間的にも肉体的にも精神的にも限界があります。
職員増員は以前から町執行部に訴え続けていますが、馬耳東風のまま。
天文はあくまで趣味として続ける方がいいのかもしれません。

2007年03月15日

●3月の除雪作業

寒い日が続いています。
プラネタリウムや天文台の周辺は、どこもまっ白の雪景色です。
これが1月や2月であればそれなりに風流な景観なのですが、3月半ばとなった今、実のところかなり焦りを感じる光景となっています。
というのは、4月1日からプラネタリウム、天文台、歴史民俗資料館が春季の開館となるのですが、その前に種々の開館準備を行なわなければならないからです。

特に問題は歴史民俗資料館。
萱葺き民家5棟を移築してある資料館では、冬の間、豪雪で茅屋根や板壁が雪害を受けないよう、屋根にはビニールのシートで覆いをし、各棟周囲にはベニヤ板で雪囲いをしてあります。
春季開館時にはこれらの防雪資材を取り除けて、掃除や展示の補修をしなければなりません。
ところが今年は、つい数日前に降った雪が、各棟周囲に1m弱ほど残ってしまっているのです。この雪を除けないことには、防雪資材の撤去ができません。

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昨年の大雪では(茅屋根に上れるほどでした)、役場職員に依頼して大人数で除雪を行ないましたが、今回の雪はそれに比べればたかが知れていますので、昨日、今日と、一人で細々と除雪を行ないました。
ちょうど風邪を引いていることもあって体力的にはしんどかったのですが、少しずつ目の前の雪がなくなっていくのが妙に嬉しくて、さすがに楽しい、とはいえないものの、事務仕事よりはよほど健康的な勤務時間を過ごすことができました。

雪のない地域の方には、この時期の雪景色はきっと珍しいことでしょう。
それにしても、まだまだ寒気が居座る気配。
防雪資材撤去は無事にできるのでしょうか。

2007年03月16日

●風邪を引いていても忙しい

風邪を引いてしまいました。
ここ1年ほど風邪には縁がなかったので、久々の風邪にちょっと呆然としています。
とにかく咳が出て参ります。何の前兆もなくいきなり咳が始まるので、仕事で人と話したり電話に出るにも気が引けます。職場でも家でも人前ではずっとマスクをつけ、伝染るのを防ぐ努力をしています。

ひどい風邪とはいえ、今日も忙しい一日でした。
朝は旧揖斐川町の歴史民俗資料館でいくつか用事を済ませ、9時半から10時20分まで藤橋振興事務所で19年度のさまざまな保守管理委託契約の準備。10時45分からの谷汲での研修に間に合うように車を飛ばし、11時半まで毎週受けているコーチングの研修、12時まで研修会場と同じ場所にある谷汲郷土資料館特別展の展示修復。教育委員さんと若干の打ち合わせ。昼食を速攻で食べ、新聞社と観望会の記事掲載についての打合せ後、ふたたび藤橋振興事務所へ。プラネタリウムの更新についての打ち合わせの後、保守管理契約の書類をいくつか作成し、16時30分、揖斐川歴史民俗資料館へ。作成中のプラネタリウムのパンフレットに関する打合せを行い、数ヶ所に電話で諸般の確認。

風邪を引いているので、これでもペースをかなり抑えています。
町村合併で行政範囲が広くなったため、書類の受け渡しや打ち合わせ・会議など、とにかく車で走り回る必要性が増え、多い日には一日100km以上も走ります。公用車が不足しているので、ほとんどが自分の車。町内はガソリン代が支給されないので、燃料費はすべて自費。携帯電話の使用料ももちろん同様。

この冬は、雪が少なかった分、分刻みのスケジュールで走り回ったり打合せをしたり電話をしたりと、かなりハードに動き回りました。
休日は、小説やエッセイを相当書き、観測もそれなりにしていました。
仕事がどんどん片付いていくのは楽しいし、趣味である観測や執筆も進むのは嬉しいのですが、どこかで無理をしていたのかもしれません。
少しはのんびりしなければいけないなあと思います。

2007年03月25日

●病気になってしまいました

風邪がなかなか治らないと思っていたら、重度の気管支炎になってしまいました。
以前にも医者には行っているのですが、咳止めを飲んでも良くならないため、昨日、別の医者に行ったところ、レントゲンのフィルムを見ながら「うーん、これはひどいねえ。肺炎に近い状態だねえ。しばらくは安静が必要だねえ」とのこと。
「でも、仕事が忙しくて安静になどしていられないんですけど」と言ったら、
「でもねえ、本当に肺炎になっちゃったら大変だよ。入院しなきゃならないよ」。
いやはや、弱りました。とりあえず点滴と抗生物質を処方されて帰ってきました。
ただ、この状態ではプラネタリウムの投影は絶対にできないので、藤橋城の春季オープンまでは可能な限り安静にして治療に努めなければと思います。

2007年04月04日

●若き日の詩集

少々古い話ですが、ある女性にホワイトデーの贈り物をした際に、おまけとして、私が昔、出版した詩集をいっしょに贈ったところ非常に喜んでくれました。
「僕といるかのいる海辺」というその詩集は、20代の半ばに出版したもので、お洒落な装丁も手伝って、当時は本屋等でかなり売れました。

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とはいえ、あれから20年が過ぎ、自分でもほとんど忘れていたのですが、詩が好きだとその女性が以前に話していたことから、ふと思い出してホワイトデーのおまけに贈ったのです。
今から見れば若書きで拙い作品が多いのですが、懐かしく、そして少し切ない思いもこみ上げます。
その頃に書いた詩を発展させて賞をいただいた小説もあり、あの頃、一生懸命に詩を書いて、それなりに得るものはあったのだなあと思っています。

2007年04月10日

●湿地公園

自宅から車で数分の場所に、湿地公園ができました。
山裾にあるこのあたりは、以前から水が湧いて湿原になっていたのですが、隣接した場所に斎場が作られた関係で造成が進められ、環境の保全に危機感を抱いていた場所でした。
昨年、大野町から、この場所に湿地公園を作る計画があるが、住民にも応分の負担をしてもらうかもしれない、それについて意見を聞かせてほしいというアンケートがあり、ウチではもちろん賛成の旨を書きました。そのアンケート結果に沿って工事が進められたものと思います。

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湿地公園を作るとはいえ、工事自体にはそれなりの環境改変を伴ないます。生態系への負荷も小さくはありません。
それでも、このまま放置しておけば、もっと大きな自然破壊を伴なう土地利用をされる可能性もありましたので、今回の公園化はプラスの選択ではなかったかと思っています。
あちこちで書いたり話したりしていますが、生態系保全における湿地の重要性が提起されているにもかかわらず、全国的に見れば湿地の埋め立てや排水・干拓の流れは変わっていません。
カエルが鳴き蛍が飛び交う身近な湿地の価値を、もっと見直す必要があるのではないかと思います。
体調が良くなったら、この公園をフィールドにして、いろいろな観察を始めようと考えています。

2007年04月12日

●桜が満開

藤橋城と天文台周辺は、桜がちょうど満開です。

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ここ数年は、4月のはじめに満開になることが多かったのですが、今年は、冬が暖かかったにもかかわらず、この時期の満開となりました。やはり桜は入学式・始業式のこの時期が似合いますね。
見ごろはこの週末、と言いたいところですが、土日までもつかどうか、微妙なところです。
明日、金曜日は、雨模様の荒れた天候になるそうなので・・・。

2007年04月16日

●菜の花と娘の名

揖斐川沿いでは、どこも菜の花が盛りです。
河原から道端、田んぼの畦、いたるところに咲いている黄色い花を見ると幸せな気持ちになります。

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なぜか私は菜の花が好きで、ひとり娘にまで星と菜の花を合成した名前をつけてしまったほどです。
どこにでもある花ですし、一輪ずつを見れば格段に美しいわけでもありません。
それでも、一面に咲いた菜の花は、生命力に溢れていながらどことなく清らかで涼やかな印象を感じさせます。
娘が小さな頃は、春先になると揖斐川の河原へ連れてゆき、一面の菜の花の中で一日を過ごしたものでした。
そんな娘も、もう高校生。
「星と菜の花」を冠した自分の名前を好きだと言ってくれます。
実のところ、私とカミさんの好きなものを合成しただけの名前なのですが・・・。

2007年05月09日

●藤の花がきれいです

揖斐川の上流でも山藤が咲きはじめました。
写真は、藤橋振興事務所前の橋から見たようすです。

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今はコンクリート製となっているこの橋ですが、昔は、山から藤の蔓を取ってきて、村総出で架け替えをしていました。
山深い揖斐川上流にかかる藤の吊り橋は、美濃の名所として有名だったそうで、旧藤橋村の名前はそのことに由来しています。
公園などで藤棚として作られている藤も見事ですが、緑したたる山のあちこちに、うす紫のインクをたらしたように咲く山藤にも、清楚で生命力に溢れた美しさがあります。
連休の喧騒が終わり静寂の戻った旧藤橋村へ、新緑と藤の花を眺めにいらしてはいかがでしょう。

2007年05月16日

●オレは本当に天文担当なのか

昨日は、一日、事務仕事をしていました。
いくつか決済書類を作ったのですが、いずれも工事関係の書類です。
ひとつは2,000万円弱の建築工事、あとは設備の修繕工事。いずれも私が勤務する博物館施設がらみの書類ですが、直接、天文には関係ない工事です。
東京の会社から旧藤橋村役場(現揖斐川町役場)へ移住・転職して十数年。なんだか年々、天文の仕事が減ってきて、工事やら契約やら上役との折衝やら、事務仕事ばかりが増加していく気がします。
オレは本当に天文担当職員なのかと日々、疑問を抱きつつ、工事の設計書とにらめっこをしています。

2007年05月21日

●初夏の湿原で

今日は、家から車で5分ほどの場所にある湿原を訪ねました。
旧谷汲村深坂にあるこの湿原一帯は、縄文時代には大きな湖だったところで、泥の中から丸木舟も出土しています。

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今では陸化と干拓が進み、沼地は少なくなっていますが、水生生物や水鳥の楽園となっていて、今後も保全していかなくてはならない貴重な場所です。
昨年冬、この湿地で工事が始まり、どうなることかと気を揉んでいましたが、湿原の一部を公園化する工事でした。
この湿原は、民有地が複雑に入り組んでいて一体的な管理が難しいのですが、できれば一帯すべてを公有地化して欲しいと私は思っています。そうしないと、産廃用地や資材置き場にされてしまう可能性があるからです。
地域一帯を湿地公園として公有地化し、最小限の散策路やビジターハウスを設ければ、気軽に自然と触れ合える場所として、揖斐川町の新しい名所となるのではないかと思っています。
機会があれば、町執行部にそうした提案をしてみたいと考えています。

2007年06月05日

●旧春日村の林道で

天気が良かったので、久しぶりに林道ツーリングに行きました。
といってもクルマですが・・・。本当はバイクで行きたいところですが、今、手元にすぐ乗れるバイクがないのです・・・。

旧春日村の奥に、押又谷という渓谷があります。近郊の林道をほとんど制覇した中、この林道だけは入ったことがありませんでした。地図によれば、途中で行き止まりになっているようです。
バイクならいいのですが、クルマの場合、行き止まりの林道はやっかいです。下手をするとバックでひたすら戻らなければならないかもしれないからです。

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で、用心しいしい渓流沿いの1車線道路をぐいぐい上っていくと、途中で漁協のおじさんと出会いました。何でも、今年からこの渓流が禁猟になったので見回っているとのこと。
おじさんから、最近、林道が延長されて池田山まで行けるという情報を得て、さらに上っていくと、なるほど、池田山と関ヶ原を結ぶ稜線に出ることができました。

途中はダートでしたが、稜線上の道はきれいな舗装路。遠く大垣や関ヶ原方面の景色を見ながら快適なドライブとなりました。
とはいえ、交通量は極端に少なく、莫大な費用を投じ、しかも壮大な自然破壊であるこの道が果たして必要なのだろうかと思いながらハンドルを握っていたことも事実です。
まあ、その道を走っている自分がそんなことを言えた義理ではないのですが、折しも緑資源機構の問題がクローズアップされる中、これ以上の林道建設は不要という気がします。
地方の道路整備はまだまだ必要という声もありますが、実際に田舎に住んでいる身として、林道に限らずこれ以上の道路は要らないと私は思うのです。
建設費用、維持管理費用、環境に及ぼす影響、どれをとってもマイナスにしかなりません。
道路整備が必要という「地方の声」にしても、お役人や業者が利権を確保するために、純朴な地方の住民をそう言わせるように焚き付けているだけのような気がします。

写真:押又谷の渓谷

2007年06月16日

●ナショナルトラスト

ナショナルトラスト運動というものをご存知でしょうか。
開発の危機にさらされている自然や劣化消滅しつつある人工物などを、市民がお金を出し合って守っていこうという運動です。
自然保護関係では、集まったお金を基金にして土地を買い取り、乱開発から守ることを目的としている事例が多いのですが、私も細々ながら、あるナショナルトラスト運動に関わっています。

私の実家からほど近い場所に、東京都と埼玉県にまたがる「狭山丘陵」という丘陵があります。丘陵の中央部には、多摩湖や狭山湖という東京の水瓶があることから丘陵は水源地として保護され、都会の真ん中に島のように自然が残された貴重なエリアとなっています。
とはいえ、産廃捨て場や住宅地としての開発が進んでもいて、都市部に残された貴重な自然を何とか保全しようということから、この丘陵を舞台にした有名なアニメ、「となりのトトロ」の名を冠した「トトロのふるさと基金」が、ナショナルトラストとして行われています。

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子供の頃、狭山丘陵は遊び場でした。その頃は「となりのトトロ」さながらの田園風景が広がり、あちこちを探検したりザリガニ釣りをしたりと、泥だらけになって遊んだものでした。
そんな子供の頃の風景を少しでも残したいということから、この運動の当初から少しずつですが土地取得の寄付をし、運動の会員になって支援をしています。
寄付によって買い取られた土地も広がり、東京都や所沢市も触発されて自然公園化が進んでいますが、虫食い型の小規模な開発がまだあちこちで進んでいることも現実です。
まとまった額の寄付はなかなかできませんが、細く長く支援していこうと考えています。

現在、私の住んでいる岐阜県西濃地方でも、まだまだ緑が濃いとはいえ、至るところで(主として行政が主導した)無意味な乱開発が進んでいます。
天文ファンが直面している光害もその一側面です。
自然が豊かだと思って油断していると、取り返しのつかないことになってしまいそうな気がします。

写真:多摩湖夕景

2007年06月18日

●カミさんの日本画

最近、カミさんが日本画を描いています。
もともと美大で油絵をやっていたのですが、ここ数年、油絵よりも日本画がいいと言い始め、昨年から大垣の教室へ通うようになりました。
カミさんは「和」が好きで、食べ物でも風景でも建築物でも、洋風のものはあまり好きではないようです。
娘もはさらに和志向が強く、ファストフードは大嫌い、お寿司や魚が大好きという母子なので、カミさんが日本画を始めたのも当然かなという気もしています。

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この絵は、ウチのうさぎ「アルネ君」をモデルに描いた初期の習作です。
アルネ君は白黒うさぎですが、この絵では諸般の事情で茶色に描いたそうです。
そのうち、日本画で星を描きたいと言っていますが、どうなることやら。

2007年06月26日

●杉の立ち枯れ

プラネタリウムから南側に見える山で、杉の立ち枯れが目立っています。
数年前から少しずつ枯れ始めてはいたのですが、ここ2年ほどの間に、緑だった杉の木が次々に茶色く変わり、誰が見ても異常と思える様相になってしまいました。

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立ち枯れは、山の一角に集中していることから、虫か病気によるものではないかと思われます。
ここ数年、広葉樹であるナラの虫害が目立っていたのですが、今度は針葉樹の立ち枯れです。
あるいは、地球温暖化と関係があるのかもしれません。
同様の立ち枯れは他の山にも見られますので、そのうちにしかるべき機関が、何らかの調査を始めるのではないかと思っています。

2007年07月10日

●アジサイが盛りです

揖斐川町藤橋地区では、アジサイが盛りです。
写真は、藤橋歴史民俗資料館のアジサイ。

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やはりこの花には、梅雨空が似合います。
梅雨といえば、今日は一日中、雨でした。それも、時には豪雨という表現がぴったりするような降り方。
しばらく前までは、夏の水不足を心配していましたが、今は災害の心配をしています。
山間地では、少しまとまった雨が降ると、いとも簡単に災害が起こってしまうのです。
九州では、豪雨被害が続いていますが、他人事ではありません。
昨年、藤橋地区で揖斐川沿いの山腹が大崩落したのは、記憶に新しいことです。
都会だって、これからはどうなるかわかりませんヨ。
たとえば東京では、いつ大地震が起こっても不思議がないのです。
田舎では、家が数軒潰れる程度の(といっても悲惨極まりないですが)地震であっても、東京で同程度の地震が起こった場合、下手をすれば数千人規模の死者が出ることでしょう。
「災害なんてテレビで見るものだヨ」なんて思っているあなた。
明日はわが身ですぜ。

2007年07月18日

●冷たい水の底で

前回、徳山ダムに触れたので、今回はダムの近況など。
日本一の湛水面積を有する徳山ダムは、昨年、本体工事が完成、現在、湛水試験中です。
写真は、ダム中流部から堰堤を望んでいます。
かなり水が溜まっていることがわかりますね。これでも満水ではなく、7割程度の貯水率と思われます。

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「いやあ、やっとできたのか。良かった良かった」と手放しでは喜べません。
湖面には、まだ沈みきっていない木が何本も見えます。それらの木も、いずれは冷たい水底に沈んで枯れていくのでしょう。
木だけではありません。すぐには移動できない無数の動物や昆虫、植物がダム建設によって死に絶えました。
生息地が沈んだことによって、次の世代が残せない生き物もたくさんいることでしょう。
放射能汚染の危険がある原発や、温暖化ガスを大量に放出する火力発電に比べて「水力発電は環境に優しい」などという人がいますが、ダム建設がもたらす生態系の破壊はとてつもないものです。

ダムは、私たちにそれなりのメリットをもたらします。災害の頻発する田舎に住んでいると、大雨の際など、ダムがなければどうなるだろうと思います。
でも、それはあくまで人間の論理です。
生態系の破壊という観点から見れば、ダム建設は決して容認できないのです。
生態系が壊れれば、人類も生存することができなくなります。
温暖化問題でもわかるように、経済活動による環境破壊は、人類の生存を脅かすまでに進行しています。人類の経済活動は、自然が持つ許容度をまさに越えようとしているのです。
その意味では、これ以上、自然を改変してはいけません。
限られた資源を有効に使い、物質的欲望を際限なく膨らませることをやめ、他の生命に与える影響をできるだけ少なく生きていくしか、人類が存続する道はないのです。

2007年07月19日

●民俗資料移転作業

今日は、谷汲郷土資料館の資料を移転する作業を行ないました。
谷汲郷土資料館は、老朽化が著しく取り壊しが決まっています。そのために、昨年から学芸員資格を持っている私ともう一人の女の子で資料の整理を行なっていたのですが、資料館の取り壊しが本決まりになり、収蔵資料を近くにある文化会館に移転するための仕事を進めていたのです。

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資料数は350点ほどと多くはないのですが、職員作業で行なうことは難しく、引越し業者を頼みました。
移転先の文化会館は、一室を収蔵庫に改装し、あらかじめ資料の分類によって決定した収蔵場所に資料を運びこみました。
とはいえ、すべてを業者任せというわけにはいきません。
私たちも汗だくになって資料の運搬と整理を行なった結果、何とか夕方までに一応の移転を完了することができました。
今後は移転した資料を収蔵展示に耐えるように整理しなおし、説明パネル等を整備する作業が残っています。
郷土資料館の取り壊しも行なわなくてはなりません。

この仕事に取りかかって1年。
小さな資料館とはいえ、すべての資料を分類・整理し、移転させ、さらに収蔵展示を行なうことは、ことほど左様に大変なことなのです。

写真:移転された民俗資料

2007年08月08日

●川涼み

厳しい暑さが続いています。
ウチにはエアコンがなく、毎夏、扇風機と団扇でしのいでいますが、昨日はあまりに暑いので、娘と二人、近くの川へ涼みに行くことにしました。

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山間の渓流なので、涼しいこと涼しいこと。
台風の後ということもあって、けっこう水量がありましたので泳ぎはしませんでしたが、娘は学校の宿題を持参して平らな岩の上で勉強、私は淵にいる魚を観察したり、鉱物を探したりして、午後のひとときを過ごしました。
平日ということもあり、他に訪れる人もなく、聞こえるのはせせらぎの音と鳥の声、そしてうるさいほどのひぐらしの声だけ。
何も生産的なことはしていないにもかかわらず(娘は勉強をしていましたが)非常に充実した数時間でした。
暑いからエアコン全開、では電気代もかかりますし、地球温暖化にも拍車がかかります。
山や海の近くに住んでいる方は、天然エアコンを求めて水辺へ出かけてみてはいかがでしょう。
自然の中で本を読んだり勉強したりすると、意外なほどはかどりますよ。

2007年08月23日

●せめてバイクで旅に出たい

お盆の間、仕事ばかりしていましたので、昨日は久々に遠くに行きました。
大野町の自宅から藤橋~八草峠~木ノ本~マキノ~小浜~舞鶴~小浜~敦賀~木ノ本~八草峠~藤橋~大野町というルートです。
舞鶴~小浜間はけっこう雨が降りましたが、久々に海も見て楽しいドライブでした。
一般道だけで400キロ近く走ったかな。

でも、本当は車なんかじゃなくてバイクで走りたいルートです。
車好きの方には申し訳ないのですが、私は、旅の手段としていちばん楽しいのが徒歩、次が自転車、その次にバイクと列車が並び、もっとも面白くないのが車だと思っています。
今回も、はじめは列車でどこかへ行こうと思っていたのですが、ちょっと寝坊してしまい、ダイヤが組めなくなってしまったので車にしたというわけです。
車は楽ですが、風の匂いや気温、湿度が体感できません。
その点、バイクならそれこそ厭になるぐらい風は感じられますし、どこでも停めることができます。
昔はバイクであちこち行ったものですが、ここ数年はなかなか乗る時間がなく、バイクも知人に貸したままになっています。
今回も、舞鶴の街を細かく見るには車は不便でした。次回はぜひバイクで行こうと思った次第です。

旅の手段として「徒歩」がいちばん楽しいと書きました。
今どき、徒歩の旅なんてできるのかよ、と思われるかもしれませんが、東京在住中、数回に分けて、新宿から山梨県の韮崎までを歩いたことがあります。
基本的には中央本線沿いを、奥多摩湖から塩山までは柳沢峠を歩きました。
何ものにもわずらわされず、ひたすら空と山を見て歩き続ける旅は本当に楽しいものです。
車や列車がものすごい速度で走り去っていくのが、異次元のできごとのような気がします。

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とはいえ、若い頃はともかく、徒歩で旅を楽しむ時間などなかなかとれないのが現在の境遇。
また、その後、交通事故で大怪我をして長時間の歩行ができなくなってしまったこともあり、徒歩が無理ならせめてバイクで旅がしたいと思うのですが、それすら叶わないのが悲しいところです。

写真は、初めて乗ったバイクのハスラー50と2台目のDR250。学生時代~勤め始めた頃に乗っていた懐かしの愛車です。

2007年09月08日

●今年も茅屋根葺き替え中

プラネタリウムに隣接した藤橋歴史民俗資料館には、萱葺きの民家が5棟建っており、内部は山村の歴史と民俗に関する展示がされています。
この資料館も、私たち天文担当職員が管理を行なっているのですが、ここ数年、老朽化した萱葺き屋根の葺き替えを行なっています。

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今年は、最後に残った5号棟の葺き替えを行なっており、9月中には完了する見込みです。
毎年、工事を行なっているので、萱葺き屋根について、多少は知識がつきました。
以前は、古臭くて耐久性が低い過去のもの、という意識が正直言ってありましたが、少し勉強してみると、地元産の自然材料を使い、夏は涼しく冬の耐寒性も思ったより悪くなく、しかも葺き替えにあたっては、自然材料ばかりなので建築産廃がまったく出ず、それどころか田圃や畑の肥料として再利用されて循環利用されるという素晴らしい工法であることがわかりました。
本や資料をかじってみると、ススキ茅だけでなくヨシや稲わらなど、地域によってさまざまな材料を使用しており、屋根に石を載せたり、さらには棟にわざわざ草を生やしたりと、さまざまな葺き方があることがわかりました。
生活の何もかもが急速にアメリカナイズされ、日本人の本質を誰もが失いつつある昨今ですが、萱葺き屋根をはじめ、本当にこの国の風土に適した伝統文化を復活させる必要があるのではないか、そうしなければ日本人を日本人たらしめている何かを、私たちは永遠に失ってしまうのではないかと思います。

2007年09月10日

●白い朝顔

岐阜に越してきた年から朝顔を植えています。
藤橋時代から現在の大野町の家まで、毎年採取した種を撒いているのですが、年々、花の色が白くなり、数年前からはどの種を撒いてもまっ白な花しか咲かなくなってしまいました。以前は、たしかに青い花が咲いていたのに。

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カミさんとは「先祖がえりなんじゃないかな」と話しています。
もともと朝顔は、白い花だったのではないでしょうか。それに手を加えて現在のようなさまざまな色の花が咲くようになったのではないかなあと想像しています。
あまり綺麗でないといえばそのとおりですが、まっ白な朝顔ばかりが庭に咲いているのも清楚で幽玄な感じで悪くありません。
草木の品種改良に詳しい方がいらっしゃいましたら、原因を教えていただければありがたく思います。

2007年09月13日

●庭のイチジク

晴れないので、天文関係の記事がなかなか書けません。
なので、前回の「アサガオ」に続いて我が家の庭のことなど・・・。

ウチの庭には、イチジクが植わっています。
さほど大きな木ではないのですが、たわわに実をつけています。次から次へと実が熟し、毎日、3~4個ずつ収穫できます。
これがまた非常に美味しい!
なにしろ本当に採りたてです。もちろん無農薬。
スーパーなどで売っているイチジクは、たぶん、かなり青いうちに収穫するのでしょう、味がぜんぜん違います。

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このように、我が家に貴重な食料を提供してくれているイチジクの木ですが、庭の剪定に来た植木屋さんによると、イチジクは根が張るために家の土台を壊してしまうそうです。
こまめに剪定して伸びすぎないようにすれば大丈夫とのこと。
そういえば、ふつうの家にはイチジクなんて植わっていませんね。せいぜいまめに剪定しなければ。

2007年09月29日

●「はさかけ」

夏がずっと続いているような今年ですが、気がつけば、あちこちで稲刈りが始まっています。
旧藤橋村西横山では、刈り取りした稲を「はさ」にかけて干している光景に出会いました。

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昔は、こうして稲を干すのが当たり前でしたが、今では刈り取りから脱穀まで機械で済ませてしまうことがほとんどですから、こうした光景に出会う機会はなかなかなくなってしまいました。
この田圃では、まだ稲作を行っていますが、周辺の田圃や畑は過疎が進んで、次第に荒地となりつつあります。
訪れる人もない田圃の周囲では、とんぼが舞い、バッタやカマキリが道路を横切り、秋の静寂だけが満ちていました。

山間の田圃は、モリアオガエルやサンショウウオの貴重な生息地となっています。
別の場所ですが、やはり藤橋地内で昨年まで田圃を作っていた場所が、今年は耕作を行なわず、一面の草原となっていました。
その場所でも、毎年たくさんのモリアオガエルが産卵をしていました。産卵場所を失ったモリアオガエルは生息できなくなるでしょう。
過疎化の波は、生物の生息にも大きな影響をもたらしているのです。

2007年10月01日

●バイク徒然

最近、ウチのお隣りさんがバイクを買いました。
カワサキのエリミネ-ター250というアメリカンバイクです。
重厚な外観で、いかにも現代のアメリカンバイクという感じなのですが、排気音はやはり250cc。ちょっと外観負けというか、耳慣れた音というか、最近では猫も杓子も大排気量を乗り回している中で、かえって新鮮でした。
ほんと、このごろは400cc以下のバイクって見なくなりましたね。
貧乏ライダーの最先端を走っていた私は、車検のない250cc以下のバイクばかり乗ってきたので、重低音を響かせて走る最近のバイクは、何やら恐ろしいような心もちがします。
やはり、400cc以下、シングルかツインエンジンでトコトコ走る小さなバイクに愛着を抱いてしまうのです。
やっぱりこれって貧乏人のヒガミでしょうか。
で、125ccのバイクを探していますが、なかなかタマがありません。
2サイクルの80ccなんかも渋いなあと思うのですが、ますます見つかりませんよね。
そういうちっちゃいバイクを駆って、タイトコーナーで大排気量車を抜きさるのが好きでした。
私のバイク仲間って、そういうヤツばっかりだった気がします。みんな極度に貧乏でそれでいてテクニックは抜群で。

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そうしたバイク仲間がイコール星仲間だったというわけですが、ふつう、天文屋さんってバイクになんて乗りませんよね。
星仲間が集まって、バイクに天体望遠鏡を思い切り過積載して夜道をかっ飛んでいると、顔見知りの暴走族のあんちゃんが「先輩、お疲れさんです!」と挨拶をしてくれたあの頃。
思えば摩訶不思議な青春時代を過ごしました。

写真:草モトクロスも流行りました。フツーのトレールバイクでこんなジャンプ飛んでいいのか?
    →ほどなくサスペンションが壊れました・・・。

2007年10月25日

●こんなところにも星空が・・・

私の勤務する揖斐川町藤橋地区は、合併前までは藤橋村という人口450人ほどの小さな村でした。
山奥で星空が美しいことから「星のふる里」をキャッチフレーズに村おこしを図り、プラネタリウムや天文台といった施設の他、さまざまな公共物も星をイメージしたデザインとしていました。

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今回、ご紹介するのは「マンホールのふた」です。
地域内のマンホールの多くが、プラネタリウムのある藤橋城と土星、村の花であった藤をデザインしています。
なかなか気づきづらいですが、けっこう悪くないデザインだと思いませんか。

2007年10月29日

●今年の紅葉前線

天文の話題が続いたので、ちょっとひと息・・・。

そろそろ紅葉の時期になってきました。
徳山の紅葉はどうかな、ということで、最近の馬坂峠(揖斐川町徳山と本巣市根尾樽見を結ぶ峠です)のようすをレポート。

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今年は暖かいせいか紅葉はまだまだで、徳山ダム湖周辺では色づき始めた程度、少し標高の高い峠付近でこんな感じ。
もっと高い峠では、といえば、今日、冠峠へ行った人によると、標高1,000メートルの冠峠付近はけっこういい色になってきたそうです。
揖斐川町内でいちばん紅葉がきれいなのはどこか、とよくプラネタリウムに来たお客さんにも尋ねられますが、私の経験では、旧坂内村と滋賀県を結んでいる「鳥越峠」がベストではないかと思っています。
11月はじめ頃が例年、見ごろですが、今年は少し遅くなるかもしれません。
横山ダムから藤橋城までの道すがらもなかなかのものですヨ。

今日はローカルな話題で失礼しました。岐阜県民以外、わかりませんネ。

2007年11月12日

●紅葉が見ごろ

プラネタリウム・天文台の周辺では、今年はなぜか紅葉がきれいです。
紅葉はなかなか微妙なもので、夏が暑すぎたり秋が暖かすぎたりすると、てきめんに色が悪くなります。大きな台風が襲来した年もいけません。
極端な暑さや日照り、大雨・大風に見舞われることなく平穏な年であるほど色づきが良くなります。
「急に寒くなった年の方が色づきが良い」ともいいますが、それよりは穏やかに四季が推移することの方が重要な気がします。
揖斐川町藤橋地域では、今が紅葉の盛りです。

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職場であるプラネタリウム・天文台へは、人家が一軒もない山間の道を延々と走っていくのですが、ところどころは、まさに錦を重ねたような美しさです。
同じ時間帯に、満員電車に揺られて職場へ向かう人もいるのだな、などと考えると、ひどく贅沢な通勤であるようにも思えます。
もちろん、台風や大雪の日には、同じ道が死と隣り合わせの道程に変わってしまうのは田舎暮らしの宿命です。
都会の暮らしは、季節の変化が感じられないけれど安全で平穏、田舎の暮らしは、日々、自然の綾に彩られているものの災害と隣り合わせ。
どちらを選ぶかはその人の価値観次第です。

2007年11月18日

●ダムに沈んだ徳山村の特別展

揖斐川町南方にある揖斐川歴史民俗資料館では、12月9日(日)まで、「土器が語る徳山の歴史」「写真に見るふるさと徳山」として、日本最大のダムとして知られる徳山ダム(揖斐川町徳山地内=旧藤橋村)に沈んだ岐阜・福井県境の集落であった徳山村の歴史と民俗に触れる特別展示を開催しています。

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徳山村では、石器時代から人が住みつき、縄文時代には華やかな文化が花開きました。
ダム建設にあたって岐阜県が発掘調査を行い、多くの遺跡からたくさんの土器や石器が発見され、当時の暮らしを知る大切な資料となっています。
今回の展示では「火炎型土器」とも言われる特殊な装飾を施した土器をはじめ、なかなか見ることのできない貴重な土器や石器が展示されています。
また、徳山村出身で「写真ばあちゃん」としても知られていた増山たづ子さんが撮影された写真も展示され、山深い村の暮らしぶりを知ることができます。
ぜひ多くの方にご観覧いただき、ダムに沈んだ村の歴史と暮らしに触れていただきたいと思います。

2007年11月24日

●大きなプリン

風邪を引いて喉が痛いので、カミさんに「プリンを買ってきてくれい」と頼みました。
何でプリン?と思われるかもしれませんが、実はプリンやババロアなど、ぷるるん系のスイーツがかなり好きで、特に喉が痛いときなど冷たくてつるんとした喉ごしのモノが食べたくなるのです。
で、カミさんが買ってきたのが、ごく巨大なプリン。
「でっかいねえ」と言いながらふと見ると「Men'sプリン」と書いてある。
嬉しくなりました。
なんか知らないけど「男は甘いもの、特にぷるるん系のモノを食べてはいけない」的な社会常識があるような気がします。
宴会でも、男は酒を飲むものという規定事実があって、そのために会費も高くて、べつにお酒なんかなくてもいい私にとっては、なんか「逆男女差別」をいつも感じます。
でも、実は男性でも「お酒よりも甘いもの」というニーズはかなりあるんですよね。
そのあたりをついた隙間商品?がこのMen'sプリンというわけで(たぶん)、なんだか嬉しかったというわけです。
女性の権利や主張はそれなりに受け入れられる世の中になってきて喜ばしいと思いますが、男性については「男はかくあるべし」というステロタイプな社会像が根強く固定されている気がします。
飲む打つ買う?には興味がないけどプリンやパフェは食べたいぞ、という男性諸氏、偏見にめげずがんばりましょうね。

2007年12月17日

●縄文土器を撮る

今日は、揖斐川歴史民俗資料館で開催していた旧徳山村に関する特別展の撤収作業を行いました。
徳山ダムに沈んだ徳山村は、福井県と岐阜県の県境に位置する山深い村で、縄文時代から人が居住し、多くの遺跡が発見されています。
展示では、縄文時代から近世までの遺物を展示するとともに、旧藤橋村との合併によって弊村となり、さらにダムの湖底に沈むまでを写真と民俗資料で展示してありました。

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私は、そうした資料の片づけとともに展示状況や資料の写真撮影を担当しましたので、じっくりと土器や石器を観察することができました。
「美濃の火焔土器」とも称される独特の形状をした土器など、縄文人の芸術感覚にあらためて感心するとともに、現代人と同じく、毎日、さまざまな思いを抱えながら、そうした道具を使用していた数千年前の日本人に思いを馳せた次第です。

写真:「美濃の火焔土器」とも呼ばれる独特の土器

2007年12月31日

●雪の大晦日

施設点検のため、藤橋城周辺に行ってきました。
旧久瀬村まではほとんど積雪がなかったのですが、藤橋に入ると雪景色となり、横山ダムから北はどんどん雪が増えて、藤橋城周辺は20cmほどの積雪でまっ白でした。

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歴史民俗資料館の鴨と鯉に餌をやり、藤橋城、天文台の外観をぐるりと点検。
誰も訪れた人はいないようで、雪の上に足跡はまったくありませんでした。

大雪という天気予報ですが、今日のところはさほどでもありません。
でも、風向きの関係で、きっと明日には西濃地方でもかなりの降雪があるのではないかという気がしています。
去年みたいに雪が全くないのもどうかと思いますが、やっぱり雪はいやだなあ。

2008年01月03日

●雪の新春

昨夜は正月早々、宿直でした。
夕方、藤橋に着くと一面の雪で車を停める場所もありません。
積雪は25cm程度でしょうか。
お正月ということもあって、一本の電話もなく、テレビでウィーンフィルの新春公演を見ながら、読書をして過ごしました。

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翌朝(つまり今日)は、天文台やプラネタリウムのある鶴見まで足を延ばして施設点検。
とはいえ、雪が深くて天文台まで上ることは断念、道路から見ただけでした。
鶴見の積雪は40~50cm。これだけ雪があると、長靴で歩くのもいちいち踏み固めながら進まなければならないのでちょっとした距離を進むのも一苦労です。

人影はなく・・・と思っていたら数台の車が。
どうやらハンターのようです。
「正月から殺生かよ」と思ってしまいました。

ハンターたちが去ってしまえば、辺りはあくまで静寂。
曇り空の雪景色が墨絵のようでした。

写真:揖斐川雪景

2008年01月06日

●我が家は変人趣味家族?

今日は午後いっぱい、小説の推敲をして過ごしました。
私には珍しい?200枚ほどの恋愛小説です。
そのかたわらで娘はパソコンに向かいイラストを描き、カミさんは2階で日本画を描いていました。
家族3人がそれぞれの趣味活動に没頭していたわけで、我が家では珍しくない姿です。

このように、ウチの家族は、休日でもあまり遊びに行ったりせず、趣味活動に費やすことがほとんどです。
私がたまさか外へ出るときも、星を見に行くか自宅近くの湿原で虫や植物を観察しに行くなど、やはり趣味活動ばかりで、家族でレジャーや買い物に行くなどといった普通のファミリー的行動はあまりとりません。
我が家はどうも、少しく変わった家庭のような気がします。

こう書くと、我が家はいかにも個人主義でバラバラのようですが、決してそんなことはなく、仲の良い家族です。
ただ、私が星と物書き、読書、自然観察、カミさんが絵画と音楽、娘がやはり絵画と音楽と、いかにも世の中の役に立たない、しかも時間のかかる多くの趣味を愛好しているために、少しでも時間があると趣味活動に専念せざるをえないわけです。

そうそう、猫が7匹、うさぎが1羽いますので、そのお世話もしなければならず、休日もなかなかに忙しい我が家です。

2008年01月09日

●娘は今日も絵を描く

前々回に「我が家は変人趣味家族?」として、娘がパソコンで絵を描いていることを書きました。
カミさんの血筋なのか、小さな頃から娘は絵が得意でした。
本人に言わせれば「自分は絵しか取り得がないから」とのことですが、親の欲目を差し引いても下手ではない気がします。

sakito2.jpg

去年、パソコンを買ってやってからは、少し時間ができるとCGに取り組んでいます。
そんな娘の最近の作品を紹介(親バカだね)。
ビジュアル系ロックバンド「ナイトメア」のギター「咲人さん」を描いた絵です。
イラスト投稿サイトでもけっこう人気を博したようです。

http://www.cgillust.com/ja/index.html

「lenn」という名前で投稿しているので絵が好きな人は見てね、とのことです。

2008年01月10日

●夕映えの天狗山

年末年始に降った雪もだいぶ溶けてきました。
とはいえ、揖斐川町山間地の山はまだ深い雪に覆われています。

tenguyama1.jpg

写真は、揖斐川町藤橋と坂内にまたがる天狗山。
天文台やプラネタリウムがある揖斐川町鶴見地区へ行く際に、横山ダム湖の対岸に見える姿の良い山です。
標高は1149m。
天狗山に限らず、越美山系の山は、ほとんどが標高1000m内外となっています。
これは、大昔にこのあたりの山が浸食によって削平され、準平原というほぼ同じ標高の大地状地形となった後で再び隆起活動が起こったため、どの山もおおむね同じ程度の標高となっていることによります。

平素から美しい姿の山ですが、こうして雪が積もると、いっそう立派に見えます。
夕日に照らされた山頂付近はさぞかし寒いことでしょう。

2008年01月16日

●真冬の鍾乳石?

午前中、遺跡包蔵地の調査で天文台からさらに揖斐川を溯った谷まで行ってきました。
正月に降った雪もだいぶ溶けて地面が見えている場所もあり、仕事はスムーズに進みました。

turara1.jpg

写真は鍾乳石?ではなく、林道脇のつららです。
雪は消えつつあるとはいえ、厳しい寒さには違いなく、崖をわき水が滴っている箇所にはこのようなつららがたくさん下がっていました。

地球温暖化が進み、都会暮らしの子どもたちのなかには、つららはおろか、氷や霜柱さえ見たことがない子も増えているようです。
やはり冬はきりっと寒く、夏はからっと暑く、というのがあるべき自然の姿ですね。

2008年01月24日

●雪の東京

昨日から、またまた東京へ来ています。

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低気圧の接近で東京は雪。
新宿の高層ビルも、上半分は雪雲にすっぽりと隠されていました。
写真は、私の実家のある西武線東大和市駅ホームのようすです。
都心よりは雪が多く、3センチ程度積もっていました。
子供の頃は30センチを越す雪が降ったこともありますが、温暖化の影響か、ここ
10年ほどは10センチも積もれば大雪です。
とはいえ、異常に雪に弱い東京の交通機関は、10センチの積雪でパニックになり
ます。
昨日も、JR中央線と西武線が5分程度遅れていました。

2008年02月03日

●仙台貨物

最近、ウチの家族がはまっているバンドが「仙台貨物」です。
「ナイトメア」というビジュアル系ロックバンドの裏バンド、というか、別の顔で、同じメンバーがやっているのですが、これが非常にいい!
ナイトメアが正統派ビジュアルロックなのに対して、仙台貨物は服装やメイク、歌詞、旋律のすべてがおちゃらけていて、それでいて音楽性は高く、どれもが陽気でぶっとんだ曲で、とにかく聴いていて最高に楽しくなるバンドなのです。
5人のメンバー全員が「仙台貨物」という運送会社に勤務し、しかも皆さんゲイという設定で、メイクも曲も最高に笑えます。

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下ネタが多いので、人によっては顔をしかめるかもしれませんが、ウチでは家族全員でいかにも下世話な、それでいてどこか真摯でかわいいところがある下ネタに笑い転げています。
コンサートではさらに過激で、一回は全裸を披露するというウワサですが、まだ行ったことがないので真相は不明です。
明るくまじめでぶっとんだ変態?が好みの方は、ぜひ聴いてくださいませ。
特に東大和天文同好会のメンバー、恐ろしく親近感を感じること間違いなし!ですぜ。

イラスト:seina

2008年02月05日

●気象観察も楽しい

先日の夕方、沈む夕日から上空に向ってサーチライト状に光が立ち昇っている光景に出会いました。
当日は非常に寒く、冬型の雲が去来していましたので、上空の氷の粒に太陽の光が屈折してこんな光景が見えたのだと思います。

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天文をやっていると、絶えず空を見上げる習慣がついていますから、おのずと気象現象にも目が向きます。
特に雲のさまは変化が著しいだけにある意味では天文現象よりも面白く、見とれてしまうこともしばしばです。

2008年02月09日

●雲を見る楽しみ

写真は、1週間ほど前の夕方に撮影した夕方の空。
きれいで変わった形の雲が出ていました。
上空の気温が低く風が強いため、氷の粒でできた変わった雲を見る機会が今年は多い気がします。

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子どもの頃は、雲を見るのが好きで、庭の芝生に寝ころがって何時間も形を変えては流れていく雲のさまを見ていることがありました。
青空を流れる雲を見ていると、自分も大気に溶け込んでいけるような気がしていました。

学生の頃はバイクで山奥へ走り、誰もいない渓流のほとりで、やはり何時間も流れる水を眺めていました。

そうした時間を勉強やスポーツに費やしていれば、私ももう少しまともな人間になれたのでしょうが、残念ながら今に至るまで、星や雲や水をぼけっと眺めているのが好きという性向は変わっていません。

今日は朝から雪。
降り積もる雪を、やはりぼけっと眺めています。

2008年02月11日

●神社が好き

神社が好きです。時間ができると、あちこちの神社を見て歩きます。
有名な神社でなくてもかまいません。自宅近くの小さな神社を自転車で回るのも楽しいひとときです。

「まっちゃんって神社仏閣が好きだったんだ」なんて納得された方、ちょっと違うんですね。
好きなのは神社で、お寺には食指が動きません。

「それじゃあ、まっちゃんって神道を信仰してるの?」と思われた方、これも違います。これといって信仰はありません。ミッション系の大学を卒業しましたが、キリスト教の勉強は好きでかなりしたものの、あくまで学問的興味でした。

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神社を訪れるのは、独特の神寂びた雰囲気を求めてです。
その意味では、参詣客でごった返している神社よりも、村社や郷社といったひっそり佇む神社の方により惹かれます。
神社というと、私たちはお社を思い浮かべますが、厳密に言えば、神社の本体・・・神様のよりしろは社殿ではありません。
神社にはもともと社殿はありませんでした。神が降臨するのはあるいは神社の背景の山であり、あるいは巨石であり、あるいは巨木や滝といった自然の造形そのものでした。社殿は、後に精力を増した寺院に対抗するべく造られたものに過ぎません。

私が惹かれるのは、社殿を中心とした木や草の一本一本、岩や玉砂利のひとつひとつ、そして神域を懐に抱く周囲の自然景観の調和です。
ナショナリズム的な表現は好きではありませんが、神社は日本人の感性を端的に形象化した見事な装置であるように思います。
あらゆる事物に神が宿ると信じた日本人の原精神を刺激してやまない何かが、神社には凝縮されているような気がするのです。

こうした性行は遺伝的なものらしく、娘も妹も神社好きです。
家族、兄姉で「神社巡りツアーに行きたいね」などと話し合っている私たちって、どこかヘンでしょうか。

写真:自宅近くのある神社

2008年02月14日

●娘のギター

娘がギターを買いました。
しばらく前からエレキギターが欲しいと言っていたので、とりあえず私の生ギターで練習してからにしたら、と言っておいたのですが、私に似ず決断の早い娘は、簡単なコードも覚えていないのに速攻で購入を決めたようです。

どうやら友だちといっしょに「バンド、やろうぜ!」という話になっているらしく、他のメンバー(予定者)も、それぞれ楽器を購入したとのこと。
話を聞いてみると、どの子もまともにそれぞれの楽器が弾けるわけではないとのことで、とりあえずモノを買ってしまうという今どきの子の決断の早さには、カミさんと二人、大いに感心してしまいました。
私が娘の年齢だった頃には、
ギターが欲しい→カタログを暗記するほど繰り返し眺める:同時に音楽雑誌などの情報源を貪るように読み耽る→必死こいてバイトをする→予算と相談しつつ慎重にモデルを決定する→あこぎな値下げ交渉を繰り返してようやく購入!
というコースを経て(ギターも望遠鏡もカメラも)買った記憶があります。

高校生の女の子だけのバンド、いつからまともな活動が開始できるのか、少しく不安ではありますが、教えられることは教えてやろうと思っています。
とりあえずは、基本コードをマスターすることでしょうね。

「小説書きといいギターといい、どうも、だんだんパパにやることが似てきたなあ」
と娘が言うので、
「そろそろ本命の天文をやろうか」
そう答えてあげたところ、
「それだけは絶対にいやだ!」
と言われてしまいました。
「だって、眠いし寒いしお金はかかるし健康に悪いし、いいことひとつもないじゃない」
・・・そう言われてしまえば、まさにその通り。
さすが我が娘、天文という趣味(仕事)の本質を熟知しています・・・。

2008年02月15日

●この程度なら雪も楽しい

このところ、プラネタリウムと天文台のある揖斐川町藤橋地区は毎日、雪が降り続いています。
とはいえ、すぐお隣りの福井県ではかなりの大雪らしいのですが、幸い、岐阜県内はさほどの積雪にはなっていません。
この程度の雪なら可愛いものという感じです。

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今日は、資材運搬のために車2台で旧天文台まで行きました。
旧天文台周辺の積雪は30センチほど。まだまだ「冬らしいね。うん、きれいな雪景色だ」というレベルです。

旧天文台の倉庫に資材を搬入し、歴史民俗資料館のカモとコイに餌をやり、公衆トイレの掃除をして帰庁。
写真は、プラネタリウムのある藤橋城。すっかり雪化粧をしています。

雪は夕方から強くなり、自宅までの帰路は久々に本格的な雪道となりました。
雪の夜道は、路肩もセンターラインも見えず、加えて降りしきる無数の雪片が視界を遮り、走りづらいことこの上なしです。
それでも、四駆とスタッドレスタイヤの威力はたいしたもので、60km/h平均で雪道を駆け抜け、19時前に帰宅。
自宅のある大野町では積雪はなく、何だか物足りない心もちで車を降りたのでした。

2008年02月20日

●雪晴れの揖斐川上流

プラネタリウムと天文台に台湾から視察が来るというので、降り続いた雪がようやく止んだ天文台周辺の除雪をしました。

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ずっと雪空だったので、久しぶりの青空が眩しいほどでした。
雪が積もると、天文台周辺の見慣れた山と川の景色が、ひどく鮮やかに感じられます。
気温は低く、一日中、ほぼ0度でした。
訪れる人もなく、張りつめた空気の中、コントラストの高い景色を眺めながら、一人除雪をするのもいいものです。

2008年02月23日

●ふきのとう

雪に覆われている藤橋歴史民俗資料館で、ふきのとうを見つけました。

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清水が染み出している水路に、たくさんのふきのとうが群生していたのです。
気温は低く周囲は雪だらけですが、山深い岐阜の山奥にも春は確実に近づいています。

2008年02月25日

●華厳寺に関する講演会

昨日は、揖斐川町中央公民館で、町の教育委員である寺田先生が講演会を行うにあたり、私と同じく学芸員のYさんとともにお手伝いをしました。

寺田先生の講演テーマは、西国三十三カ所巡り結願の寺である谷汲山華厳寺を明治8年に再建するにあたり「奉加講」という組織を作り、講を構成する30人が諸国を巡って「勘化(資金・資材調達)」を行った記録をひもときながら、再建の時代的背景を探るというものでした。

旧谷汲村にある華厳寺は、町村合併の後に、私の勤務する揖斐川町に編入された全国的に有名なお寺です。
また、奉加講に参加した方は、私が現在住んでいる大野町出身が多く、たいへん身近で興味深いお話となりました。
今回の発表では、主に越前(福井県)を回った記録をたどったのですが、私もこれまでさまざまな調査で訪れたことのある場所ばかりで、非常に楽しくお話しを聞くことができました。

私とYさんは、発表に使用するパソコンやプロジェクターなどの機器操作の他、細々としたお手伝いをしたわけですが、地域の文化に関わるこうした仕事は、天文とはまた違ったおもしろさがあるものです。
これからも、天文だけでなく、こうした分野にも知識と研究の幅を広げていきたいと考えています。

2008年02月29日

●雛人形展開催中

揖斐川町南方にある揖斐川歴史民俗資料館では、3月23日(日)まで「雛人形展」を開催しています。

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私たちが見慣れた雛人形に加えて、江戸期、明治期の雛人形、各地に伝わる土雛や流し雛など、珍しい人形が数多く展示されています。
常設展示では、揖斐川の水運を中心として、西濃地方北西部の文化が興味深く展示されていますので、ぜひご観覧ください。

休館日:月曜日・祝祭日
入館料:大人200円 小人50円
場所:揖斐川町上南方901-5
電話:0585-22-5373

写真:江戸期雛

2008年03月05日

●夕焼け

3月というのに雪の日が多いのですが、先日、珍しくきれいな夕焼けが見えていました。

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子供のころから夕焼けを見るのが好きで、運転中など、思わず車を停めて見とれてしまいます。
遠くに見える山は雪に覆われていますが、私の職場である揖斐川町藤橋はその方角です。
毎日、25キロの道のりを走って雪国へ向かいます。
今日、天文台周辺の積雪は屋根から落ちた雪が溜まっている場所で約1メートル。
まだまだ春は遠いようです。

2008年04月02日

●人事異動

いやはやなんとも・・・。
4月の定期人事で、何と住民課へ異動になってしまいました。
戸籍やら外国人登録、さらには住民基本情報サーバーの管理など、未知の領域の仕事ばかりです。
とにかく何にもわからないので、新入社員の気持ちで覚えるしかありません。
ずっと藤橋だったのが本庁勤務となりましたので、たとえば郵便物の出し方ひとつにしてもわからないことばかりです。
で、3月末からずっと残業ばかり。
3月~4月は特に忙しいらしいのですが、わからないにもかかわらず山のように仕事があるので、困ったとぼやいている暇もなく、もちろん昼休みもなく仕事をしています。
しばらくはこのブログも更新がままならないかもしれません。
できるだけ更新したいとは思っていますが・・・。

藤橋の天文施設のほうは、若手の新人がかわりに配属されました。
私とは違ったカラーを出してくれることでしょう。

2008年04月05日

●菜っ葉系がなぜか好き

ようやく春爛漫となりました。
あちこちで桜が満開です。
今日は天気がいいので、お花見に繰り出す人も多いことでしょう。

私も桜は嫌いではありませんが、この季節、桜よりも目につくのが菜の花です。
なぜか昔から菜の花、というより菜っ葉系の花が好きで、娘の名前にまで好きな星と菜の花をつけてしまったほどです。

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写真は、揖斐川の河川敷。
菜の花に囲まれていると、とても優しく穏やかな気分になれます。
菜の花畑には、花見客の喧騒はありません。
そのかわり、たくさんの蝶や蜂が群れ飛んでいます。
菜の花の香りと蜂の羽音に囲まれていると、いつか自分自身も、そうした自然に溶け込んでしまうような気がします。

2008年04月16日

●アケビの花

我が家の庭に今を盛りと咲いているこの花。
アケビです。

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アケビといえば、山野に自生し、実を食べることができる蔓植物です。
藤橋在住中は、山を歩いてよくアケビのみを食べたものでした。
ただ、サルの大好物でもあるため、私とサルとどちらが早く見つけるかの競争です。
都会に住んでいる方は、アケビなど食べたことがないかもしれませんね。

我が家では「バラのアーチ」ならぬ「アケビのアーチ」をしつらえてあります。
今年は例年になくたくさんの花が咲きました。
我が家を訪れた人は一様に「これがアケビの花なんですか」と驚きます。
昨年は1個しか実がなりませんでしたが、今年はもう少したくさんなるかな。

2008年04月21日

●満水の徳山ダム

わが国最大のダムとして、良くも悪くも話題の徳山ダムでは、昨年の竣工時から試験湛水を行ってきましたが、このほどほぼ満水になりました。
写真は、最近のダム湖の様子。

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満々と水を湛えた風景は確かに雄大ではありますが、水面からは水没した木々があちこちに顔をのぞかせ、そのほとんどは半分以上水に漬かりながらも健気に新緑を芽吹かせ、あるいは花を咲かせています。
この広大なダム湖のために、いったいどれほど多くの生き物が冷たい水の底に沈んでいったのでしょう。
動くことのできない植物はもちろん、すばやく移動することのできない小動物や昆虫なども、すべて溺れ死にました。
さらに言えば、これだけ広大で莫大な税金を投じたダムに、果たしてどれほどの意味があるのだろうかという疑問があちこちから指摘されています。
治水のためであればこれほど巨大なダムは必要ありませんし、発電のためといっても電力需要は頭打ちです。
工業用水需要もこれから先、伸びるとは思えず、広い水面を見渡しながら、ひどく虚しい思いにとらわれます。
数え切れないほどの生き物を殺し、一つの村を沈めた徳山ダム。
手放しで完成を喜べる気にはどうしてもならないのです。

2008年05月08日

●タニウツギ

初夏になると、藤橋をはじめ揖斐山地では、ピンクや白の花をいっぱいにつけたタニウツギが目につくようになります。

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その名前のとおり、谷沿いに咲いていることが多く、渓谷の清冽な水の色とあいまって、車を走らせながらも見惚れてしまう美しさです。
揖斐山地の春はヤマブキから始まり、ヤマザクラ、ツツジ、そして旧藤橋村のおこりともなったフジと続きます。
梅雨前の今頃はタニウツギ、梅雨も後半になるとネムの花が揖斐川の流れに彩りを添えます。
春から初夏は、次々に咲く山の花と、日々、鮮やかさを増す新緑がいちばん美しい季節です。

2008年05月11日

●消防団の徳山巡視

しばらく前のことになりますが、5月3日は揖斐川町消防団の徳山巡視でした。
「まっちゃん、その歳でまだ消防やってるの?」と言われそうですが、旧藤橋村では、なんと50歳まで消防団に加入しなければなりません。
そんな消防団の恒例行事として続いてきたのが、山菜採りや観光で山奥へ入る人が激増ゴールデンウィーク中に行なう山岳地域の巡視活動なのです。

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幸い3日は好天に恵まれました。
いくつかの班に分かれて旧藤橋村エリアを巡視するのですが、今回、私は、最も遠い福井県境までを巡視する班となりました。
消防車に乗り、福井県境の冠峠を目指します。
徳山ダムの湖面を見ながら長大トンネルをいくつも抜け、やがて狭い峠道へ。
あちこちに観光客の姿が見られます。なかには急な崖を降りて山菜を採取していたり、立ち入り禁止区域へ入り込んだりしている人もいます。

冬期に雪が少なかったので、今年は県境の峠まで行けるかなと思ったのですが、冠峠を目前にして道路を塞いでいる雪渓のために引き返すことになりました。
雪の多い年だと、藤橋城からわずかに入った地点で引き返したこともありますから、今年はじゅうぶん遠くまで行くことができた方でした。

芽吹いたばかりの県境の山は、フキや山ウドといった山菜があちこちに目につきました。
そうした山菜を採る楽しみもわかりますが、危険な場所へは近づかないようにしてほしいものです。

写真:冠峠

2008年05月17日

●ユキノシタ

今年も、庭でユキノシタの花が咲き始めました。
日陰に生えていて、なんとなくじめじめっとした草のような気がしますが、こうして花が咲くと繊細でとてもきれいです。

yukinosita1.JPG

水さえ欠かさなければ、他の植物が生育できない日陰でも増えますし、葉はてんぷらとして食べられます。
花はきれいだし、葉は傷薬や熱さましの薬効もあるそうです。
名前の由来は、白い花が、雪が降っているように見えることからだという説があります。
そうだとすれば、なかなか風流なネーミングですね。

2008年05月19日

●不眠症

ここ1ヶ月というもの、眠れなくて困っています。
もともと不眠症気味で、朝までぐっすり寝たことなど何十年もないのですが、最近は特に眠れず、ほんの少しだけ寝たとしても明け方に目覚めてしまい、あとは眠ることができません。
精神安定剤なども試しましたが、このところの不眠にはまったく効かず、なんとも困っています。
「こうすれば眠れる」的な本に書いてある「規則正しい生活をしよう」とか、「朝日を浴びよう」とか、そんなことは数十年昔にすべて試しましたが、どれも効果なし。というか、その程度の工夫で眠れる人のことは不眠症とはいいませんよね。

このところの不眠は、職場が変わったことに大きな要因があることはわかっています。
仕事や人間関係に慣れれば多少は改善するのでしょうが、それでもぐっすり眠れないのは性分なのでなかば諦めてもいます。
不眠には遺伝もあるようで、私の母も不眠傾向です。

「天文屋さんにはいいね。観測中に眠くならなくて」
なんて言われそうですね。
たしかに観測中に寝てしまったことはないのですが、それにしても人生の三分の一を人間は眠って過ごすことを考えると、眠れないというのは困ったことです。
何はなくても毎晩、ぐっすり眠れたらどれほど幸せだろうかと思います。

このブログを呼んでいる皆さんはどうですか。
眠れない人、いませんか。

2008年05月27日

●海まで2時間

海が好きです。
以前に住んでいた旧藤橋村は岐阜・滋賀・福井県境の村だったため、滋賀県側の峠を越えるとすぐに琵琶湖、もう少し行くと福井県敦賀の海へ行くことができました。

今はその頃よりも若干遠くなりましたが、それでも2時間少々で敦賀まで行くことができます。
東京に住んでいた頃もよく海へ行きましたが、水の綺麗さは関東の海とは比べものになりません。何メートルも深い海底が透けて見えます。
また、海水浴シーズン、関東の伊豆や房総のビーチは芋洗いさながらの人出となりますが、敦賀の海はハイシーズンでもじゅうぶん余裕をもって泳げます。
そしてシーズンを過ぎてしまえば、砂浜は静寂そのもの。
シーズンオフでも「海っておしゃれだぜ」的な若者があふれ、海岸通はいつも渋滞している湘南の光景が嘘のように穏やかで静かです。
日本海といえば荒波という演歌的イメージが強いのですが、冬場以外は波も小さく、外房や九十九里の豪快な波が懐かしいほどです。
もっとも、冬の日本海はさすがにすごいですよ。
何年か前、仕事で2月に福井県の海岸を廻った際には、見上げるほどの高さの波が防波堤を洗っていて「演歌の歌詞って嘘じゃなかったんだ」と感動したものです。

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先月も家族で敦賀へ行ってきました。
私は磯の生き物の観察をし、カミさんと娘は貝を拾い、一日遊んだ帰路、傾いた日ざしが鮮やかに水平線を輝かせていました。

2008年06月13日

●東京

今日は所用で東京へ来ています。
東京は生まれ育った場所なので、新幹線で新横浜を過ぎてビルがたくさん見えてくると「ふるさとに帰ってきたなあ」という気分になります。
ふるさとといえば、普通は山や川があって誰もがお国言葉で喋っていて、というイメージですが、私の場合はビルや満員電車、せわしなく行きかう人ごみ、というのがふるさとのイメージです。
岐阜へ転居して15年が過ぎても、新幹線を降りて中央線や山手線のつり革を握り、車窓を過ぎる都会の風景を見ていると、まるで昨日も同じ電車に乗って同じ風景を見ていたような錯覚に陥ります。
東京ってごみごみしてて自然がなくて厭、という人も多いですが、私にとっては懐かしく、活力を与えてくれる場所なのです。

2008年06月19日

●自転車通勤

私の勤務する揖斐川町では、先月から8のつく日はノーカーデーと決まりました。
徒歩か自転車か公共交通機関で通勤しなさいということです。
自宅から勤務先までは5kmほどなので、私は自転車で通勤することにしました。
昨日は18日でしたので、やはり自転車で。
ほぼ平坦な道なのですが、一カ所通るトンネル付近だけが坂道です。
坂道を立ち乗りで、通学の高校生に混じって自転車を漕いでいると、自分も高校生に戻ったような気がしてきます。
自転車はカミさんが昔(東京在住中)に乗っていたおばチャリ。もちろんギアなしです。
車に較べればたしかにラクではありませんが、実は時間的にはさほど変わりありませんし、風を切って走るのはおばチャリとはいえ爽快です。
ふだんからできるだけ車に乗らず自転車を愛用しているので、さほど体力の衰えも感じません。
ただ購入以来20年近くが経過しているためタイヤや車体はかなりボロです。
ちょっと本格的なスポーツ車が欲しいなあと思う反面、少しぐらいボロでも精一杯使ってあげたいという気もしています。

2008年06月21日

●娘のブログ「星猫亭」

娘がブログを始めました。
まだ始めたばかりですが、張り切って毎日更新しています。
絵が得意なので、絵を紹介しながら、高校生活のことやら好きなバンドのこと、ウチで飼っている動物についてなどを書くつもりのようです。

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「星猫亭」というタイトルを見ると「まっちゃんの娘も星のことを書くのかな。やっぱり血は争えないな」なんて感心された方もいるかもしれませんが、娘に言わせると「星は自分の名前からとっただけ。星のことなんか書かないもん」とのこと。
それでも、そのうち観望会やあちこちの星祭りに連れて行って、タイトルどおり星のことも書かせようと目論んでいます。(何度か観望会の助手に連れて行ったことがあるんですヨ。望遠鏡一台を任せて操作と説明をしてくれました。)
お時間のある方は娘のブログにもお越しくださいませ。

http://blog.livedoor.jp/uraneko7/

イラストは好きなV系バンドを描いたモノ、だそうです。

2008年07月04日

●ミニビオトープ

ウチの庭にミニビオトープを作りました。
といっても、本当に小さくて、スイレン鉢を埋めて、スイレンと菖蒲の鉢を沈めただけですが。

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前から庭に池、というか本当は水の流れる水路が欲しかったのですが、庭いっぱいに木が植わっているためにそれほど大規模な水辺環境を作るスペースがありませんでした。
で、スイレン鉢なら場所をとらないし、そのうちカエルやトンボが繁殖するのではないかな、と。
小さな魚も入っています。
というのは、生き物がいて糞をしないと栄養が供給されないためです。
スイレンと菖蒲が植わっているのは、魚の糞を栄養にして光合成と水の浄化を行わせることが目的。
設置から2ヶ月が過ぎましたが、今のところは水も汚れず、うまく機能しているようです。

でも本当は、川から水を引いて庭を回遊する水路を作りたいなあ。
ところどころに池、というか淵を作って、いろんな木や草を周囲に植えて。
そこで水生動物や両生類、昆虫を繁殖させるのが夢です。
水路を作るのは気合を入れればできないことはないけど、裏の川からポンプで揚水しなければならないのでそのあたりが問題。

2008年07月12日

●帰省の交通手段あれこれ

先日は、東京と岐阜の往復にやたらとカネがかかるということを書きました。
結局は新幹線に落ち着いてしまうわけですが、少しでも安くあげようと、さまざまな交通手段を試しましたヨ。

新幹線をまったく使わず普通列車だけだと、大垣~東京間で約7時間、前後の移動を含めると9時間近くかかります。直通はないので、最低でも豊橋、浜松、熱海で乗り換える必要があります。疲れるのは当然なのですが、その間、飲まず食わずではいられないので、食費がかかります。カロリーメイト一箱で耐えたことも何度かあります。「青春18きっぷ」が使える時期は、今でも普通列車での往復をします。
夜行列車も昔はよく利用しました。いわゆる「大垣夜行」です。夜に移動するので時間が有効に使えそう・・・ですが、不眠症の私ですから車内ではあまり眠れません。夜行に乗った翌日は睡眠不足のために結局は無駄な一日になる、という結果となるため、若いころはともかく、最近はあまり乗らなくなりました。夜行バスも然り。

昼間の高速バスはなかなか安く快適でしたが、利用者が少なかったのかなくなってしまいました。中央道を走って景色も良かったのに。
最近は復活したという説もありますので、時刻表で調べてみなくては。
渋滞で時間が読めないのがバスの難点ではあります。

つい先日は、往復とも豊橋~東京間だけ新幹線を利用するというセコい手段を使いました。
豊橋までは座席も良く速い「新快速」が頻繁に走っているため、さほど疲れず時間的にもまあまあ、という乗り方です。
でも、新幹線の特急料金というのは実に上手にできていて、そうしたコマギレの利用でも全区間の利用でも、さほどは金額が変わらないんですよね。JR東海の金儲けはなかなかに上手です。昼食代ぐらいを浮かせられるかな、という程度の差額です。
これが、豊橋~熱海間を新幹線にすると、もう少し安くなるのですが、時間と疲労を考えると、料金差ほどのおトク感はありません。

車だと、一人で高速道路を走った場合、費用は新幹線とほとんど変わりません。自分で運転して疲れるだけバカバカしいので車はほとんど使いません。最近はガソリンも高いし。
おトク感が高いのが一般道だけを使った車での往復。高速料金がかかりませんから、これは安い!
でも片道11時間かかります。事故や違反とも背中あわせ。体力と根性の要る方法です。

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まだ試していないのがバイクでの往復。
友達に貸したままになっている200ccのバイク(写真)だと、40km/L走ります。
東京まで430kmぐらいですから、11LあればOKです。今はガソリンが高いですが、ちょっと前なら1,500円かからずに東京まで走れたわけですね。まあ、事故や違反の可能性が高い非常にハイリスクな方法ではありますが。
ただ、私の長いライダー経験によれば、一般道を一日に走れる距離は500kmがリミットです。
それ以上走った場合、疲労でかなり運転が危なくなります。
なので、東京までの430kmはけっこう微妙な距離です。

というわけで、高い高いとこぼしつつ、結局は新幹線に落ち着いてしまうのです。
やっぱり新快速を東京まで走らせるしかない!


2008年07月27日

●川涼み

昨日は、娘と旧久瀬村の川へ行ってきました。揖斐川へ流れ込む支流のひとつです。
国道から入ってすぐの場所ですが、山深い渓谷の趣があり、涼しく静かで、泳ぐにも生き物観察にも絶好のフィールドです。

hisakagawa1.JPG

娘は夏休みの宿題を持って行きました。静かで涼しいので宿題がはかどるそうです。
でも、先客がいました。娘がいつも勉強机がわりに使っている平たい岩のある場所は家族連れに占拠されていましたので、仕方なく上流へ。
結局、上流には机代わりになるような岩はなく、宿題ははかどらず。
それでも水中の生き物を眺めたり静けさのなかでボケッとするだけで癒されるようで、娘は満足したようでした。

私は水着に着替えて少しだけ泳ぎました。この川は何段もプール状の淵があって、泳ぐには絶好なのです。
トンボが水面を飛び、湿った川岸には蝶が群れています。夕方になるにつれうるさいほどに聴こえてくるヒグラシの鳴き声。

「懐かしいな」と娘が言います。
「藤橋に住んでいた頃を思い出すね」
そう、旧藤橋村在住中は、朝に夕にヒグラシの声を聴いて夏が過ぎました。明け方など、ヒグラシの声で目が覚めるほど盛大に鳴いていました。

人口450人の山深い村で子ども時代を過ごしたことは、娘にとって何ものにも代え難い財産だろうな、大人になって都会に出たら、たまらなく懐かしい場所になるだろうな、そんなことを思いながら、娘と川風に吹かれていました。

2008年07月28日

●太陽熱はエライ!

5月から11月初旬まで、我が家ではあまり燃料費がかかりません。
その理由は、屋根に鎮座している太陽熱温水器。
これがなかなかのスグレモノで、さすがに冬季は放熱量の方が多いらしく使えませんが、上述した期間であれば、よほど冷たい雨でも降らない限りは太陽熱だけでお風呂から食事の片づけまで、たっぷりとお湯が使えます。
とはいえ、設置にかかる費用を考えればモトはなかなかとれず、自然エネルギーの有効利用で地球温暖化防止に貢献しているという意味合いの方が大きいのですが、それでも燃料費が高騰している現状を考えれば、いずれ経済的にも見合うようになるのではないか、そして全ての家が太陽熱温水器を備えれば、かなり省エネと温暖化防止に寄与できるのではないかなどとも思います。
太陽は本当に偉大で、そのうち家を建て替える機会でもあれば、ソーラーパネルを設置して太陽光発電を行いたいとも考えています。

現代の日本では、エネルギーは電力会社やガス会社から購入するものという認識ですが、エネルギーはできるだけ自前でまかなうように発想を変えてみることも必要かもしれません。
太陽熱温水器、太陽光発電、川が近くにある家は水車を回して発電するなど、家庭が使用するエネルギーのかなりの部分を、実は自前でまかなうことができるのではないでしょうか。

食料品の地産地消ではありませんが、これからはエネルギーもローカルエリアで調達した方が効率的だという考え方が生まれてきそうな気がします。

2008年08月08日

●雷観察が面白い!

東海地方は、ここ数日不安定な天候が続いています。
昼間は酷暑、夜になると雷雨という天気です。

今夜も雷雨でした。
ひっきりなしに雷が鳴る中、いつのまにかカミさんと娘の姿が見えなくなったのでどこへ行ったかと思えば、真っ暗な2階の部屋から雷を眺めているのでした。
私も仲間に加わり、3人で並んで雷観察が始まりました。
ちょうど頭の真上に雷雲があるらしく、ほとんど止む間もなく稲妻が光ります。
大きな稲妻が見えるたび、3人で歓声をあげ、感想を述べ合います。
次から次へ、全天に稲光が見えるので、なかなか窓から離れることができません。
まっすぐ地面へ落ちるもの、中天を竜のように駆けるもの、途中で枝分かれするものなど形は千差万別ですし、距離や明るさの関係なのか、稲妻の色にしても白、オレンジ色っぽいもの、紫色っぽいものとさまざまです。飽きることがありません。

そうして雷観察を続けるうち、これは何かに似ていると思うようになりました。
真っ暗な中、夜空を見上げ、稲妻を見落とさないように視線をあちこちに忙しく動かしながら、もっと大きくて明るい稲妻が見えないかと待ち望む・・・。
そう、これはまさに流星観測の醍醐味なのです。
少しでも夜空から目を離していると大きな流星を見逃してしまうし、もっと明るい流星が出現するのを期待して観測を止めることができない・・・。
流星観測の経験もある娘とカミさんに話すと「まさにそうだね」と頷くことしきりでした。

流星といえば、もうすぐペルセウス座流星群の極大日。
13日は休みを取ったので、今年はがんばって雷ならぬ流星を観測しようと思っています。
カミさんと娘もいっしょに観測しようという気になったようでした。

2008年08月19日

●ユリの咲く庭

庭のあちこちで大輪のユリが咲き始めています。
もともとは、以前に住んでいた旧藤橋村にたくさん自生していたユリでした。
藤橋では夏の終わり近くになると、道端といわず庭先といわず、真っ白なユリがいっせいに咲き始めます。

yuri1.JPG

野生種なのか栽培種だったのかわかりませんが、藤橋在住中はユリの花が咲くと「秋が来るのだな」と季節の変わり目を実感したものでした。
このユリ、清楚ではかなげな見かけとは裏腹に、なかなか繁殖力が旺盛です。
花が終わると紡錘状の実をつけ、晩秋になるとそれがはじけて数え切れないほどの種をばら撒くのです。
そんな種が芽を出せば、そこには球根ができていますから、毎年、花を咲かせます。花が咲けば大量の種をつける、というわけで、特に移植したわけではないのですが、藤橋から持ってきた鉢植えなどに種がばら撒かれていたのでしょう、今の家でも確実にその版図を広げているのです。
このように、なかなかにしたたかなユリなのですが、その風情はなんともいえないものがあります。
まだまだ暑い毎日ですが、野生と気品を兼ね備えたユリの白い花を見ながら、季節の移ろいを感じています。

2008年08月25日

●体調悪いのに忙しい!

先週後半から体調が優れません。
血圧が低くてフラフラするし腹も痛い、食欲もない、夜はひどく疲れているのに眠れない。風邪も引いたみたいで、鼻水がやたらと出ます。

にもかかわらず忙しい。
先週は外国人登録の研修会で坂祝へ出張、今日はやはり外国人登録で忙殺され、明日は昼の窓口当番(戸籍や住民票など、いわゆる役所の受付です)、夜は宿直。
週末は毎月と重なるので、いわゆる月締め業務で残業。
教育委員会からの電話では、町内の学校のALT(外国語助手)が3人、今週中に外国人登録に来るとのこと、月末で忙しくなる前に来てほしかった!
で、31日の日曜日は防災訓練で消防出動。

今日も途中で帰ろうかと思ったぐらい不調だったのですが、休めばそれだけ仕事がたまるので休むこともできないし・・・。
せめて夜、熟睡できれば良いのですが、不眠症はますますひどくなり、毎晩、3~4時間程度しか眠れません。
実のところ、かなりくたばっています。
まあ、何とか乗り切るしかないのですが・・・。

今日は珍しく住民課の業務についてもちょこっと書きました。
戸籍や外国人登録、住基ネットなど、数ヶ月前まではおよそ縁のなかったお仕事ですが、なんとかこなしておりますよ。

2008年09月03日

●大雨

昨日の昼過ぎから今朝まで、三重県から岐阜西濃にかけては未曾有の大雨に見舞われました。
揖斐川町では、昨日夕方に1時間に70mm超の降雨を観測、それからも断続的に豪雨が降り続き、災害対策本部を設置、職員の半数が就業時間後も役場に泊り込む警戒態勢となりました。
私はたまたま警戒班からは外れ、自宅に帰ることができたのですが、一晩中、空が壊れてしまったかのような激しい雨と雷、そして猛烈な蒸し暑さで、まんじりともせず朝を迎えました。
明け方3時頃には、浸水する家屋が出始めたため避難を勧告する放送が流れ、いよいよ事態は緊急の度を深めたことを実感、いつ呼び出しがあってもおかしくないなと待機していましたが、結局、呼び出しはありませんでした。
今朝、登庁し、役場に泊り込んだ職員から町内の被害の状況を聞くと、旧久瀬村以遠の国道は寸断され、久瀬、藤橋、坂内地域とは通行ができないとのこと、また春日では住宅が土砂に流されるなどの大きな被害が出ていました。

レーダー画像によれば、今回、大雨が降ったのは、幅100キロ前後の非常に狭い範囲のようでした。
鈴鹿山脈で南北の気流がぶつかりあって発生した積乱雲が、岐阜県内ではちょうど揖斐川町を縦断するように次々と北上し、連続した大雨と雷をもたらしたのです。
先日は、愛知県岡崎市が積乱雲の通り道となり大きな災害となったわけですが、今回は揖斐川町が同様の被害を受けることになってしまったわけです。

今日午後には大雨洪水警報が解除となり、ひとまずは安心というところですが、頻発する豪雨被害は地球温暖化にも大きな原因があります。
このまま温暖化が進行すれば、大雨や台風、大雪など、年を追うごとに気象被害が増加してゆくことでしょう。
地球環境保全のために何をすべきか、他人事ではなく人類全員が考え、取り組まなくてはならないと改めて思わせられた今回の豪雨でした。

2008年09月29日

●ちょっとまずい状況かな・・・

このところ体調不良で、ちょっとまずい状況です。
夜は眠れず、肩と腰の痛み、腹痛、吐き気がし、気力がない。

実は、これと同じような状況を10年ほど前にも経験しました。
百武彗星とヘール・ボップ彗星が2年連続して出現した頃のことです。
夜は遅くまで、あるいは明け方に彗星の観測を行い、ちょうど同じ頃、環境庁(当時)が主宰した「ヘール・ボップ彗星ライトダウンコンテスト」に奔走し、藤橋村でもさまざまな問題が発生するなど、心身共に酷使した時期でした。
彗星も去り、諸般の問題もとりあえず片づいた頃から、先述したような症状が出はじめて、その後、半年ほども苦しみました。体重も7キロ減少して、当時は過労なのだろうと思っていましたが、今から思えばいわゆる鬱病だったのだろうと思います。
当時、いちばん困ったのがプラネタリウムの投影でした。とにかく吐き気がしてたまらず、30分間の投影は非常に辛いものでした。(もちろんプロですから、お客さんに迷惑をかけることはなく表面上はあくまで流暢に行いましたが)

で、今のところは当時ほどひどくはありませんが、かなり似た状況になってきました。
早めに病院へ行って何とかしなければと思っています。

2008年11月10日

●いびがわマラソン

昨日は、勤務先である揖斐川町主催の「いびがわマラソン」でした。
21回目を迎えるこのマラソン、今年は8,000人以上がエントリーする盛況となりました。旧揖斐川町から旧藤橋村まで、揖斐川の清流と紅葉を愛でながら走ることができるのがランナーにとっては魅力となっています。
今年は、高橋尚子さんも出場することになり、一層の盛り上がりを見せました。

とはいえ、準備、当日の運営、片づけをする町職員とボランティアは大変の一言です。会場準備や参加賞の用意など、肉体労働の連続で、全職員、ほとんど半死半生の状態で大会当日を迎えます。

昨日の天候は曇りでした。ランナーにとっては暑くなく寒くなく、ちょうど良い気温だったのではないかと思います。
私は、朝7時に養老鉄道揖斐駅までランナーの出迎えに行った後、ゴールしてくるランナーへの給水のため、11時にゴール地点に向かいました。
揖斐駅では、いつもは閑散としている日曜日下り電車満員のランナー・応援の方に驚かされました。もともと出場者が多かったことに加えて、高橋尚子さん効果で応援・見物の方が倍増したようです。
ゴール地点では、用意したスポーツドリンクとタオルをランナーに渡す係でしたが、こちらも大忙しで大変でした。忙しさに紛れて、高橋尚子さんの姿を見ることができなかったのはちょっと残念でした。

ともあれ、町職員にとって年間で最も厳しい行事と言われるマラソンも終わり、何とか一息をつけた感じです。
でも、来週末も宿直と日直、休日出勤で休みなし。
公務員といえば暇だと思っている方もいますが、田舎の公務員の実態はかように悲惨なものなのです。

2008年11月20日

●紅葉の絨毯

いきなり冬になってしまいました。
今朝、自宅付近はみぞれ。窓から見える山は真っ白でした。
滋賀県との県境の揖斐川町坂内では積雪30センチとのこと。
やっぱり、しし座流星群極大日を境に天気が変わりますね。

とはいえ、雪が降ったのは岐阜県でも山間部。平野部ではまだ紅葉が見ごろです。
写真は、揖斐川町谷汲にある「天皇林公園」の様子。

tanigumi4.jpg

谷汲の紅葉といえば華厳寺や横蔵寺が有名ですが、名所なだけに人出も多く、紅葉ではなくて人を見にきたような気分になってしまいます。
そんな時期でも、ここ天皇林公園は人影を見ることも稀で、静かに山里の秋を楽しむことができます。
この写真は何年か前に撮影したものですが、地面に散り敷いた紅葉がとても綺麗でした。

そのうち、紅葉を前景にした星景写真を撮りたいなあと思っていますが、夜はどうしても露出不足になって紅葉の美しさを表現することが難しいんですね。
この秋の紅葉が終わらないうちにトライしてみたいと思っています。

2008年12月23日

●今日は冬型の雨

今日は冬型の天気となり、自宅のある岐阜県大野町でも冷たい雨が降っています。
明日は宿直で藤橋まで行かなければならないので冬型が解消してくれないかな、と天気予報を見たら、この冬型は今日いっぱいのようでした。

岐阜県は、若狭湾と三河湾にはさまれた、本州が細くくびれた部分に位置しています。
日本海側と太平洋側を画する山脈も低いために、弱い冬型であれば晴天となるのですが、
少し冬型が強まると山を越えて日本海の雪雲が流れ込み、太平洋側に近い美濃地方でもとたんに雪になってしまいます。
もちろん美濃地方でも北へ行くほどその傾向は顕著で、例えば私が自宅から車で福井県との県境に近い藤橋の天文台へ行く場合、こんな感じです。

自宅付近・・・快晴
旧揖斐川町・・・曇り時々雪
旧久瀬村・・・雪(積雪20センチ)
旧藤橋村・・・強い雪(積雪40センチ)
天文台付近・・・激しい雪(積雪60センチ)
徳山ダム付近・・・激しい雪(積雪1メートル以上)

通常の冬型でこんなところですから、強い冬型になると急藤橋村で積雪60センチ、天文台付近で1メートル、徳山だと2メートルほどになります。
冬、自宅から北西の山を見ると、真っ黒な雲がべったり山に覆いかぶさり、その雲の下は白くかすんで、雪が降っている様子がわかります。これほど短い距離で劇的に天候が変化する場所はそうそうないだろうと思います。
生まれ育った東京では、こんなことは考えられませんから、思えば面白いところへ移住したものではあります。

nadare1.jpg

東京では、雪は美しいもの、はかないものでしたが、岐阜県の山間部では違います。
雪は恐ろしいもの、始末に負えないものです。メレンゲのように甘く繊細な東京の雪に対して、こちらの雪は除けても除けても堆積し続ける膨大な量の土砂、と例えれば良いでしょうか。それが凍結すれば、スコップも歯が立たないコンクリートの塊に変わります。

星空の美しい天文台付近でも冬場は連日の雪となり、たまさかに晴れた晩があっても帽子のように降り積もった雪で天文台のドームは回らず、一面の深雪に覆われた地面には望遠鏡を設置する場所もありませんから、冬場は観測もお休みとなります。

今年は暖かですが、冬はこれからが本番。
この冬の雪はどの程度でしょうか。

写真:天文台への道路を埋めた雪崩

2008年12月26日

●体調不良なのに忙しい

ちょっとご無沙汰してしまいました。
というのは、ここ三日ほど体調不良で死んでいるためなのです。
胃腸炎みたいで、気持ち悪いやらお腹が痛いやらで何をする気も起こらない。
それでも年末でお仕事は非常に忙しく、しかも宿直や消防などさまざまな予定が入っていて・・・。

結局、一昨日の宿直は無事にこなしましたが、昨日は午後から仕事を休んで、その晩の消防の訓練も欠席、今日は締め日なのでどうしても休めず、半死半生で出勤+残業、何とか年末を迎えた次第です。本当は今夜も消防があるのですが、さすがに休むことにしました。でも、明日の晩の消防年末夜警は休めないので、何とか体調を治して参加するつもりでいます。

ここで「消防って何?」という方。
田舎では、健康な男子には消防団への入団がほぼ義務付けられているのですよ。
軍隊の召集令状みたいなもので、逃れることはできません。で、普通は40歳ぐらいでお役御免になるのですが、過疎地域である私の勤務先だと、なんと50歳までお勤めしなければなりません。村民・町民皆兵みたいなものですね。
というわけで私もかれこれ15年もお勤めしています。早くやめたくて仕方ないのですが・・・。

しかも、体調不良+消防+お仕事に追い討ちをかけるように、昨日からめちゃくちゃ寒い!
今日は一日、雪でした。今までが暖かすぎで、これが普通の冬なのですが・・・。
まあ、いろいろありましたが、今年の仕事も今日で終わり。そう思うと、何とか一年の責務を果たした心境です。

2008年12月28日

●消防団の年末夜警

昨夜は、消防団の年末夜警でした。
毎年、年末に恒例行事として行われているもので、12月25日から30日までの間、午後9時から午前1時まで町内を消防車で巡回します。

昨夜は降り続いていた雪も止んで小雨でした。
相変わらず体調不良でしたが休むわけにはゆかず、しっかりお勤めしてきました。
山奥の村ですから、巡回する時間帯にはほとんどの家が寝静まっています。そんな家々の間を、赤色灯を回しながらゆっくりと消防車を走らせます。

前夜までの雪は日陰に残るのみでした。
それでも、天文台のある鶴見地区まで行くと5センチほど積もっていました。
この時期にこの程度では積雪とは言えず、楽でしたがちょっと拍子抜けでした。
3年前の大雪の際の夜警では、道の両側に3メートル近い雪の壁ができていたものなのですが・・・。
温暖化の影響か、年々、雪の量は減っているようです。

全員、ねむねむでしたが、何とか1時までこなし、かっとびで帰路に就きました。
これで年内の仕事がらみ、というか公式行事はすべて終了。
あとは胃腸炎を早く治さないと・・・。

2009年01月06日

●一人きりの年末年始

そろそろ正月気分もなくなろうとしていますね。
9連休明けの仕事始めは非常に忙しく、昨日、今日と、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

ところで、この年末年始、私は自宅にこもりきりで過ごしていました。
当初は9連休、しかも消防も早いうちに終わる日程でしたので、早めに東京へ帰省して久々に昔の仲間と騒ごうと思っていたのですが・・・。
クリスマス頃から胃腸炎を患ってしまい、東京へも帰れず、ずっと寝たり起きたりの日々を過ごしていたのです。
東京の仲間からは宴会先から電話を貰い、悲しいやら情けないやら。
しかもカミさんと娘だけは帰省してしまいましたので、寒い自宅にずっと一人きり。
暇はたっぷりあったのですが、腹は痛いしだるいしで何をする気も起こらず、本も読み尽くしてしまい、猫とうさぎの世話以外、ほとんど何もしませんでした。これほど怠惰な日々を過ごしたのは初めてです。

我が家ではおかしなジンクスがあります。
カミさんと娘が東京へ帰ると、冬型の気圧配置が強まってめちゃくちゃ寒くなったり雪が降ったりし、二人が帰ってくると、冬型は弱まって暖かくなるのです。藤橋在住中は、カミさんと娘が帰省している間はいつも大雪でした・・・。
今回も例に漏れず、雪こそ降らなかったものの、一人きりの家の中は寒いことこの上なし。

ようやく胃腸炎も治ってきた3日の晩には、、しぶんぎ座流星群を観測するつもりでいましたが、、天気予報では晴れるといっていたのに見事に曇り。
最後まで運に見放された今回の年末年始ではありました。

2009年01月09日

●小さなお地蔵様

自宅近辺を自転車で走っていたら、小さな祠の中にかわいいお地蔵さんたちを見つけました。

minijizou1.jpg

お地蔵さんたちは、大きいものでも高さ15センチほど。
お顔がわかるものもあれば、小さな灯籠のような形の人型でないものもあります。
写真で見てわかるように、どれも(たぶん)手作りの帽子?とよだれかけ?を着せられています。
人の姿をしていないものにも等しく帽子とよだれかけをつけさせているところに、どことなく温かみを感じます。
大きく立派な仏像やお地蔵様はあちこちにありますが、路傍にひっそりと佇んでいる小さな像には地域に密着したぬくもりが感じられて心を惹かれてしまいます。

●小さなお地蔵様

自宅近辺を自転車で走っていたら、小さな祠の中にかわいいお地蔵さんたちを見つけました。

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お地蔵さんたちは、大きいものでも高さ15センチほど。
お顔がわかるものもあれば、小さな灯籠のような形の人型でないものもあります。
写真で見てわかるように、どれも(たぶん)手作りの帽子?とよだれかけ?を着せられています。
人の姿をしていないものにも等しく帽子とよだれかけをつけさせているところに、どことなく温かみを感じます。
大きく立派な仏像やお地蔵様はあちこちにありますが、路傍にひっそりと佇んでいる小さな像には地域に密着したぬくもりが感じられて心を惹かれてしまいます。