2006年07月30日

●梅雨晴れの星

東海地方の梅雨明け宣言前、27日は久しぶりの好天でした。
早い時間帯はそれでもやや雲が多かったので、22時過ぎから星を見に出かけました。
彗星捜索をしようか、それとも写真でも撮ろうかと思いましたが、そろそろ夏の流星シーズンですので、シュラフひとつを持って流星観測をすることにしました。

藤橋方面の山には低い雲がかかっていましたから、近場で見ることとし、旧谷汲村の横蔵にある某駐車場で22時30分から観測を開始。
この場所は、自宅から車で15分ほどとごく近いにもかかわらず、視界は広いし、空も暗く、人家もあるにはあるのですが、ほとんど灯火の影響がない絶好の観測地です。加えてアスファルト敷きなので、機材のセッティングもしやすく、最近は頻繁に利用しています。
太平洋高気圧が一時的に張り出したためでしょう、夏とは思えないほどの透明度で、6等星までバッチリ、天の川が白く地平線を結んでいます。南の空にはさそり座が低く身を横たえ、頭上には夏の大三角が鮮やかというほかない壮麗さで輝いています。

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観測の目的は、極大を迎えつつある「みずがめ座流星群」と「やぎ座流星群」ですが、北東の空からはカシオペア座が昇り始め、夏の主役の「ペルセウス座流星群」も期待できそうです。
残念ながら30分ほどで西から雲が広がってしまい、流星数もわずかという結果に終わったのですが、久しぶりに本物の星空を見ることができ、心が洗われた気持で帰路に着くことができました。

仕事柄、特に夏休み中は観望会が入ることが多く、一人で星を見る機会はなかなかありません。
好きで選んだ仕事ですが、やはりこうして、一人きりで静かに星を見上げるのがいちばん好きです。
静寂と風の匂い、そしてゆっくりと巡ってゆく星空。時間と空間、そして宇宙に浮かぶ地球という惑星に心を巡らせるひとときでした。

2006年08月10日

●夜の散歩

夜の散歩が好きです。一人で、家族で、気ままに近所を歩きます。
運動不足解消はもちろん、晴れた晩には季節の星空を楽しむことができるという一石二鳥の散歩です。

家族で歩けば、星座を探しながらさまざまな話ができますし、一人であれば、季節の夜気に身を浸し、時に星を見上げ、時にカエルの声に耳を澄ませ、自らの心と、昼間はできない会話をすることができます。

自己との対話。
内省、と言い換えてもいいでしょう。
これこそ、忙しい現代にあって、もっとも必要とされているものだと思います。
さまざまな情報が氾濫し、家庭に戻ってもテレビが声高なおしゃべりを続け、ゲームやネットの仮想世界が子どもの心を容赦なく浸食する時代にあって、夜の風に吹かれながら遙かな時空をわたってきた星の光に身を委ね、静寂のさなかで自らの心の奥底を見つめることの大切さ。
あやふやな情報やプロパガンダに迎合することなく、いたずらに他人と群れることなく、心静かに自らの道を歩くこと。
ちょっと大げさですが、私にとって夜の散歩は、自らの心を覗くとても大切な時間なのです。

2006年08月12日

●満月の宿直

9日の晩は宿直でした。
私の職場では、おおむね1ヶ月に2回程度の割で宿直が回ってきます。昼間の仕事が終わってから翌朝まで宿直室に泊まりこむわけです。仮眠はできますが、熟睡できるはずもなく、翌日は眠気をこらえて仕事をしなければなりません。

また、運悪く晴れた新月の晩に当たってしまうと、欲求不満の憂き目を見ることになります。宿直も仕事ですから、晴れているのをいいことに外に望遠鏡を引っ張り出して・・・、なんてことはできません。満天の星が輝いているのを知りながら、宿直室でじっとしていなければならないのは結構な苦行です。

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9日は、ちょうど満月でした。何度か職場内を巡回し、仮眠についたのですが、午前2時頃、ふと目が覚め、ほんの少しだけ外へ出てみると、夕方空を覆っていた薄雲はすっかりなくなり、すばらしい快晴です。
静まりかえった夜気の中に、したたるような満月の光だけが降り注ぎ、遠い山なみが波のように浮かび上がって、非常に幻想的な雰囲気を創り出していました。
人工の灯りが少ない藤橋では、満月は本当に明るく、青く透き通った光が夜のすみずみまで満ちて、「月明り」という言葉を実感できます。

月明りをたっぷり浴びてから宿直室に戻ると、窓ガラスに大きなカブトムシが張りついていました。
何とはなしに落ち着いた気持ちになって、再び布団に入りました。

2006年09月19日

●久しぶりの揖斐高原

今日は夕方から快晴になりましたので、15cm双眼鏡を車に積んで、揖斐高原へ出かけました。
薄明中に到着すると、すでに先客が。
西の空を一通り流してから「松本さんですか?」と声をかけてきたその人は、地元の天文同好会、スターライト・パーティーで雪組組長?を勤められている米山さんでした。米山さんとは、揖斐高原に来るたびに会っているような気がします。それだけ熱心な方なのです。

米山さんは、りゅう座にある177P Barnard2彗星の観測に来たとのこと。私も見せていただきました。M101を小さく暗くした感じの非常に拡散した10等星でした。位置を知らなければ見つからないかもしれません。

最近の天文活動について話しながら見上げる空は、天の川こそ見えるものの何となくうす明るく生彩がありません。以前は暗かった北の方角も明るく、台風の湿った空気がまだ残っているせいもあるのでしょうが、揖斐高原の空も年々、悪化しているようで残念でした。
昼間は暑かったのに、揖斐高原の夜はしっかり寒く、季節の移り変わりを感じた今夜の観測でした。

2006年09月21日

●初秋の夜に

昨夜も観測に行くつもりだったのですが、夜になると透明度がかなり悪くなりましたので、夜空を見ながら夜の散歩に出かけました。
いつもは、繁華な通りを避けて畑の中の道を歩くのですが、昨夜は気分を変えて国道沿いの道を歩くことにしました。
歩道を歩く私の傍らを、何台もの車が通り過ぎます。夜の風に身を任せて歩いていると、車のスピードというものが空恐ろしいものに思えてきます。どの車もそれほど無茶なスピードを出しているわけではなく、せいぜい時速50kmというところなのですが、歩いている身から見ると、そんなに急いでどこへ行くという気がしてきます。
同時に、人間という生物に適したスピードは、やはり歩く速度なのではないかと、そんな気持にもさせられます。
国道からわき道にそれると、とたんにあたりは暗くなり、虫の声が私を包みこみました。
車の走行音とはまったく異なる優しい音色にほっとしながら、やはり人間は自然の中で生きるべきなのだ、排気ガスと騒音を撒き散らしながらひたすら目的地に向って突っ走る、そんな馬鹿げた道具に身を任せていてはいけないのだ、ふと何かの啓示のようにそんなことを思います。
時折立ち止まって見上げる夜空には夏の大三角が西に傾き、北東からはカシオペア座が高く昇り始め、歩くほどに心が静かになるのを感じながら、ただ黙々と歩いた初秋の夜でした。

2006年10月10日

●月の出前にちょこっと観測

東と西の低空が見える観測地をいつも探しています。越美山地は、西に1,000メートル級の山が連なっているため西の視界が悪いのは仕方ないのですが、東は岐阜から名古屋の街あかりがあるために、それなりに山奥に入らないと光害を避けられず、といってあまり山奥に入ってしまうとやはり連なる山々のために低空が見られないというジレンマを常に抱える場所なのです。

ということで、昨日は旧春日村の上ヶ流(かみがれ)という場所に初めて観測に行きました。
春日茶の産地ということで、周囲の山は山頂近くまで一面の茶畑。西の視界がけっこう良いのではと期待していたのですが、やはり10度以下の低空は山に隠されて見えません。
月の出も迫っているので、とにかく薄明が終わらないうちから15cm双眼鏡で観測開始。
さそり、へびつかい、いて付近を流しました。このあたりはやたらと球状星団が多い天域で、星図と照合しながら1時間足らずの間に30個近い星団を確認。
視野内を横切る流星がいつもよりも多かったのも特筆すべきことでした。昨日がジャコビニ群の極大でしたから、あるいはその名残があったのかもしれません。

途中、すぐ近くで動物の鳴き声というか唸り声を聞いたため、手を叩いたりラジオをつけたりしてこちらの存在を教えてやると、どこへともなく消えていきました。山奥での観測では、時に野生動物と遭遇することがあるのです。

北西の視界が良ければ7等になっているC/2006M4を見たかったのですが、残念ながら北西は高い山
に遮られて見えず、日を改めて観測することにしました。

観測を終了してアイピースから目を離すと、月齢17の月が高く昇った空は青く染まり、天の川も見えなくなっていました。
西の低空が見える場所探しは、まだまだ続きそうです。

2006年10月28日

●明け方の揖斐高原

28日は、明け方3時に起きて揖斐高原へ行きました。
快晴で絶好の条件でしたが、現地に着くと、西の方角が猛烈に明るいのです。坂内ホテルの照明なのか、南西のオリオン座あたりまで煌々と照らし出されていて、何とも異様な感じでした。
観測する方角は、幸いというべきか東でしたので、ほとんどその光害の影響を受けることはなかったのですが、こんな明け方にいったい何事?と思ってしまいました。

15cm双眼鏡で1時間ほど東を流しました。しし、かみのけ、りょうけん、おおぐまと星雲の多い場所なので、銀河が次々に視野に入ってきて退屈することなく観測できましたが、終了間際、急速にモヤってしまい、ちょうど視野に入ってきた9等ほどの雲状天体の確認が中途で終わってしまいました。
NGCナンバーのエッジオン銀河を多くとらえ、いかにも深宇宙を覗いているという感じがして楽しい観測でした。
オリオン群の余韻が残っているのか流星も多く、視野内をかすめたものが5個、たまたま視野から目を外して見上げた際に流れたものが2個と、あっという間に過ぎた1時間でした。
金曜日の晩にもかかわらず、他には誰も天文屋さんは来ていなかったようです。テニスコートの方には誰かいたかもしれません。

2006年11月08日

●星空へ続く道

仕事が終わってから、本当に久しぶりに藤橋と坂内の村境の寒谷峠へ上りました。
月が出るまでの僅かな時間、静かな山中で星を楽しもうというわけです。
この峠については、しばらく前に「寒谷峠銀河幻想」なるタイトルでこのブログでも紹介しました。狭い峠ではありますが、人工灯火は皆無、通る車も皆無、南から西の視界は西美濃の山にしては最高という場所です。

15cm双眼鏡を速攻で組み立て、南西を中心に見てゆきます。
まずとらえたのは、いて座のIC4812。暗い星に隣接した9.5等ほどの小さな天体です。
次々にメシエナンバーが視野に入ってきますが、NGCナンバーの天体があまり入ってこないことに気づいたときには、東から大きな月が昇っていました。

周囲を見渡せば、月明りに照らされた山々が白く夜空に浮かび上がり、とても幻想的な光景です。
林道の新設・延伸工事が行なわれたらしく、峠からも新しい林道が延びていました。
新しい林道は、峠よりさらに高みへ続いているらしく、白い月明りに照らされた林道の先は、まるで星空へそのまま続いているようにも思えました。
動物が時折、藪の中でかさかさと動き回る音が聞こえます。小動物は気になりませんが、熊が出ると困るので、わざとぶつぶつひとり言を呟いたりしながら、星空へ続く道の真ん中でしばらく青い夜空を見上げていました。

帰り道では、道の真ん中に大きなイノシシが立っていました。
動物はヘッドライトを点灯したままだとすくんでしまってその場を動きませんから、ライトを消してやると、ごそごそ森の中へ入っていきました。

星を見ている間、聞こえていたのは動物の動き回る音と落ち葉が風に舞う音だけ。
一人の星見はやっぱりいいなあと思いながら、峠道を下りました。

2006年11月09日

●視線が痛い水星の日面通過

今日は水星の日面通過でした。
このところ非常に仕事が忙しくて準備もなかなかできず、前日の晩になってから機材を準備、工作の得意なカミさんに減光用フィルターの枠を作ってもらい、何とか間に合わせることができました。減光用のフィルターは、職場のOさんのご好意で頒けていただきました。

使用機材は8㎝ED屈折と天文台のEM200赤道儀、それにコンパクトデジカメとソニーのビデオカメラです。
近くにある公共施設の駐車場に機材をセッティングし、さあ、撮影しようと思ったら、ちょうど出勤時間帯で、町役場の職員さんが車で来るわ来るわ、中には知り合いもいて、急遽アイピースに差し替えて覗かせてあげることも何度かありました。

天候はまあまあでしたが、折からの冬型でシーイングは最悪。太陽の縁でピントを合わせるのに非常に苦労しました。ピントの山がぜんぜんわからないのです。
そこは職人的カンで何とかピントを合わせたところ、今度はビデオカメラが突然の不調。
仕方なくいったん外して、デジカメで数枚撮影し、ビデオカセットを入れ換えたら回復。再度、ビデオを接続して撮影を続行しました。

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昼間なので極軸が心配でしたが、前日の晩に北極星の位置はだいたい確認して地上の目標と合わせておいたところ、ほとんどドンピシャ。たまにコントローラーで修正してあげるだけで済みました。

何とか撮影は終了。家に戻ってテレビに接続して見たところ、思ったよりもシンチレーションの影響は少なく「とりあえずは見られる」映像となっていました。

それにしても、昼間の現象は通行人の視線が痛いですね。やっぱり天文家は、夜中に人知れずこそこそやっているのがいちばん(?)と思いました。

2006年12月19日

●今年のふたご座流星群

「ふたご座流星群」は、年間で最も出現数が多い流星群です。好条件下では、1時間あたり100個近く見られることも珍しくありません。
今年は月齢が下弦のため、夜半前は月明りのない状態で観測できることから、がんばって観測しようと思っていました。
ところが、12月に入ると晴れた日がほとんどなく、極大日の14日もあいにくの雨。
これは全滅かな、と思っていたら、活動終盤の17日になって強い冬型ながら、まあまあの天候となりました。
予報では夜半は雪ということだったので、晴れているうちにと早い時刻から自宅近くの揖斐川町谷汲深坂で観測開始。
北西から絶えず雲が流れてくるため満足できる条件ではありませんでしたが、透明度は良く、ぎょしゃ座付近では冬の天の川も見えました。
ところが肝心の流星はぜんぜん。雲が増えたため35分間のみの観測でしたが、ふたご群は4等級が1個のみ、散在も4等級が1個のみと、寒いばかりで何とも寂しい結果に終わりました。
北西低空の雲の中では絶えず稲光が光り、強風が吹き募るなかでの観測でした。
ふたご群は例年、極大を過ぎると急激に減衰しますので、仕方のない結果かもしれません。

2007年01月25日

●マックノート彗星

久しぶりの大彗星となったマックノート彗星、現在、南半球でかつてのウェスト彗星を彷彿とさせる勇姿を見せているそうです。
この彗星は、近日点(太陽に最も接近する位置)通過前後には、日本からも超低空に非常に明るく見え、昼間でも青空のなかに確認できたという近年稀な大彗星でした。
当然、私も見たかったのですが、比較的今年は天気が良いとはいえ、日本海側に近い藤橋では観測できるほどの晴天には一度も恵まれず、結局、見ることができませんでした。
南半球に去ってからも、長大な尾の末端が日没直後の低空に見えるとの情報を受けて、ようやく晴天となった22日、仕事を速攻で切り上げて揖斐川町谷汲で撮影をしましたが、透明度が非常に悪く、撮影することはできませんでした。
最初から最後まで、この彗星には振られてしまったことになります。
次の大彗星に期待!

2007年02月05日

●宿直の晩

昨夜は宿直でした。
宿直ではいつもあまり眠れないので、晴れた晩には何度も外に出て夜空を見上げます。
とはいってもあまり長い間は無理なので、ほんの数分ですが。
昨夜は満月過ぎの月が明るく、一晩中、快晴でしたが、藤橋でも見える星の数は少なく、ちょっと残念でした。
それでも、暗くなってすぐの時刻には冬の星座が月明りにも負けずに瞬いていましたし、真夜中に見たときには、しし座に土星が、明け方には南天に木星とアンタレスが並んで煌々と輝いていました。月がなかったらどんなにきれいだろうかと、何とももったいないような透明度の晩でした。
過去には何度か、15cm双眼鏡を持ちこんで、東側の階段の踊り場から明け方の空を流したこともありますし、星空継続観察の写真撮影をしたこともあります。
たとえ宿直の晩でも、きれいに晴れた晩は星を見ずにはいられないものです。

2007年02月13日

●2月に藤橋で観測なんて・・・

昨夜は、透明度はあまり良くないながら、まあまあ晴れていましたので、藤橋まで星を見に行きました。

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15センチ双眼鏡で南と西を流しましたが、ちょうど星雲・星団の少ない領域のため、視野に入ってきたのは、天の川の中の散開星団を除けば、うさぎ座の球状星団M79と、ちょうこくぐ座の球状星団NGC1851、そしてアンドロメダ銀河M31のみでした。
それでも、どこもかしこも深い雪に覆われて、空も雪雲が覆っているのが2月の通常ですから、このように藤橋で観測ができるというのはちょっと信じられないことです。
観測終了後、南天から薄雲が広がりました。
真冬らしからぬ晴天と暖かさに恵まれた観測でした。

写真:冬の星座と15cm双眼鏡

2007年02月19日

●月と金星の接近

今日の夕方は、月齢2の月と金星が夕空で接近していました。
仕事を18時に終えて揖斐川町内の某所へ車を飛ばし、速攻でカメラを準備、とりあえず撮影することはできました。

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当初の予定では、それらしい前景を取り入れるはずだったのですが、某所に着いたところなんと敷地内が工事中のため、思うような構図を決めることができませんでした。
くそーっ、失敗したあ!と思いながら、それでもぐんぐん沈んでいく月と金星に、今さら場所の変更もできず、一応の撮影を済ませたという写真です。
星景写真では特にロケハンが大切ですね。

2007年03月21日

●明け方のさそり座

昨夜は宿直でした。月に2回程度の割りで回ってきます。
いつものようにあまり眠れず、何回も外に出ては空を眺めていました。

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明け方近く、南の空に横たわるさそり座が妙に新鮮に感じられ、つい長い間、見つめてしまいました。
久々に見る夏の星座だからということはもちろんですが、今朝は非常に寒く、藤橋では何もかも霜で真っ白という状態だったので、そんな冬景色の中で見る夏の星座とのコントラストが新鮮だったのだと思います。
透明度が良くなく、天の川も見えない空でしたが、それだけに星座の形はたどりやすく、S字のカーブを描くさそり座が、とても大きく鮮やかに感じられた夜明け前でした。

写真:さそり座

2007年04月18日

●傾いた冬の星座

いつのまにか4月も半ば。
3月末から病に倒れているため、ずっと星も見ていないのですが、先日、ふと空を見上げたら、オリオン座やおおいぬ座が、早い時刻にずいぶんと西に傾いていました。

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北東の空には北斗七星が高く昇り、南東の空には、土星をアクセントにした、しし座が駆け上って、春本番を感じました。
冬の星座というものは、真冬、凍てつく寒さと透明な大気の下で見上げるときには、心の底まで染み透るほどの凄まじいほどの迫力で映じますが、暖かくなってくると、なぜ急激にパワーがなくなってしまうのでしょう。
夏の終わり、うす青く変わりつつある東天に上るオリオン座は、やはりこの星座独特の透明感と迫力を持っているのに、どうしてこの時期、西に傾きつつあるオリオン座は、これほどに弱々しい印象しか与えないのでしょうか。
もちろん、見上げる人の心にその要因があるのですが、星座というものは本当に不思議です。
季節の移ろいとともに、ひとつの星座にさまざまな表情を感じるのも、星を見る楽しみのひとつですね。

写真:甲斐駒ケ岳に沈む「おおいぬ座」

2007年05月20日

●ふたご座で月と金星が接近

今日は、夕方の西空に、月と金星、水星、土星が集合する見物がありました。
よく晴れていましたので、揖斐川町深坂の某所へ見に行きました。
3惑星の集合とはいっても、水星はさすがに低く、また土星は高すぎて、同じ写野に納めることはできませんでしたので、水星と土星はオミットしてふたご座で接近した月と金星を主に撮影しました。

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透明度が良かったため、薄明の残る空にかかる明るい天体のショーはなかなかいい感じでした。
星の数を増やすために、月が露光オーバーになるのは承知で15秒の露出を与えています。
観望・撮影の帰路、道端でもぞもぞうごめくびしょ濡れの動物が。
「溺れたタヌキ?」と思いましたが、ヌートリアでした。けっこうたくさん生息しているとは聞いていたものの、初めて実物を見ました。

2007年05月28日

●金星と木星がきれいです

このところ、夕方の西の空と夜中の南の空がきれいです。
というのは、夕方、真夜中、どちらの時刻にも、明るい惑星が目立つ星座の中に光っているからです。

夕方の空には、素晴らしい光輝を放つ金星が、ふたご座の「カストル」「ポルックス」と近接して輝いています。薄明の残る空に輝く3星の配列は日々、変化して飽きることがありません。
夜中の南天には、これまたどっしりとした光輝を放つ木星が、さそり座のアンタレスと並んでいます。「夜中の明星」とも呼ばれる木星ですから、その輝きは金星に劣らず素晴らしいものです。

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昨夜も透明度がよく、月齢11の月明に照らされて金星と木星がきれいに見えていました。
相変わらず体調が優れないため、観測は再開していませんが、月明りがあっても空の澄んだ晩には、こうして星空を見上げてしまいます。

写真:プラネタリウムのある藤橋城と木星(今年撮影の写真ではありません)

2007年06月14日

●雨が好き。ひとりが好き。

 雨が好きです。以前は、雨の日は憂鬱でしたが、ここ数年、なぜか雨の日は心が落ち着きます。
「天文屋さんなのに雨が好きだなんて!」と言われそうですね。たしかに雨の日に星は見えません。
 なぜこのように雨が好きになってしまったのか、自分でもよくわからないのですが、とにかく雨の日は本を読んだり小説を書いたりと、内向きのことがしたくなります。
 先日、高校生の娘が、「最近、雨の日が好き。心が落ち着くから」と、まったく同じことを言っており、娘と分析した結論は、恐らく、私も娘も、精神的にけっこう疲れているのではないか、ということでした。
 そういえば、最近は、人と会うことが億劫です。私は、仕事柄、多くの人と接したり、人前で喋ったりすることが多いのですが、苦痛とはいえないまでも、以前ほどそれが楽しく感じられなくなっています。それよりは、一人で本を読んだり文章を書いたりする方がよほど楽しく思えるのです。
 娘も、学校でさまざまなストレスがあるらしく、やはり家で読書をしたり絵を描いたりしているのが楽しいとのことでした。

 恐らく、私も娘も、基本的には一人が好きで内省的な人間なのでしょう。
 もちろん、鬱々と陰にこもっているのが好きということではなく、たとえば旅に出るにしても、大勢でワイワイ行くよりは一人ローカル線に乗って車窓の景色をぼんやり眺めているのが好き、という意味合いです。
 プラネタリウムの解説も観望会の際も、おおぜいの人の前でテンションを上げて喋るわけで、また、それが嫌いではないはずなのに、根本の性格からすればどこか無理をしているのかもしれません。
 とはいえ、若い頃は人前で話したり多くの人と交流することがかなり好きでしたから、単に年をとっただけなのかもしれませんね。

 星を見るにしても、本当は一人きりで黙々と観測することが好きです。人に見せるのはあくまで余技、と言い切ってしまうのは憚られますが、本来、天文屋さんというのは一人で観測をすることが正道だと昔から思っています。
 孤独こそが天文屋さんの真髄なのではないかと思うのです。

2007年07月04日

●懐かしの103aE

昨日、古い写真を整理していたら、昔に撮ったモノクロ天体写真が出てきました。
オールドファンなら写真を見てピンときますね。
そう、なんと一世を風靡したあの103aEでの写真なのです。
ピントがイマイチですが、はくちょう座のH-Ⅱ領域が独特の描写で写っています。

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このフィルムを知らない方のために一応、説明を・・・。
103aシリーズは、コダック社が天体撮影専用に開発した感材で、時間経過とともに実効感度が低下する「相反則不軌」を極力抑えているのが特徴です。
乾板からシートフィルム、35mmフィルムまで各サイズが揃っており、専用の現像液もありました。
このフィルムが流行ったのは1970年代の中盤から後半だったでしょうか。
それまでの高感度フィルムは赤の感度が非常に低く、アマチュア天文ファンは、なんとか赤い星雲を写し取ろうとさまざまな試行錯誤を繰り返していました。
私の所属する東大和天文同好会でも、当時、一般に入手可能なフィルムのうちではもっとも赤の感度が高かった「レコーディング2475」なるフィルムを使用して、赤い星雲に挑んだものです。
(そういえば、このフィルムのこともそのうち書きたいなあ)

そこへ登場したのが103aシリーズ。とはいえ、新発売されたわけではなく、それまで高嶺の花だったのが輸入ルートの開拓でアマチュアに手が届くようになったのです。
103aシリーズには、赤に感度の高いE、青に感度の高いO、フラットな感光域を持つFの3タイプがありました。
Eタイプ使用時には、レンズの前にR64、あるいはR60という濃赤色のフィルターを置いて撮影します。微妙にピントが赤外側にずれるので、自分のカメラのピント位置を勘で知っておく必要がありました。
一時は天文雑誌の写真コンテストで、モノクロページのほとんどがこのフィルムによる写真で埋まっていました。
こうした103aブームは、ガス増感によるTP2415フィルムが普及するまで続きます。

思えば、現在のデジカメによる天体写真は、昔に較べれば本当にお気楽になったものです。
昔は、一枚一枚が真剣勝負。理論や理屈ではない職人芸がすべてでした。
(プリント時の「おおい焼き」なんて職人芸の極致だったなあ=理屈から言えば、現代の画像処理の「トーンカーブ修正」のアナログ版ですが・・・)

現像タンクから定着液のしたたるフィルムを取り出す、あのワクワクドキドキ感。
デジタル写真で感じることは難しいですね。

で、たしかこの写真を撮影したのは、当時の東京在住天文ファンの聖地?だった、あの御岳山長尾平です。今でも撮影や観測に行く人はいるのかなあ。

2007年07月08日

●初めて撮った彗星写真

先日、昔の同好会誌に書いた原稿を多少手直しして「Bright Comet Memorial」なるエッセイを掲載しました。
原稿を打ちながら、考えてみれば実にさまざまな彗星を見てきたものだと、改めて感慨を深くした次第です。

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で、今回は、私が初めて撮影した彗星の写真を公開。
えらく露出不足なこのモノクロ写真、かの「コホーテク彗星」です。
50mm標準レンズにフィルムはネオパンSS。カメラは、親父から借りた一眼レフじゃない、でも、コンパクトカメラでもないというものでした。
撮影地は東京都東大和市の自宅前。本当は、画面の下のほうに家並みや街灯が写っていて写野は広いのですが、フルフレームだとあまりに彗星がみすぼらしくてわかりづらいのでトリミングしました。

この彗星、20世紀最大になるといわれ、当時、小学生だった私は大いに期待したのですが、最大でも3等級程度で終わってしまいました。
それでも、まだ彗星などという天体は一度も見たことがありませんでしたから、やはりこの彗星は、インパクトのある記憶として残っています。

それにしてもしょぼい写真だな。
まあ、東京都内で小学生の撮影だから仕方ないですね。
今の小学生はデジカメもパソコンも使いこなしますが、当時の小学生ときたら、半ズボンにランニングという姿で野山を走り回っていただけでしたから。

2007年07月17日

●徳山ダムの双眼鏡

うさぎのアルネ君、胃腸の調子が思わしくないようなので、今日は、毛球症に効くという「クマザサ」を採りに冠峠まで行ってきました。
冠峠は、揖斐川町の北端、福井県との県境の峠です。
猛烈な霧と寒さの中、クマザサを採取しての帰り、徳山ダム湖畔に建つ「徳山会館」に立ち寄りました。
ここは、旧徳山村民の方が故郷を偲べるように建設された施設で、旧村民のみならず誰でも利用可能なレストラン、宿泊施設(一泊8,000円とのこと)が整備されてます。
敷地内を散策していると、目についたのが写真の双眼鏡。

covac1.jpg

有料かと思いましたが、無料。
もちろん覗いて性能を調べます。
このテの双眼鏡は粗悪品も多いのですが、これはアタリでした。
視野はさほど広くありませんが、球面収差や色収差も比較的よく補正されていて、天体観測にも使えそう。
15倍80mm、視野4度と記載されたプレートにはCOVACなるメーカー名が。
どうせどこかのOEMだろうと思いながらあちこち点検しましたが、レンズメーカー等を示す表示は他になし。
当地は、山奥にしては視界も広いので、機会を見てコイツで観測をしてやろうとひそかに思った次第です。

こうした観光地に設置されている双眼鏡を見つけるたび、仔細に点検してしまうのは困った性分ではあります。
これまで、多くの「観光地双眼鏡」を見てきましたが、敦賀半島の某所にあったものには感激してしまいました。
そこにはバードウォッチング用として、なんとニコンの12センチ双眼鏡が置いてあったのです。
もちろん見え味はバッチリ。
「ああ、もったいない。俺に譲ってくれよお」と呟く私を、カミさんが冷たい目で見てましたっけ。

2007年07月26日

●レコーディング2475フィルム

しばらく前に、かつて一世を風靡した103aEフィルムのことを書きました。
その際、103aフィルムが一般的となる前に「赤い星雲が写る」として使用されていたレコーディング2475フィルムについてもちょこっと書きましたので、今回は、かつての超高感度フィルム、レコーディングシリーズについて・・・。

レコーディングフィルムには、ASA1000の2475とASA8000(!)の2485の2種類がありました。(当時は、感度を表すのにISOじゃなくてASAを使っていました。)
2485の方は工業用という意味合いが強く、粒子がめちゃくちゃ粗いうえに相反則不軌が甚だしく、天文用としてはほとんど実用になりませんでした。
これに対し、2475の方は粒状性は粗いものの、それなりに赤い星雲が写り、103aフィルムが出る前は、流星観測用も含めてそこそこユーザーが存在しました。
DK50という専用現像液もありました。

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写真は、2475フィルムを使用して5分露出で撮影したこと座です。
赤い星雲があるエリアの写真を探したのですが、見つかりませんでした。
星雲の写りはわかりませんが、感度が高いこと、粒状性が粗いこと、また、バッキングがないために明るい星にハレーションが出ていることはわかりますね。
画面の濃淡は現像ムラ。ちょっと情けない・・・。

2007年08月06日

●花火と星

昨夜は、日曜の晩で晴れているにもかかわらず天文台の予約がなかったので、家族で花火大会に行きました。
このところ仕事ばかりだったので、初めての夏らしい行事です。
揖斐川の堤防に座って見たのですが、そこは天文屋。花火があがる背景の星空に目が行ってしまいます。
南の空に木星が明るいなあ。もう少し透明度がよければさそり座もきれいだろうなあ。
花火が上がる方角の上のほうに夏の大三角が良く見えるけど、気づいている人はいるかなあ。
こんなとき、花火とコラボレーションで大火球が出現するとよいなあ(以前、根尾川花火大会で火球を見たことがあります)。
花火の煙のせいで、ちょっと星の数が少ないなあ。
花火とロケット工学は親戚といっていい間柄なのかなあ。
そんなことを思いながら花火を見ているのは、やはり私が天文家だからなのか、それとも真の天文家であるならば花火なんて見ずにどこか山奥で観測をしているべきなのか、うーん、どうなんだろうかなどと思いつつ、花火と星のコラボを楽しみました。

そうそう、以前、遠くの花火を見るのに15cm双眼鏡で見ていたら、次々に近所の人が集まってきて、時ならぬ「花火観望会」になったことがあります。
望遠鏡で見る花火は、分解能が高い分、恐ろしく細部まで見えて実に感動モノです。
花火大会の会場まで出かけることができないときなど、望遠鏡をお持ちの方はぜひお試しを。
基本的に花火は丸い(球状)なので、倒立像でもぜんぜん問題ありません。
にしても、花火見物に15cm双眼鏡って、ちょっとゼイタク?

2007年08月13日

●星は降らずに雨が降る

昨夜は、ペルセウス座流星群の極大日でした。
ずっと良い天気が続いていたのですが、岐阜県西濃地方は、ちょうど極大日の昨夜だけが曇りの予報。
ペルセウス座流星群の頃は、毎年、夏型が一時的に弱まって天気が崩れることが多いので、まあ仕方ないか、と思っていました。
それでも、ときどき自宅から空を見ていると、25時を過ぎて、俄然、晴れてきました。
おお、これは観測するしかないと思い、あまり山間部へ行くとモヤっている可能性が高いので、とりあえず谷汲横蔵の某所へ。
シュラフとカメラを速攻で準備するうち、なんとぐんぐん曇り始め、またたく間に快曇。
北のほうは少し星が見えるので藤橋へ。
藤橋へ着くと、おお、けっこう晴れている!
またカメラの準備。雲の流れが速いので、眼視観測は無理そう。
晴れている方角へカメラを向けて3枚ほど撮ったところで、またもや雲、雲、雲。
27時20分、とうとう小雨まで降り出したので撤収。
結局、見えた流星は2個だけ。時間と体力とガソリンの無駄遣いに終わりました。
関西や関東では晴れたらしく、どうやら本州では、東海地方がいちばん天気が悪かったようです。
日本流星研究会のML等で報告されている昨夜の結果を総合すると、さほど活発な出現はなかったようで、なんとなくひと安心。
次は28日の月食かあ。何とか晴れて欲しいなあ。

2007年08月15日

●二日月を見る夕暮れ

珍しく天文台勤務がなく早く帰れた今日の夕方、部屋の窓から西の空を見ると、暮れなずむ低空に細い月がかかっていました。
まだ木星しか見えない明るい空でしたが、透明度が良いために地球照まで肉眼でくっきりと見えていました。
思わず娘を呼んで、近くの道路から肉眼と7×40双眼鏡で観望。
山なみと夕焼けの向うにかかる月齢2.5の月は、いかにも地球の衛星という印象で、夏の夕暮れの風に吹かれながら娘と見入ってしまいました。
ちょうどお盆で、通る車もなく、心がしんとするほど静かな夏の黄昏。
写真を撮ろうかな、と思いましたが、いやいや、ただ肉眼で眺めているのが一番と思い直し、娘と並んで沈んでいく月を見続けました。

2007年08月22日

●国産人工天体の愛称を考察する

このところ、夜になると曇ってしまい星が見えませんので、先日は、ロケットに関する本を読んでいました。
日本が打ち上げた人工天体のリストを見ていて、ふと、どこかで見たことのある名前がいくつもあることに気がつきました。
ちょっとマニアックですが、気づいたものだけ挙げてみます(順不同です)。

ぎんが  X線衛星・東京~大阪間の寝台急行列車
のぞみ  火星探査機・新幹線列車
はやぶさ 小惑星探査機・東京~熊本間の寝台特急列車・旧陸軍戦闘機
すいせい ハレー彗星探査機・旧海軍爆撃機
はるか  電波天文学衛星・関西空港特急列車
しんせい かつて上野~仙台間に走っていた寝台急行列車

人の名前に使えそうなものもありますね。
たとえば、

あかり  赤外線観測衛星
はるか
のぞみ

など。

国産人工天体は、どれも日本語を大切にしたきれいな名前でいいですね。星の名前を使っていても、どれもわかったようなわからんような横文字ネーミングの車とは大違いです。
列車の名前は、なるほどね、という感じですが、旧軍の飛行機の名前とかぶるのはちょっと意外な気もします。
そういえば、人工天体にはありませんが、旧陸軍の戦闘機の「疾風」と東北新幹線列車の「はやて」はかぶっていますね。
北海道を走る特急「おおぞら」や、京都~長崎間の寝台特急「あかつき」などは、そのうち人工天体にも命名されそうです。

こういったネーミング方面に詳しい方、他にもあったら教えて下さいませ。

2007年08月27日

●夏の終わり

ここ数日、所用があって東京へ出かけていたため、更新ができませんでした。
で、ふと気がつくとそろそろ8月も終わり。
めちゃくちゃ暑いので、夏の終わりという感じがしないのですが、先ほど外に出て見ると、木星やアンタレスはもう南西に低く、秋の星座が東天に昇り始めています。

M8a-2.jpg

天文台が本格稼動しはじめましたので、ここ数年よりは夏の天体を観望(というかお客さんに見せた)した気がしますが、ペルセウス座流星群も惨敗したし、明日の月食も天候が危なそうだし(もし晴れても、ちょうど天文台の予約が入っているので気ままに観望や撮影とはいかないのですが)、なんだか毎年、食い足らないままに夏が過ぎ去っていくようです。
まあ、天文台のテラスできれいな天の川を何度か見ることができただけでもよしとしましょうか。
そういえば、夏、定番の星雲を今年は観望してないなあ・・・M8。
60センチで見ると、色こそついていないものの、写真どおり(?)の形に見えてなかなか見映えがするのですが・・・。

写真:M8(あれい星雲) 12.5cm屈折望遠鏡にて撮影

2007年08月28日

●晴れちゃったよ、皆既月食

今日は朝から雨降りでした。
昼間はプラネタリウムのメンテナンス。
ようやく終了して、19時、帰宅したところ、なんとみるみる晴れ間が広がってくるではありませんか。
そう、今夜は皆既月食だったのです。
薄雲でかすんだ東の空には、ぼんやりと赤い月が・・・。

gessyoku1.jpg

とりあえず数枚、撮影するうち、雲が広がり、やっぱダメかな、と思っていたら、皆既終了の頃からまた晴れてきて、その後は本影食終了まで、ときおり雲がかかる中、見ることができました。
近所の人もやってきて、時ならぬ観望会。
天文台にいればよかったかな、と思いながら、月や木星を近所の人に見せていました。
天気予報では「ダメ。北海道と九州以外は絶対に晴れないね」みたいなことばかり言っていましたので、とりあえず見ることができてラッキーでした。

2007年08月31日

●復円中の月食

28日の月食、一応、望遠鏡でも撮りました。
でも、皆既中はクモクモでダメ、皆既終了後から晴れてきましたが、やはり薄雲があって、撮影するとコントラストがなくボケた感じになってしまいました。

gessyoku2.jpg

次の皆既月食は3年後ですが、今回よりも皆既の開始時刻が早い月出帯食なので条件はよくありません。
救いは、12月に起こるので、白道が高いことに加えて冬の透明度が期待できることでしょうか。
でも、それよりも、2009年7月の皆既日食。
見たいなあ。でも夏休み中で絶対に仕事を休めない時期。
星の仕事やってるがゆえに国内で起こる久々の皆既日食が見られないなんて、矛盾してると思いませんか。

写真:8cm屈折 EOS-kissD ISO800 1/4sec

2007年09月04日

●天文ドームハンター?

趣味が嵩じてというべきか、列車に乗っていたり街を歩いていると、ドーム状の建築物にすぐ目が行ってしまいます。
発見率もけっこう高いと自分では思っているのですが、もちろん、ドームを見つけてもすべてが必ずしも天文関係(天文台やプラネタリウム)であるとは限りません。
おっ、あんなところに白いドームが!と思っても、ガスタンクだったりすることもしばしばです。
それでも、天文関係、それも個人天文台というものは実のところ、かなり存在しているようで、特に高架を走る鉄道に乗っているとけっこうな高率で見つかります。
そうしたドームを見つけたときは、まず「おお、こんな街中でもがんばっているなあ」(なぜか繁華な街中のビルの上に発見することが多いのです)とまず思い、次いで、「個人天文台を持っているなんて金持ちなんだなあ」というヒガミが頭を去来します。

dome2.jpg

まあ、降るような星空に恵まれた田舎に自宅兼個人天文台をかまえることができれば最高なんでしょうが、逆に、都会に住んでいるからこそ「せめて」自宅に天文台を作りたい、と考えるのが人情なんでしょうね。
写真は、つい先日、東京の実家近くで発見した個人天文台。
東大和市の狭山公民館近くです。
ちゃりで走っていて発見しました。
ドーム内にどんな機材が入っているのか、見てみたいですね。

2007年09月18日

●月、木星、アンタレスの接近

久々に晴れた今日の夕方、仕事の帰りに、月と木星、アンタレスが南北に並んで接近していることに気がつきました。
今日が開館日であれば、プラネタリウムの初期設定の段階で気づいたのでしょうが、たまたま休館日。空を見上げるまで少しも知りませんでした。
月がもう少し細ければ、撮影しようかなという気になりますが、半月前の月なので、工夫して撮らなければ光度差がありすぎます。
まあ、それほど苦労して撮影するほどでもないかと思い、肉眼で眺めるだけに終わりました。
それでも、透明度が良いので、周囲にはさそり座の星もポツポツ見えて、なかなか美しい光景でした。
そういえば、ちゃんと星が見えたのは、お盆以来です。
8月中旬は、毎日、厭になるぐらい晴れましたが、それ以降はぜんぜんダメ。
暑い暑いと言っているうちに、少し遅い時刻になれば、東天にオリオン座が昇っている時期になりました。
でも、温暖化が進むと、そのうち真冬に汗をかきながらオリオン座を見上げるようになるのでしょうか。
冗談じゃなさそうなのが怖い、昨今の急速な温暖化の進行です。

2007年09月23日

●幼稚園で観望会

一昨日は、町内の幼稚園での観望会に参加しました。
とはいっても仕事ではなく、ボランティアです。
総勢150人ほどの参加があり、園庭は人、人、人。
同じくボランティアの方が私を含めて9名、望遠鏡持参で参加されましたので、手分けして、月、木星、1等星、星雲・星団などを見て貰いました。
月が明るく、雲もしだいに増えてきて、どうなるかと思いましたが、何とか終了まで晴れ間があり、参加者も満足されたようでした。
仕事ではない趣味としての観望会参加は久しぶりですが、いいものです。
とはいえ、仕事としての観望会が嫌いというわけではなく、趣味としての観望会の方が制約を感じず、楽しく参加できるということです。
望遠鏡を持参された皆さんも経験豊富なベテランばかりで、久しぶりに星仲間と話ができたのも嬉しいことでした。

2007年09月26日

●中秋の名月

昨日は、中秋の名月でした。
久しぶりに快晴の名月、ようやく秋めいて涼しい夜風に吹かれながら、家族でお月見を楽しみました。

昨夜の名月をご覧になって、おかしいな、ちょっとだけ欠けてるぞ、と思った方もいるかもしれません。
そう、昨夜の名月は月齢13、満月の2日前でした。正しい満月は明日の晩ということになります。
中秋の名月は、旧暦でいう秋(7月から9月)のちょうど真ん中の日である8月15日に見える月のことをいいますが、新月の瞬間から満月の瞬間までが正しく15.0日でないこと、月の軌道が楕円であることなどの要因から、毎年の名月が完全な満月になるとは限りません。月齢にして1日か2日程度ずれることはよくあります。
また「仲秋の名月」と表記されることもありますが、秋の真ん中である旧暦8月15日の月という意味からは「中秋の名月」が正しい表記です。「仲秋」では、旧暦の8月全体を示す表記となってしまいます。

昨夜は、ファミスコと双眼鏡、それに肉眼で眺めていました。
やはり肉眼で見るのがいちばん綺麗で、じっくり見ると、嵐の大洋に白く輝くコペルニクスやケプラー、アリスタルコスといった光条クレーターも確認でき、肉眼も案外高分解能だなあと感心してしまいました。満月はやたらと明るいので、瞳孔が絞られることによりシャープネスが向上するのでしょう。
ファミスコは、さすがに明るい対象の月だと色収差が目立ちました。暗い星を見ている限りではほとんど気にならないのですが。

北東の低空には早くもカペラが昇り、暑い暑いといいながら、季節が確実に動いていることを実感した昨夜の名月でした。

2007年11月03日

●謎の大三角

昨夜は宿直でした。
夕方から快晴となり「なんでこんな日に宿直なんだよお」とぼやきつつ、ときおり夜空を見上げては、絶好の透明度にため息をついていました。

Holmes彗星ですが、相変わらず肉眼でバンバンに見えます。
ペルセウス座の星と彗星が形づくる三角形を、私はひそかに「謎の大三角」と名づけています。
彗星が、地球から2天文単位以上(地球~太陽間距離の2倍以上)と遠くにあり、かつ彗星が衝の位置(真夜中に南中する位置)にあるために動きが遅いために「謎の大三角」は、ここ数日、ほとんど形がかわっていません。
昨夜の彗星は、いっそう大きく拡散し、肉眼でも巨大な球状星団様の姿がくっきり見えました。
明るさは衰えたようには見えません。肉眼では、ペルセウス座αよりは若干暗いかな、という程度で、望遠鏡を使って恒星をぼかして測定すれば、さほど変わらないようにも思えます。
こんなに遠くにある彗星が、なぜ何日間も明るさを維持できているのか、本当に不思議です。

でも、この彗星、一般の方には人気がないようです。
尾がないだけでこれほど不人気になるとは、明るく、そして天文学的には非常に興味深い彗星なだけに、ちょっとかわいそうですね。
遠くにあるので、流星雨の可能性もないし。

2007年11月08日

●まだまだ明るいHolmes彗星

昨夜は快晴だったので、天文台でHolmes彗星他、天体の撮影をしていました。
Holmes彗星は、やや暗くなりましたが、それでも3等台、視直径は20分以上あります。
3日の池田町での観望会の際に気づいたコマの明るさの不均一さは、どうやらごく淡い尾があるようで、露出をかければ尾が写るかもしれないと100SDUFで3分の露出をしてみましたが、はっきりとした尾は写りませんでした。

IMG_6144m1.jpg

写真は、20cmF8ED屈折直焦点、1分露出で撮影したものです。
向って右側が尾のある方向で、コマが全体的に薄く流れたような構造になっています。
いつまで現在の明るさを維持できるかわかりませんが、これから次第にごく淡いイオンテイルが見えるようになる可能性があります。

2007年11月13日

●初めて撮った天体写真

今日、古い写真を整理していたら、たぶん生まれて初めて撮ったと思われる天体写真が出てきました。
東京都東大和市の自宅の庭から撮影したもので、カメラは祖父からもらった二眼レフ(・・・って知ってる?)、フィルムはネオパンSS(ISO100)、近所の写真屋さんで現像・プリントをしたものです。
星像がグニャッとなっているのは、レリーズなしでシャッターを押したためです。

hajimete1.jpg

そのカメラには、バルブではなくタイム機能がついており、手でシャッターを押せば、ストッパーつきのレリーズがなくてもシャッターは開きっぱなしにできたのです。
木やら電柱やらが入っていますが、小学生が初めて写したにしては、なかなか良い構図かな、なんて思ってしまいました。ヒアデス星団の下に写っている明るい星は、たしか木星だったと思います。
あの頃は、東京でもけっこう空が暗くて、冬になるとプレアデス星団が、目の悪い私にはまっ白な雲のように毎晩、見えていたことを思い出します。
思えばあれから30年以上が過ぎてしまいました。

2007年11月14日

●初めて撮った月面写真

昨日に続いて、昔々の天体写真を・・・。
これ、ダゲールが取った湿板写真、ではなくて、私が初めて撮った月面写真です。
やはり小学校5年生か6年生の頃、小遣いをはたいて買った6㎝屈折経緯台式望遠鏡の接眼レンズ(ハイゲンス20mmだったかな)にカメラのレンズを手持ちで押しつけて撮りました。
いわゆる「コリメート法」という撮影方法です。
カメラは昨日UPの星野写真と同じ祖父譲りの2眼レフ。
現像は近所の写真屋さん(中島写真館といいました)任せです。

hajimete2.jpg

構図や露出は初めてにしては悪くないのですが、とにかくピントが合っていない。
直接ピント面を覗けないコリメート法でのピント合わせにはテクがあって、無限遠に調整
した小望遠鏡(ファインダーなど)を接眼レンズに押しつけてピント合わせをするのですが、当時はそんなことは知らないものですから(天体写真の写し方を解説した本などあまりなかったのです)、何枚撮ってもピントが合わないなあと思いつつ、ひたすらフィルムを無駄にしたものでした。
でも、考えてみれば2眼レフカメラですから、ファインダー部分を接眼レンズに押しつけてピントを合わせればそれなりに良いピント位置がつかめたはずですね。
今と違ってまったく情報もなく、先輩もいなかった当時の小学生のレベルはこんなものでした。
自分で工夫して苦労して少しずつ天文のテクニックを身につけるしかなかった時代の話です。

2007年11月15日

●14日のHolmes彗星

昨夜は、遅くから晴れてきたので、7×40双眼鏡を持ち出して自宅前からHolmes彗星を見ました。
光度は3等、肉眼でも白いシミのような姿がすぐに見つけられます。
透明度があまりよくなかったのですが、双眼鏡で見ると、コマが一方向に流れているようすがよくわかり、好条件の下で見れば、きっと尾が見えるのでしょう。
それにしても、地球から2天文単位(地球~太陽間の2倍)以上も離れているのに、これほど長期間、明るく大きく見えるというのは驚くべきことです。
1892年の出現時には、4等星まで明るくなった後、1週間ほどで暗くなり、その後、ふたたびバーストが起きたとのことですから、今回も再度のバーストが起こる可能性はあります。
いずれにしても今回は、1892年よりも大規模なバーストでした。
彗星という天体は、このように何が起こるかわからないところにおもしろさがありますね。

2007年11月17日

●今朝のHolmes彗星

昨夜は遅くからよく晴れてきたので、日付が変わる頃に出発し、揖斐川町横蔵でHolmes彗星を見てきました。
自宅前からも、ペルセウス座α星のすぐ近くに大きく拡散した姿がよく見えていましたが、空の暗い山間部で改めて見ると、M31よりははるかに明るく、まだ3等台を維持していました。
20cm反射望遠鏡で見ると、視野いっぱいが彗星です。
ただ、明瞭だった核がほとんど見えず、コマの二重構造も判然としなくなって、全体に均一なイメージとなっていました。
尾は淡く、コマが流れているように見えます。

17P071116am2.jpg

長時間露出の写真では、彗星から離れつつあるガスかダストの塊がタコの足状に写るのですが、眼視ではそこまではわかりません。
視直径は、満月大となっています。
ただ、以前と異なり、拡散した周辺部が淡くなってきましたので、光度目測は、観測地の暗さによって大きく左右されそうです。
以前、百武彗星が接近した際、空の暗い場所では夜空の3分の1にわたるサーチライトのように長大な尾が大迫力でしたが、都市部では頭部しか見えず、ひどくしょぼい印象だったことを思い出しました。
写真は、EOS KissDに55mmレンズで4分露出、ステライメージで多少の処理をしてあります。
肉眼で見た印象に近い画像をと思い標準レンズで写しましたが、ちょっと彗星が明るく写りすぎました。
ちょうど、おうし座流星群としし座流星群の活動時期で、撮影中もたくさんの流星を見ました。
流星観測もしたいところでしたが、朝一番から用事があったため、今朝3時に撤収しました。

2007年12月02日

●最近のHolmes彗星

このところあまり話題にならなくなったHolmes彗星ですが・・・。

昨夜、雲が多いながら久しぶりに晴れたので、口径6㎝焦点距離400mmの屈折望遠鏡(ファミスコ60)を持ち出して、自宅から同彗星を見てみました。
だいぶ暗くなっているかな、と思ったのですが、まだ4等台で大きく拡散した姿がすぐとらえられました。
視直径は50′近くと満月の1.5倍ほどもあります。
アンドロメダ大星雲M31と見比べましたが、明るさは彗星の方がやや優っているようでした。
肉眼では、空があまり良くなかったため、ごくかすかに映じただけでした。
淡いので形状は判然としませんが、基本的には「お化けのQ太郎」型で、コマの太陽側は相変わらずくっきりとし、尾のある側はぼんやりと吹き流されている感じです。
核はわかりませんでした。
バーストから1ヶ月が過ぎましたが、まだまだ明るいHolmes彗星。
暗い夜空の下で観測したいものです。イオンの尾はどうなったのでしょうか。

2007年12月08日

●1年ぶりの国立科学博物館

上野で無形民俗文化財関係の研究会に参加したついでに、1年ぶりに国立科学博物館を観覧してきました。
昨年、訪れた際には、本館が工事中で新館だけしか見ることができなかったのです。
きれいで明るく、展示も今風に垢抜けた新館と違って、古い西洋建築の本館は、重厚で懐かしい雰囲気にあふれていました。新館に比べると観覧者も少なく、磨り減った廊下や階段を歩くたび、静寂のなかにこつこつと足音だけが響きます。

あまり時間が無かったので、とりあえず私の専門である地学・生物学関係の展示を足早に観覧しました。
天文展示では、子供のころから何度も見たトロートンの屈折望遠鏡や江戸時代の観測機器などを懐かしく見学、また国内に落ちた隕石の展示も久々に見ました。
フーコーの振り子は昔ながらの位置にあって、これも懐かしく見学しました。

新しい展示物としては、万博で目玉となった360度立体映像を8分ほどの番組で見ることができました。
押すな押すなだったらしい万博と違い、見学者は10名ほど。
球形の部屋の中央にかけられた橋の上から、宇宙や海中、恐竜の映像を見る趣向は大迫力ではありましたが、いかんせん映像の鮮鋭度が低く、ぼやけた映像を全体の迫力で補っているという感じだったのが残念でした。
まあ、あれで映像が鮮鋭だったら、見学者の多くはめまいを起こしてしまうかもしれませんが・・・。

短い時間でしたが、久々の科博本館を堪能したひとときでした。
展示手法についても日進月歩で、学芸員の私にとっては大いに勉強になりました。

2007年12月14日

●雪道は恐ろしい!

私の勤務する揖斐川町藤橋地区は、日本海側気候に支配されることが多く、冬は時に2m以上の積雪があります。
そのため、冬場に星が見えることは少ないのですが、稀には良く晴れて、それこそ満天の星空が広がります。
ある冬、よく晴れた晩に、当時住んでいた村営住宅からほんの2kmほど離れた場所へ、冬山と星空の星景写真を撮りに行きました。
除雪されているとはいえ、道路は雪と氷で真っ白です。路肩には除雪された雪が1m以上の高さに積み上げられています。
天狗岳という形の良い山にカシオペア座が沈むのを見計らって写真を撮りました。

tengu.jpg

気温は零下5度。雪山に囲まれた藤橋地区は、いわば天然の冷凍庫となり、恐ろしく寒いのです。
撮影を終わって車のエンジンをかけ走り始めたとき、異変に気づきました。
ほんの100mほど走行するだけで冷却水の温度がレッドゾーンに達してしまいます。
原因はひとつしかありません。ガチガチに凍った道を走行するうち、岩石のように固まった氷塊を巻きこんで冷却水のタンクを破損したのです。
こんなこともあるんだなあと思いましたが、とにかく帰らねばなりません。
100m走ると水温が上がってしまうので(というよりほとんど空冷状態です)、100m走っては止まって水温が下がるのを待ち、また走ってはエンジンを冷やす繰り返しで、たった2kmほどの距離を帰るのに1時間以上かかりました。
やはり雪道というのは恐ろしいものです。
冬場の星見は、藤橋のような雪深い場所では命がけだなあと思い知らされたエピソードでした。
写真は、そのとき撮ったものです。
命がけで撮ったとは思えない写真でしょ。

2007年12月16日

●ふたご座流星群悪天候

この土日は、年間で最大の出現数を誇る「ふたご座流星群」の極大日でした。
仕事が休み、しかも夜半前に月が沈むという絶好の条件だったので、おおいに期待していたのですが、冬型が強まって、金曜の晩から日曜日にかけては曇りときどき雨というあいにくの天気。
結局、観測はまったくできませんでした。
晴れたのは関東地方の一部だけだったらしく、全国的にも観測量はごくわずかのようです。

最近でこそ、小惑星と彗星の境界が曖昧となり、小惑星起源の流星群もいくつか候補があげられていますが、ふたご座流星群は、小惑星を母天体とすることが確定した初めての流星群です。
毎年、安定した出現を見せ、月齢や天候に恵まれれば、1時間あたり100個以上の出現を見ることも珍しくありません。
そのかわり、派手さはなく、2等級前後で光度変化が少ない流星が次々に出現します。
輻射点は、日没時にはすでに東天に昇っていますので、一晩中観測が可能です。

学生時代から30代前半までは、年間に30夜以上、流星の眼視観測を行なっていましたが、最近では忙しいのと天候に恵まれず、かなりペースダウンしています。
今回のふたご座流星群で気合を入れようと思っていただけに、悪天候が本当に残念でした。

2007年12月28日

●26日のHolmes彗星

一昨夜、最近では珍しく晴れていましたので、15cm双眼鏡を車に積んで揖斐川町谷汲まで月が昇るまでの間、星を見に行きました。
とはいっても、現地に着いたときには月齢17の月が昇り、空はかなり明るい状態でした。
Holmes彗星はどうなっているかな、と双眼鏡を向けてみると・・・。
いました。
超巨大。超拡散。
月がなければそれなりに良く見えたでしょうが、2.7°の視野半分が彗星です。
細長く伸びた姿はM31を淡くしたようでしたが、どうやらコマの明るい部分だけが見えているらしく(たぶん太陽と反対側のリム)、実際は相変わらず「おばけのQ太郎」的姿をしているのではないかと思いました。
非常に大きいために明るさはわかりづらいのですが、全光度(彗星全体の明るさを一点に集約させた明るさ)では恐らく4等台です。
月がなければ肉眼でも見えたでしょう。
核はなく、淡い雲の塊という状態でした。
8P/Tuttle彗星も見るつもりでしたが、霧が出てきたので撤収しました。
8Pは、全光度で6等台らしいので、今度晴れたら確認してみるつもりです。

2008年01月04日

●夕空の彗星ふたつ

夕方から久しぶりに晴れたので、折から明るくなっているTuttle彗星と「まだ見えている」Holmes彗星を、仕事帰りに観測してきました。

当初は職場のある揖斐川町藤橋で見ようと思っていたのですが、急に霧が湧いてきましたので、揖斐川町谷汲まで山を下り、田んぼの中で15cm双眼鏡を組み立てました。

低空にモヤがあるものの、まあ快晴。
最初にTuttle彗星を見たところ、光度5等、視直径10分以上と、明るく大きな姿が視野に飛びこんできました。尾はなく大きく拡散したイメージです。中央集光はそこそこ。以前の回帰の際にも、同じような姿を見たことを思い出しました。
どうやら、彗星という天体は、回帰のたび、彗星ごとに毎回、固有の姿を見せる傾向があるようです。今回、Holmes彗星がバーストしましたが、バースト時のイメージが発見時の大増光の際とまったく同じでした。何度も回帰を観測したことのあるEncke彗星なども、いつも非常に拡散した独特のイメージです。
彗星が増光した際のイメージは、その彗星固有の物理組成と密接な関係があるような気がします。

次に、Holmes彗星にレンズを向けました。
いやはや、とにかく大きい。そして拡散しています。
視直径は45分、東西に伸びた、核はおろか中央集光もほとんどない霧のようなイメージ。
透明度の悪い空で見たM33という感じでした。
それでも、全光度は5等台だと思います。比較星をいくつ選んでも、大きすぎて光度目測ができません。
1月初旬に再バーストという噂もありますので、まだまだ油断のならないHolmes彗星です。

2008年03月03日

●娘と夜の散歩

久しぶりに暖かな晩だったので、夕食を終えてから娘と夜の散歩に行きました。
折からの黄砂で、夜空は東京の空のように霞んでいます。
冬の星座が西に傾き、北東には北斗七星が高く昇り始めていました。
鑑賞するには、いささか星数が少ない貧弱な夜空ですが、かえっていかにも春の夜空という感じで、大気の湿り気を感じながら畑の中の道を歩くのは楽しいものです。
娘が中学時代に通学で通った道らしく、道に沿った用水路に友達が自転車ごと落ちていた話などに笑い転げつつ、霞んだ星空を見上げながらの散歩は心なごむひとときでした。

藤橋在住中も、よく娘と夜の散歩に行きました。
懐かしく思い出すのは、真冬、雪が降りしきる中の散歩です。
長靴の膝まで埋まりそうなほど積もった夜道に、紙ふぶきのような雪片が降り積もり、歩いている間にも積雪が増えていきます。
夜空に吸い込まれそうなほど降りしきる雪。そして雪の夜独特の底ごもった静寂。
何が楽しいかと言われればなんとも答えようがないのですが、とにかく雪が降るたびに娘と散歩に出かけていました。
「また雪の夜の散歩がしたいなあ」
高校生の娘は、今でもときどきそう言います。

2008年03月17日

●月がきれいでした

春や秋、何日も晴天が続くような大きな高気圧に覆われた日は、透明度は優れないながら大気の揺らぎが小さく、月や惑星を観察するには条件が良くなります。
昨夜もそんな天気で、中天にあまりに月がきれいでしたから、8㎝屈折望遠鏡を持ちだしてカミさんと月を眺めていました。

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ふだん私は、あまり月や惑星には(お客さんに見せる以外は)望遠鏡を向けないのですが、昨夜は春の陽気に誘われて、つい望遠鏡を組み立ててしまったというわけです。
月は、半月過ぎ、月齢10前後がいちばんきれいなように思います。ちょうど欠け際にコペルニクスクレーターが見える月齢です。
昨夜はこれまた珍しく、月の写真まで撮ってしまいました。

写真:EOS Kiss-D ISO800 1/400sec. 80mmR F8.8

2008年05月31日

●実験!白青写真・・・?

時代は変わるもので、フィルムを使ったカメラを見ることも珍しくなりました。
ついこの前まで、写真というのはフィルムに感光させ、それを化学処理することで現像し、引き伸ばし機でプリントするものだったのに・・・。

そんなことを考えていたら、突然、子供の頃に試みた「青焼きコピーの写真」を思い出してしまいました。
「なんじゃ、そりゃ」と多くの方は思ったでしょう。
というより、青焼きコピー自体を知らない人がほとんどかもしれません。
青焼きコピーというのは、感光薬品を塗布したコピー用紙とトレーシングペーパー等の薄い紙に書いた原稿を重ねて機械に通して感光させ、それを薬品処理して文字部分だけを青く浮き上がらせる複写機です。
現在のようなトナーを使用したコピー機が出現するまでは多くのオフィスで使用されていました。

当時、東大和天文同好会の事務局だった私の家に、この青焼きコピー機がありました。
会誌を印刷するために使っていたのですが、あるときふと思いついたのです。
この感光紙で写真を撮ることはできないものかと。

さっそく私は、感光紙を35mmフィルムの大きさに切ってカメラに装填しました。
ベランダに三脚を据えて、バルブで露出すること数十秒。
カメラから取り出した感光紙を複写機の中の薬品に浸すと・・・。
おお、屋外の風景がちゃんと写っているではありませんか。

それから実験を繰り返し、晴れた日であれば数十秒程度の露出時間でふつうの写真のように撮影できることがわかりました。(ただし白黒写真ならぬ白青写真ですが。)
曇りや雨の日はいくら露出時間を延ばしてもダメでした。
子どもごころに『初めて湿版写真が撮られた頃もこんな感じだったんだろうな』などと感慨に耽ったことを覚えています。

で、天体は、といえば・・・。
月はちゃんと写りました。ただし50mm標準レンズですが。
望遠鏡を使った撮影では、まったく写りませんでした。
今のように自動追尾できれば写ったのかもしれませんが、当時は手動ガイドの時代だったため、露出時間を延ばすことができませんでした。
星は・・・言うまでもなくアウト。

子どもの頃はこの他にもあれこれ実験めいたことばかりやっていました。
これからしばらく子ども時代の科学実験話を書こうかと思います。次回は自作フィルターのお話です。

2008年06月02日

●一枚10円のフィルターワーク

写真撮影に使用するフィルターってご存知でしょうか。
カメラレンズの前に置いて、通常の撮影では得られないさまざまな効果を得るための特殊加工された平面ガラスのことです。
一口にフィルターといってもさまざまなタイプがありますが、私が子どもの頃には白黒写真がまだ多用されていたため、ある波長の光だけを通したり、ある波長の光だけを取り除いたりするための赤や青の色ガラスフィルターが主流でした。

天体撮影にも、たとえば黄色系のフィルターは月面をシャープに撮影するために使用しますし、赤フィルターは赤い星雲を撮影するために使用します。
惑星の眼視観測でも、火星や木星などの模様を見やすくするために赤や青のフォルターを使用したものでした。

ただ、小学生だった私には、一枚数千円するフィルターはとても買える値段ではありませんでした。
それでもフィルターを使ってみたい。
そんな私が使用したのが工作で使うセロファンでした。
色セロファンをカメラレンズの前、あるいは接眼レンズにシワにならないように貼り付け、天体観測に使ってみたのです。
「そんなアバウトな」と言われそうですが、これがまた予想外の効果を発揮しました。
黄色のセロファンで月を撮ってみれば実にシャープに写りますし、火星の観測でも模様が鮮やかに見えました。
天体だけではありません。
その頃、雲の撮影にも凝っていましたが、ふつうのフィルムで写してみると、雲というものは以外なほどコントラストが低く、肉眼でくっきりと見えていても寝ぼけたようにしか写りません。
で、赤セロファンの登場です。
多少、露出時間は延びますが、これが劇的な効果でした。
入道雲はド迫力で、淡い絹雲はより繊細に描写することができるのです。

本格的なガラスフィルターに比べれば、セロファンの表面精度や透過率は問題にならないほど悪いことは知っていましたが、それでも小学生の私にとってはその効果は十分すぎるものでした。
そうそう、網戸の切れ端をレンズの前に貼ってクロスフィルターとしても使いましたっけ。

お金がないなりに、あの頃はさまざまな工夫をしたものだなあと懐かしく思い出します。

2008年06月07日

●三日月

昨日の夕方、細い月が出ていました。
久しぶりに見る三日月でした。このところ、公私共にあわただしく、夜空を見上げる余裕がなかったのです。

080606moon1mini2a.jpg

さっそく8センチ屈折望遠鏡を持ち出して眺めてみました。
シーイングはあまり良くないものの、けっこうきれいです。
この月齢の月は早く沈んでしまうために、仕事を持っている人には案外、見るチャンスがありません。
直焦点で写真も撮りました。
透明度もシーイングも良くないために写りは良くありませんが・・・。

2008年06月08日

●実験・工作!「自室でプラネタリウム!」

長年、プラネタリウムの解説をやってきた私ですが、実は、解説者の仕事に就くはるか以前、子どもの頃にも自宅でプラネタリウムまがいのことをやっていたことがあります。
子どもの頃の実験シリーズ、今回は「お気楽自作プラネタリウム」について・・・。

あれは小学校6年生の頃でしょうか。
工作で余った黒の模造紙を前にして私はふと思いつきました。
「この紙に星座の配列どおりに穴を開け窓に貼ったら、部屋の中がプラネタリウムになるのではないかなあ」
そこは暇な小学生のこと、すぐに実行に移しました。
星図を見ながら模造紙に星の配列をトレースします。
トレースが終わったら星の明るさに合わせて穴を開けます。
で、窓に貼ってみると・・・。
おお!想像以上の出来栄えに思わず感動!
味をしめた私は、四季の星座をトレースし、自室の窓という窓に貼りました。
この手法はその後、職場となった西美濃プラネタリウムでも実際の展示として応用しました。今も展示されていますので、興味のある方はご観覧くださいね。

もう一つ、高校生から大学生の頃に試みたのが、その頃から発売され始めた蓄光シールを使用した屋内プラネタリウムです。
部屋の壁や天井に、等級ごとに切り抜いたシールを星図どおりに貼っていきます。
で、夜ともなれば部屋は一面の星空に・・・。
ラジカセでBGMを流しながら、友達や妹に星空解説をするとこれが大うけ!
寝るときも、満天の星空に包まれながら眠ることができ、非常に安らぎを感じたものでした。
思えばあの頃が解説者としての最初の修行時代?だったのかもしれません。
大平さんのホームスターが人気を博しましたが、精度やメカで遥かに劣るとはいえ、ずっと昔に自室にプラネタリウムを作って悦に入っていた私、なかなかのものだったかも・・・。

2008年06月09日

●国際宇宙ステーション

日本人の星出飛行士が乗り組んでいる国際宇宙ステーションが、ここ数日、日本から見やすくなっています。
今日は、薄暗くなり始めた19時30分過ぎから見ることができました。

近くの公園に8センチ屈折望遠鏡を組み立てて待つことしばし、予報時刻になっても見えません。
「まだ空が明るすぎてダメかな。月でも撮影するかな」
と思ううち、北の空に明るい光が。
あらかじめ合わせておいたファインダーを覗いて手動で追尾しつつ、連続でシャッターを切ります。
動きは意外なほど速く、ぐんぐん北東の低空へ動き、最後は木立の中へ隠れてしまいました。

080609iss3.jpg

焦点距離が600mmなので、まあこの程度の写りです。
地上からの向きがいまひとつで形がわかりづらいのですが、太陽電池パネルらしき四角い物体がわかります。
もう少し長焦点で撮影すると良さそうです。
2000mm程度で撮影すると、シーイングが良ければかなり見映えのする絵が撮れるものと思います。

2008年06月11日

●もうすぐ半月

一昨日、国際宇宙ステーション撮影後、月がきれいだったので撮影しました。
薄雲がかかっていましたが、思ったよりもシーイングは良く、まあまあきれいに見えました。

080906moon1.jpg

月の撮影でいちばん難しいのはピント合わせです。
他の天体でももちろんピント合わせは重要ですが、月はハッキリ写るだけに、よりシビアです。
デジカメの出現によってその場でピント確認ができるようになったので、銀塩時代に較べると格段にラクになりました。
露出時間も同様です。
経験値やさまざまな参考データはあるにせよ、銀塩カメラの頃は、現像しなければ出来がわからなかったのですから。
さらに銀塩時代はプリント時に「覆い焼き」なる手法を駆使して欠け際とリム部分の光量差を、いわばアナログでガンマ補正処理を行っていましたが、そうした処理もパソコンでできるようになり、昔に較べれば驚くほど撮影は容易になっています。
え?「覆い焼き」ってどんなふうにやるのって?
そのうちに書きますね。

2008年06月24日

●惑星地質学

ここ数日、惑星地質学の本を読んでいます。
惑星地質学とは何ぞや、と言えば、太陽系の惑星や衛星、準惑星、彗星などの表面や内部がどのような鉱物組成になっているのか、どのような構造をしているのかを観測し考察する学問です。

ボイジャー以降、急速に明らかになりつつある太陽系天体の素顔には、以前から非常に興味がありました。
小天体が衝突してできたクレーターにしても、たとえば月と火星、あるいは金星では大きく形状がことなっています。
その天体の地表が含む水の量、大気の厚みなどによって現象としてはまったく同じである小天体の衝突が、まったく異なるクレーターの形を作るのです。
また、火山活動にしても、地球の半分ほどの大きさしかない火星に、標高2万メートル以上ある巨大火山がいくつもあったり、木星軌道より外側では、溶岩のかわりに液体の水が噴出する火山が当たり前だったりします。
土星の衛星タイタンには湖や川があり、雨も降りますが、そうしてタイタンを循環している液体は水ではなくメタンです。
誰ひとり訪れることのない静寂の地表に降り注ぐメタンの雨、そしてざわめくメタンの湖。
それぞれの惑星や衛星、小天体の地表に人知れず繰り広げられているそうした光景を想像するだけで、心は遥かな空間へと飛翔するような気がします。もちろん、そんな感傷めいた思いだけではなく、地学の学芸員としては、地球以外の天体の地質・地形に心そそられてしまいます。

考えてみれば、すごい時代に生まれたものだなあといつも思います。
遥かな異星の地形を目の当たりにし、その鉱物組成まで考察することのできる天文学の進歩はすばらしいものです。
そうしたことを考えながら望遠鏡を覗くと、いっそう星への興味がかきたてられる気がします。

2008年07月02日

●運動不足だあ!

住民課勤務になってから極度の運動不足を感じています。
天文担当の頃は、毎日がかなりハードな運動でした。
プラネタリウムの投影はともかく、天文台の公開や天体の撮影・観測業務は、重たい望遠鏡を移動しては組み立て、観望会の会場に並べた望遠鏡の間を走り回っては見えている天体の解説をし、ドーム内では脚立に上ったり降りたりを繰り返し、とにかく体を動かさなくては仕事にならなかったのです。
さらに、文化財の仕事もしていましたので、民具の清掃や運搬など、こちらも体を使う業務でした。

ところが住民課では、とにかくできるだけ席に着いていて住民と対応をするのが仕事です。
たとえ昼休みでも、ささっと食事を済ませるなり机に戻らなくてはなりません。
出張もほとんどないし、あちこち動き回ってさまざまな人と会い、諸般の調整をするのが得意タイプの私にはちょっと退屈な仕事です。

で、しばらく途絶えていた夜の散歩を復活させました。
家の周りを30分ほど歩きます。
すぐ裏の用水路には蛍がいて、はかなげに光るその姿を見るのも楽しみです。
でも、小さな林があって鬱蒼と暗かったそのあたりも年毎に街灯が増え、さらに用水路をコンクリート張りにしてしまい、蛍の数は激減してしまいました。

誰も通らない道なのになぜ街灯を設置するのか、生き物が住んでいる用水なのになぜコンクリートで覆ってしまうのか、私にはよくわかりません。
街灯ピカピカ、アスファルトとコンクリートに覆われて草も生えない道よりも、星が瞬き、蛍が飛び交う夜道の方が、ずっと人に優しいのではないかと思うのですが・・・。

2008年07月14日

●夜の列車

今日は所用があり、午後から仕事を休んで大阪へ行ってきました。
往きは京都で雷雨に見舞われましたが、帰路は良く晴れていて、新幹線からも、米原からの普通列車からも、車窓をずっと半月を過ぎた月が追いかけてきていました。
帰りの普通列車は空いていて、停車する駅にも人影はなく、今回の大阪行きが楽しい目的ではなかったこととあわせ、なぜ知らず虚しく感傷的な思いで、どこまでも追いかけてくる月と木星を見つめて過ごしました。
東海道本線でも、大垣~米原間は山あいで人家も少なく、空いた列車に身を任せて、低い空を渡っていく夏の月を見ていると、なんだか見知らぬ土地のローカル線に揺られているようです。
車内には、どこから飛びこんできたのか大きな蛾が思い出したように大きな羽をばたつかせ、その羽音がいっそう物憂さをかきたてます。
久しぶりに東京時代の友だちと会ったこともあり、いろいろな意味で「思えば遠くに来たものだ」、そんなことを考えていました。
家族を連れて東京から岐阜へ移住したこと、天体観測と称して夜遊びを繰り返していた仲間がいつのまにか老後を考える年齢になってきたこと、リストラや転職など有為転変を余儀なくされる仲間も少なくないことなど、「遠くへ来た」ことの意味合いはほんとうに様々です。
月や木星が、若かったあの頃と少しも変わらず夜空を照らしているのを見るにつけ、人の世のはかなさを感じさせられた夏の夜の旅でした。

2008年07月22日

●夏の月

何日か前、寝る前に夜空を見ると、熱帯夜にふさわしく赤味を帯びた丸い月がどんよりと光っていました。

月といえば、夏と冬ではかなり印象が異なります。
注意深い方は気づいているかもしれません。
夏の月が夜空の低いところを渡っていくのに対して、冬の月は冴え冴えと頭の真上で輝きます。
天球上で月の通り道のことを「白道」と読んでいますが、夏は白道が低く冬は高いのです。
夏の月がどんよりと暑苦しげに見えるのは、もともと水蒸気量が多い季節であることに加えて、大気中の塵埃や水蒸気の影響を受けやすい低い位置に見えるためですし、冬の月が冴え冴えしているのは、もともと大気中の塵埃や水蒸気が少ない季節であることに加えて、それらの影響を受けにくい高い位置に見えるからです。

ですから、同じ月でも季節によって印象が大きく異なります。
私は、夏の満月を見ると、ホットケーキを連想してしまいます。
また、冬の満月を見ると、磨きこまれた鏡やガラスを想像します。

「へえ、季節によって月の高さって違うんだ」
そう思った方は、ぜひご自分の目で夏と冬の月を見比べてみてくださいね。

2008年07月31日

●快晴だけど・・・

一昨夜と昨夜は快晴でした。
とはいえ、カミさんと娘が東京へ行って留守のために、仕事から帰宅すると猫の世話をはじめやることがいっぱい。結局、一昨夜は時間がなくなって星を見ることができませんでした。
昨夜は23時頃から少しだけ、自宅で星空を楽しむことができました。
透明度は良好で、はくちょう座からわし座まで天の川がうっすら見えていました。南の空には、木星が夏の夜にふさわしい落ち着いた輝きを放っています。北東からはカシオペア座が昇り始め、東の空には大きくぺガスス座の胴体を形作る秋の四辺形。
ほんの30分ほどの間に、-1等のやぎ群と1等のみずがめ群流星を見ることもできました。
翌日の仕事がなければもっと星空を楽しめるのになあ、そう思いながら24時近くに家へ入りました。
この時期、みずがめ、やぎ、ペルセウスと3つの流星群が活動しており、流星群に属さない散在流星も多いので、1時間夜空を見上げていると多いときには30個ほどの流星を見ることができます。
次に晴れた晩には、久しぶりに流星観測でもしてみようかなと思っています。

2008年08月02日

●快晴だった観望会

昨夜は池田町児童館という施設での観望会でした。
親子合わせて120名ほどの参加者だったので、西美濃天文台スタッフのほか、今は他部署に異動になっている元天文担当職員、それに私が所属している同好会の会員3名で6台の望遠鏡を出して対応しました。

予報では夕方から曇り・雨だったにもかかわらず快晴に恵まれ、安定したシーイングの下で、木星・ベガ・アンタレス・M27・M13・M57を観望しました。
私はC-11でM57を見せていました。口径が28センチあると、さすがに集光力がありよく見えます。
参加者もほとんどの方がドーナツ状の姿を確認できたようでした。
終了後、木星を見てみると、大赤斑がちょうど真正面を向いていました。

学校などでの観望会は、土のグランドが会場となることが多く、望遠鏡が土ぼこりまみれになるのが難点ですが、今回は芝生の上だったので快適な星見会となりました。視界もまあまあ良く、直接目に入る照明も見えない良い場所でした。

来週土曜日は、旧久瀬村で観望会です。
それが終わればすぐペルセウス座流星群と、星のイベントが続きます。

そうそう、今夜2日は、スター・ウィーク実行委員会主宰のイベントのひとつ「いま、星を見ています」の日です。
同じ晩に全国で星空を見上げた感想を掲示板に書きこんで星空体験を共有しようという企画、詳しくはスター・ウィークのホームページをご覧下さいね。
星に関した曲の人気投票、「星メロアウォード」もやってます。こちらもホームページから入って下さい。
スター・ウィークのページへはこのブログからもリンクが貼ってありますヨ。

8月1日~7日は「スター・ウィーク」。
みんなで星空を見上げましょう!

2008年08月09日

●今夜も雷観察

昨夜に続いて、今夜も雷が鳴ることしきりでした。
雨も降っていなかったので、家の前の道に座りこんで家族で雷観察。

kaminari3.JPG

昨夜のように明らかに地面に落ちるものは少なかったのですが、高い空で樹枝状に光る稲妻が多く、楽しめました。
今夜はカメラを持ち出し、撮影も。
インスタントに家の前で見ていましたので、電線が写野にモロに入ってしまっているのがナニですが、けっこうエキサイティングな稲妻でしょ。
ちょっと味をしめましたので、これからは天体だけでなく雷撮影のためにも夜空にカメラを向けようと思っています。
今回はテストでしたが、次回からは構図や前景も考えて、それなりに美しい写真を目指します。

写真:EOS kissDX 18mmF4 露出5秒

2008年08月11日

●また雷画像・・・

一昨夜に撮った雷画像のうちからもう一枚。

kaminari2.JPG

すごいですね。
どうしてこんな形状になるんでしょう。
この晩の雷はどれも樹枝状でしたが、このように枝分かれせずに太い一本の稲妻がまっすぐ地面に落ちるもの、やはり枝分かれはしなくても一本の稲妻が激しく方向を変えながら空を竜のように駆けるものなど、雷の形はさまざまです。
どのようなメカニズムで雷の形状が決まるのか、研究してみたいテーマです。
電圧と大気の抵抗、気温、湿度など多くのファクターがあるのでしょうね。

ところで昨日と今日、「星空日記」のカテゴリーで気象現象である雷のことばかり書いていますが、いいのだろうか・・・。

2008年08月13日

●クモクモのペルセウス座流星群

昨夜はペルセウス座流星群の極大日でした。
最近の傾向どおり、昼間は嫌になるぐらいの快晴、夕方になると曇ってきて、夜はずっと雲量8程度が続いていました。

aur080813.JPG

それでも、ときおり空を見上げていると、午前3時を過ぎてから俄然、晴れてきました。
「こりゃ、行くっきゃねえ」とばかり機材をまとめて揖斐川町谷汲方面へ。自宅近くでは空が明るくて観測になりそうにないので・・・。
谷汲駅付近はなんと雨。すぐに引き返し、自宅のある大野町に程近い谷汲深坂の田んぼの真ん中で店を広げました。
このときは雲量3程度でしたが、群流星をいくつか数えるうち、西から雲が。
眼視観測は諦め、1個で1個でもカメラに納めようとシャッターを切り続けますが、なぜかごくごく出現が少ない!
雲は広がり、4時過ぎ、雲量8となり撤収しました。
結局、成果はゼロ。
天気は予報どおりなので仕方ありませんが、雲が多かったとはいえ、出現数の少なさが気になりました。

写真:「ぎょしゃ座」が高く昇っていました。透明度、悪いです。

ここからはおまけ。
娘のブログ、「星猫亭」で、昨日は携帯小説について娘が意見を書いていました。
親バカですが、なかなか良いことを書いているなあと思ったので、興味がある方は読んでみて下さいね。
このブログからリンクしていますので。
その前に連載していた小説、というか童話もなかなか良いよ。
私を知っている方は、「良く似た親子だなあ」なんて思うかもしれませんが・・・。

2008年08月17日

●明け方の部分月食

今日の明け方は、欠けたまま月が沈む部分月食でした。
「曇り時々雨」という天気予報どおり、夜半過ぎまで雨が降っていましたが、午前3時半に目が覚め、西の窓から外を見ると、西の低空だけが帯状に晴れています。
とりあえずカメラと三脚、双眼鏡を用意して、西の低空に電線や建物が見えない場所へ移動。
望遠鏡で撮ろうかなとも思ったのですが、せっかく地平線近くで起こる現象ですから、地上風景や雲を入れて情感のある画像にしようと思いました。

ちょうど月のある位置に垂れ込めていた真っ黒な雲が移動すると、わずかに上の方が薄暗くなっている満月が見えてきました。
今回の月食は、西へ行くほど食分が大きくなります。九州などではかなり欠けるのですが、東海地方では残念ながら半影月食から本影食に進んだあたりで月没となってしまうという中途半端な月食なのです。

080817gessyoku1.jpg

西の空は、分厚い雨雲が沈みゆく月明に照らし出されてなにやら凄絶な光景。
だいぶ低くなった月が沈まないうちに、400mmレンズで連続撮影。
肉眼でも欠けてきたのがわかるようになった頃、月は山にかかる黒雲に隠れてしまいました。相前後して空が明るくなり始めます。

夏の夜明けは早く、機材を撤収するうちにかなり明るくなっていました。
こうして撮影したのがこの画像。
お断りしておかなければならないのは「生画像」ではない、ということです。
満月の適正露出は500分の1秒。でもこの露出時間では風景は写りません。
なので、風景、というか雲の画像は1秒露出で別に撮影しておいて、後から娘と二人、画像処理で合成しました。
でも、それなりに迫力、というか臨場感のある画像になったでしょ。

2008年09月07日

●アンタレス

不安定な天気もようやく落ち着いてきたようで、暗くなってすぐに空を見ると、半月のすぐ西側に、さそり座のアンタレスが赤々と輝いていました。

アンタレスは、直径が太陽の230倍もある1等星です。
正しい明るさは1.2等星なのですが、どんよりとした夏場の天候に災いされがちなのと、高度が低いので大気の吸収を受けやすく、実際よりも暗く見えることが多いような気がします。
真っ赤な色から、中国では「大火」、日本では「酒酔い星」とも呼ばれています。
赤い星なので、さぞかし温度が高いのでしょうと訊ねられたこともありますが、アンタレスの表面温度は4000度ほどと、恒星の中では温度が低い部類に属します。
表面、と書きましたが、かなり年寄りの星で大きく膨張しているために、星を作っているガスは宇宙空間に拡散してしまっていて、どこが本当の表面やらわからないという、ふわふわの星でもあります。

私が星に興味を持ち始めた頃、名前も知らないままに、南の空に輝く不思議な赤い星として、母とともに毎晩、眺めていたのがアンタレスです。
あの頃は東京でも、アンタレスが本当に明るく見えていました。
まだ私が小学生だった頃のことです。

2008年09月09日

●木星が明るい

一昨日は、さそり座の1等星、アンタレスのことを書きました。
でも、そんなアンタレスをかすませてしまうほど明るい星が、南の空に煌々と輝いています。とにかく明るくて街中からでも簡単に見つかります。

初夏以来、毎晩の一番星だったこの星、木星といいます。地球と同じく太陽を回っている惑星の仲間です。
地球は太陽から数えて3番目ですが、木星は5番目の星。地球からはずいぶんと遠く、太陽の光も届きにくい距離にあるにもかかわらず「夜半の明星」と呼ばれるぐらい明るく見えるのは、直径で地球の11倍というその大きさによります。

木星に限らず惑星は(月もですが)、自分で光を放っているわけではなく、太陽の光を反射して光っています。
木星は図体の大きさ分だけ反射される太陽の光が多いために、地球や太陽から遠く離れている割には明るく輝いて見えるわけです。

望遠鏡で木星を見ると、赤道方向に平行な縞模様が何本も見えます。
この木星、実は大きな図体のほとんどがガスでできています。本体は中心部にちょこっとあるだけ。望遠鏡で見える縞模様は、分厚いガスのいちばん上層部を見ているんですね。

木星のガスには、生命のもとになる有機物がたくさん含まれています。
有機物が分厚い大気の中で起こる猛烈な雷の刺激を受けると、生命を生み出す可能性があるという仮説があります。
そんな仮説によれば、木星の生命は、くらげのような、風船のような、大気中を漂う袋状の生物という想定がいちばんぴったりするそうです。
くらげ、とはいっても、直径が数十メートルもあるような超巨大な生物です。

いくら有機物が豊富でも、海のない環境では生命は発生しないという反論もあるようですが、このところ毎晩、南(ちょっと遅い時刻だと南西)の空に煌々と輝く木星にそんな生き物が人知れず生息しているかもしれないと考えると、夜空を見上げるのが楽しくなりますね。

2008年09月13日

●明日は名月

明日は十五夜、中秋の名月です。
ススキに月見団子を飾ってお月見・・・などというのは古きよき時代の話で、忙しい昨今では、そんな悠長に月を愛でるような人はいないのかもしれません。
何よりも街中では街灯やネオンサインといった明かりが多すぎて、月明りを楽しむような気分にはなれないのでしょう。

fullmoon5a.JPG

私は、といえば、藤橋村に住んでいた頃には、毎年、ススキとお団子を用意して正式な?お月見をしていました。
ススキとお団子を飾って電灯を消すと、街あかりのまったくない山間の村のことですから、とたんに月明りだけが部屋に満ちます。
人工の灯りのない場所では、月明りは意外なほど明るいものです。山奥の村ですから、何の物音も聞こえません。
家族3人、したたるような月明りを浴びながら静まり返った夜空を見上げている時間は、最高に贅沢な、紛うことのない幻想のひとときでした。

明日の名月、お天気はどうでしょうか。
久しぶりにススキとお団子を用意しようかと、家族で話し合っているところです。

写真:雲間の満月

2008年09月22日

●回顧・・・百武彗星

先日、星のテレフォンカードについて書いたところ、以前によく、ふじはし星の家に来てくださっていた木村さんからコメントを頂戴し、久しぶりに百武彗星当時のことを思い出しました。

この彗星は、百武さんが光度10等ほどで発見された後、太陽と地球に接近し、核の一部が分裂したことをきっかけに最大光度0等、尾の長さ100度という超大彗星となりました。
当時の観測日誌を見ると、1996年3月21日までは、全光度2.8等、尾の長さ1度程度だったものが、23日になると全高度1等、尾の長さ60度に急発達、以後、近日点通過後の4月末まで長い尾を引いた彗星として夜空に君臨したものです。地球に接近したために、コマの視直径も40分に達し、とにかく壮大無比な彗星でした。

hyakutake20ED.jpg

翌年には、やはり光度0等に達したヘール・ボップ彗星が見えましたが、暗い夜空で見る限りでは私が過去に見た彗星の中では百武彗星がダントツでした。最盛期には真夜中の夜空に、関つとむさんの著書ではありませんが「夜空を翔ける虹」さながらに100度に及ばんとする長大な尾を引いて壮観でした。

大彗星が2年続けて現れたこともあって当時は天文熱が盛り上がり、私の勤務していた西美濃天文台は連日、押すな押すなの大盛況。
天文仲間が若かったこともあって、星が見えない晩でも夜遅くまで天文談義に花を咲かせたものでした。
あの頃に比べると今は、私も仲間も年をとり、社会状況も変わってそれぞれ生活に追われるようになり、無心に星を楽しめる晩はめっきり少なくなってしまいました。
仕方のないことですが、当時を振り返ると楽しかったなあと思います。

写真は、近日点通過後の百武彗星を20センチF8屈折望遠鏡の直焦点で撮影したもの。
長い尾を引いた画像がポピュラーなので、ちょっと雰囲気の違うものをと・・・。

2008年09月25日

●回顧・百武彗星2

百武彗星のことを再び・・・。

百武彗星とヘール・ボップ彗星が続けて出現した後で、「どちらの方が大彗星だったか」ということがよく話題になりました。
彗星の形状には好みや主観もありますので、何ともいえないところではありますが、多くの意見を集めてみると面白いことがわかってきました。どちらかといえば空の明るい場所で見ていた人はヘール・ボップ彗星を推し、逆に空の暗い場所で見ていた人ほど百武彗星を推していたのです。
これはうなずける話でした。ヘール・ボップ彗星は、コマも尾も全体に集光度が高く都会でも見やすかったのに対して、百武彗星は全光度こそ明るかったものの、その長大な尾は淡く、十分に空の暗い場所でなければ偉容を堪能できなかったからです。

hyakutake2.JPG

私はどちらも空の暗い場所で観測していましたので、双方の特徴も良さも公平に見ることができた気がします。
じゃあどっちなの? と問われれば・・・。
断然、百武彗星を推してしまいます。
夜空の3分の1にわたる尾をもった彗星なんて、一生の間に一度、お目にかかれるかどうかというシロモノです。
月明かりでできる虹は白いと言いますが、多分、百武彗星のようなイメージなのではないかと思うのです。
その姿は、まさに夜空の虹でした。夢のような毎晩でした。
そう、私がこれまでに経験した「夢のような晩」は2回。
百武彗星を追いかけたあの頃と、しし座流星雨を徹夜で見上げた一晩です。
どちらも、これから先、再び見ることは叶わないだろうという現象でした。

写真は、400mmF4レンズで撮影した百武彗星。
まだフィルムカメラが全盛の時代でした。

2008年09月26日

●ヘール・ボップ彗星は優等生

百武彗星のことばかり書いてしまいましたが、きっかけは「ヘール・ボップ彗星と藤橋城」のテレカでした。やはり、ヘール・ボップ彗星についても触れないわけにはいきませんネ。

「彗星のごとく」現れた百武彗星と違って、ヘール・ボップ彗星の方は肉眼光度になる2年も前から見つかっていました。当然、軌道も光度曲線もしっかりと研究されて、かなり確実なシミュレーションができていました。
百武彗星が大化けした原因は、核の一部が太陽熱でポロリと剥がれ落ち、そこから一気に揮発性の物質があふれ出したことによるのですが、ヘール・ボップ彗星の方は太陽からちょっと遠く、そうしたサプライズも起こらないであろうことも予想されていたのです。

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太陽からも地球からもやや遠かったヘール・ボップ彗星でしたが、彗星そのものは百武彗星よりもかなり大きなものでした。そのために、予想通りの立派な姿を私たちの前に現してくれたわけなのです。
百武彗星については、「夢のような」と、かなり持ち上げてしまいましたが、もちろんヘール・ボップ彗星だってしょぼかったわけではありません。見えている間は、連日、興奮の夜を過ごしていました。それどころか、輝度が高かったため、百武彗星よりも観望会などでの一般受けはよほど良かったほどです。
渦を巻いているように複雑な核周辺の構造もすごかったし、黄色っぽいチリの尾と青白いガスの尾があれほどくっきりと分かれて見えた彗星もなかなかありません。

でも、百武彗星と比べると、どこか教科書的というか、優等生というか、いい子ちゃんすぎるんですよね。
育ちの良い子が立派な大人に成長しました、という感じで、彗星という天体が想起させる意外性や不確実性がなかったのが、個人的に評価を下げてしまう要素になってしまっています。
彗星って、もっとワイルドで予測がつかない天体って印象があるじゃないですか。
そう思ってしまうのは、私がひねくれているのでしょうか。

とはいえ、ヘール・ボップ彗星も歴史に残る大彗星だったことは間違いありません。
シューメーカー・レビー彗星の木星衝突から始まって、百武彗星、ヘール・ボップ彗星、しし座流星雨と、私が藤橋へ移住してから歴史的な天文現象が連続して起こったのは、本当に神様の巡り会わせだったような気がします。

写真:400mmレンズによる最盛期のヘール・ボップ彗星

2008年10月01日

●星景写真はロケハンが命

百武彗星とヘール・ボップ彗星の話題を続けて書いたので、その勢いで今回もヘール・ボップ彗星のことを・・・。

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写真は、ヘール・ボップ彗星の最盛期に、プラネタリウムのある藤橋城を前景に撮ったものです。ずいぶんと多くのメディアで使われた有名な写真です。
この写真を撮る際は、それなりに事前の調査を行いました。
藤橋城を中央に配して、彗星とプレアデス星団を左右に振り分けた絵が欲しかったので、彗星とプレアデス星団の位置関係は星図であらかじめ確認、また、山や立ち木もきれいに配置したかったので、昼間のうちに周辺をロケハン、夜間の星空と景色を頭の中でシミュレーションしながら、揖斐川の河原の一角を撮影地に定めました。
また、藤橋城周辺は夜間照明がないので、藤橋城へ上るスロープの下に車を停め、車のライトでお城を照らし出すことにしましたが、ヘッドライトでは明るすぎるのでスモールライトだけでライティングすることにしました。

という準備を経て撮影したのがこの写真です。
この写真に限らず、いわゆる星景写真を撮る際には現場に行って構図一発、というわけにはなかなかいきません。
事前に調査をしておかないと、特に夕空の彗星のように西に低い天体は、構図が決まらないままおろおろするうちに沈んでしまったというミスを犯しがちです。
もっとも、私の過去の失敗例で、事前にロケハンしておいた場所へ夕空の細い月を写しに行ったら、その場所が工事中で入れず、結局撮影できなかったということもありましたので、事前に調べておけばすべてうまくいくというわけでもないのですが・・・。

2008年10月02日

●三日月

仕事の帰り、暮れなずむ空に細い月がきれいでした。
カメラを持ち出して、家の近くの路上からパチリ。

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三日月に抱かれるように太陽の光が当たっていない部分もぼんやりと見えていますが、これは「地球照」といいます。地球に反射した太陽の光が月まで届いて、月の夜の部分を光らせているのです。「そういえば見たことある」という方もきっといますよね。

月の近くには金星も見えていました。
「宵の明星」として親しまれている金星ですが、今のところは西に低く、太陽と地球との位置関係から明るさもイマイチです。
でも、西が開けている場所なら街中からでも見えますから、良く晴れた夕方には探してみてください。

南の空には、木星が一番星として輝いています。
こちらは金星以上に見つけやすいので、ぜひ探してみてくださいね。

月はこれから日増しに太ってきて、二週間弱後には満月を迎えます。

2008年10月07日

●夕空の金星

秋が深まるとともに、長いこと南の空に君臨していた木星も次第に西へ低くなりはじめ、かわりに西の低空で「宵の明星」金星の輝きが目立つようになってきました。

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金星は、その美しい輝きから、西洋では美と愛の女神「ビーナス」と呼ばれています。
地球よりもひとつ太陽よりの軌道を回っている惑星で、大きさは地球よりもわずかに小さい程度です。
大きさは地球とよく似ているのですが、キラキラ輝く美しい外観とはうらはらに、その環境は過酷です。表面の温度は摂氏500度、硫酸の雲に覆われ、火山が絶えず噴火している灼熱地獄です。
金星がこのような環境になってしまったのは、太陽に近く、地球よりも受ける熱量が多いことに加え、厚い大気の主成分が二酸化炭素で、温暖化が極度に進んでしまったことによります。

とはいえ、もともとは地球も、二酸化炭素と火山の噴火によって放出された亜硫酸ガスにあふれた、金星とさほど変わらない環境でした。
そんな地球が現在のような環境に変わったのは、海の存在によります。
大気中に充満していた二酸化炭素が海水に取りこまれ、さらには植物が発生したことによる光合成で二酸化炭素が減少して酸素が増えていきました。珊瑚などの硬い殻を持った動物が、石灰質として二酸化炭素を固定したことも二酸化炭素除去に大きな作用を果たしました。
こうして、現在のような住みやすい地球となったわけです。

とはいえ、ここ100年ほどの間に、地球の二酸化炭素は爆発的に増加しています。
二酸化炭素の量がある限界点を超えたとき、暴走的な温暖化が始まるという予測もあります。
地球が金星のような灼熱の星になるかどうかは、私たち人類にかかっています。

写真:夕空の月と金星(10月2日撮影)

2008年10月12日

●明け方のオリオン座

今朝3時半、ふと目が覚めて空を見ると、真南の空にオリオン座がきれいに見えていました。
オリオン座は冬の代表的な星座です。均整の取れた星の配列に加え、1等星と2等星をそれぞれ2個含み、それら明るい星に囲まれた四角形の真ん中には三つの星が仲良く並んだ「三ツ星」を配した大変に美しく目立つこの星座は、真冬の晩、9時から10時頃に真南に見えます。

「冬の星座なのにどうして今頃見えるの」と思われた方。
地球は24時間で西から東に自転しています。そのために、星座を作る星はどれも、1時間に角度の15度ずつ、東から西へ移動していきます。
今の時期、早い時刻には秋の星座が見えていますが、時間の経過=地球の自転と共にそれらの星座は西へ傾き、東の空からは冬の星座が昇ってきます。そしてちょうど3時半頃、オリオン座が真南の空に見えるようになるのです。
つまり、明け方にはちょうど反対側の季節の星座が見えるというわけで、冬の明け方には、夏の代表的な星座である「さそり座」を見ることができます。
「早起きは三文の得」と言いますが、星好きにとっては、早起きすることによって普段は見ることができない反対側の季節の星座を楽しむことができるわけです。

オリオン座のほかにも、冬の星座には明るい星を含むものが多く、豪華絢爛な印象を与えてくれます。
しばらく、そんな豪奢な星座たちを楽しんでから再び床に入りました。
あと2ヶ月もすれば、寒空にそんな星座たちを見上げる季節がやってきます。

2008年10月18日

●秋の海

今日は久しぶりに家族で海へ行ってきました。
秋の日本海は波も風もなく、驚くほど穏やかでした。

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夏場は大混雑する砂浜も、今日は何組かのカップル、ライダー、犬を連れて散歩に来ている人、絵を描いているおじいさんなど、心静かに秋の午後を過ごす人たちが三々五々、水平線を眺めているばかりで、透明な日ざしと風の中、私たちも心安らぐ時を過ごすことができました。

帰りは滋賀県と岐阜県をまたぐ八草峠を通り、揖斐川町坂内から藤橋へと抜けてきます。
藤橋でちょうど暗くなったので、車を停めて星を眺めました。
あまり透明度は良くなかったのですが、夏の大三角が天頂に輝き、南西の山並みへ天の川がほの白く流れ落ちるさまが美しく、しばらく三人でぼけっと夜空を見上げていました。

オリオン座流星群が活発らしいので、夜半は月が大きいものの、観測をしようと思っていたのですが、25時近くに空を見てみると、透明度が思ったよりも悪く観測はできませんでした。

2008年10月21日

●朝夕の北斗七星

あまり星に興味のない人でも「北斗七星」は聞いたことがあると思います。
7つの星が、ちょうど水を汲む「ひしゃく」の形に並んでいる北斗七星は、ひとつの星座だと思っている方も多いのですが、実際は「おおぐま座」の腰から尻尾を作る星の並びです。

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「おおぐま座」は春の代表的な星座。
「ということは今は見えないんだ」と思われそうですが、実は北斗七星、夕方と明け方、どちらの時間帯にも見ることができます。

北斗七星は、北極星に近いところにあります。北極星といえば、いつも真北の空に光っていて一晩中、ほとんど動かない星です。そんな北極星の近くにあるために、北斗七星もそれほど大きく夜空を移動しません。北天の星が高く見える北海道の北部へ行くと、北斗七星が沈まずに一晩中、北の空を回っていくようすを見ることもできます。

残念ながら本州では、まったく沈まない北斗七星を見ることはできませんが、今の時期、夕方、暗くなってすぐの時刻には北西の低い空に横たわるように、夜明け前には北東の空に立ち上がるように見ることができます。
もちろん、高く昇って見やすいのは春なのですが、時間帯を選べば、北斗七星はほぼ1年中、見ることができるわけなのです。ちょっと意外ですね。

写真は、カメラのシャッターを開いたまま、5分ほど露出した北斗七星。
地球の自転のために星が動いて、長く伸びて写っています。

2008年10月28日

●初めての流星写真

天体写真のなかで、流星は撮影が難しい対象のひとつです。
とはいっても、撮影方法は簡単。明るいレンズをつけたカメラを夜空に向けておくだけ。
固定撮影でもかまいません。明るい流星が写野を横切ってくれれば誰でも写すことができます。
問題は「明るい流星が写野を横切ってくれる」かどうかです。
広い夜空のどこに、そしていつ、流星が出現するかは神のみぞ知ること。狭い写野を明るい流星が横切ってくれる確率はかなり小さく、大きな流星群のときでも1時間に数個の流星が写るかどうかという成功率です。
フィルムカメラからデジカメに変わり、画像処理技術が格段に進歩した今日でも、その点は変わりません。流星撮影は「運」に大きく左右されるのです。

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私が初めて撮影した流星がこの写真。
当時、私は中学1年生でした。家にあった古いカメラにASA100のフィルムを詰めて、現像は近所のカメラ屋さんに頼みました。
矢印で示さないとわからないぐらいのうっすらとした流星ですが、眼視では-2等級で痕を残す立派なものでした。それだけに、写真が出来上がってきたときにまず思ったのは、流星というものは実に写らないものだということでした。
明るい流星であっても、光っている時間が1秒に満たないほど短いために、フィルムなりCCDの上に光を蓄積できないのです。その意味では、明るくてゆっくりした流星ほど、見映えがする写り方をします。
F3.5程度の暗いレンズにASA100のフィルム、しかもカメラ屋さん任せの普通現像ではこれだけ写っただけでも奇跡的なことでした。
何も情報のない当時の私は、天体写真というものは強力な現像剤を使用して増感現像をするということすら知らなかったのです。

それから幾星霜、ずいぶんたくさんの流星写真を撮影してきましたが、今も流星が写しづらい対象であることには変わりありません。
2001年の「しし座流星雨」ぐらい出現してくれれば、誰でも苦労せずにたくさんの流星が撮影できるのですが・・・。

2008年11月02日

●紅葉と観測地探し

紅葉見物と観測地探しを兼ねて、岐阜県と滋賀県境の鳥越峠へ行ってきました。
揖斐川町坂内から林道を上っていくにつれ、紅葉が見事になりました。鳥越峠付近は揖斐郡内でもとりわけ紅葉が見事な場所です。
とはいえ、今年は暖かいせいかまだ盛りというわけではなく、半分程度というところでした。

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切り通しになっている峠はさすがに肌寒く、それでも標高が高いために空の青さが綺麗でした。
峠からは東に岐阜県側、西に滋賀県側が望めます。岐阜県側は山並みが連なり、滋賀県側には琵琶湖がきらきら輝いて見えていました。

ただ視界の良い場所はあまりなく、観測に使えるのは、滋賀県側に少し下った左手の平地ぐらいでしょうか。
夜間に訪れたことはありませんが、浅井町が近いために南西は夜でも意外と明るいかもしれません。逆に岐阜県側はかなり暗い夜空が期待できそうです。

星仲間の間では、この鳥越峠をはじめ、福井県境の冠峠、やはり滋賀県境の八草峠といつも「一度は訪れてみたい観測地」として語られるのですが、山奥のために天候が悪かったりして、「すばらしい星空が見えた」という報告はあまり聞きません。
今年中にぜひ一度、こうした県境の峠で星を見てみたいと思います。

写真:峠から岐阜県側を望む

2008年11月14日

●ピカピカの夜

昨日、一昨日は良く晴れて、仕事からの帰路、東に満月、南西に木星と金星が、それぞれピカピカに光っていました。
透明度が良かったこともあって月も木星も金星も非常に明るく、ともすれば夜空にはこの三つの天体しか存在しないのではないかと思うほどでした。
これだけ明るいと、一般の方の目にもとまるようで、職場でも「昨日はすごく月がきれいだったね」とか「西の方に見える明るい星はなに?」などと何人かから訊ねられました。

考えてみれば、今のように街明かりが溢れていない数十年前までは、夜を彩る光といえば月と星しかなかったのですね。だからこそ日本でも外国でも、天体にまつわるさまざまな言い伝えや神話が語り伝えられてきたわけです。
その頃の人たちにとって、正体不明でありながら美しく輝く月や星は、畏怖と憧れの入り混じった対象だったのでしょう。

科学が進み、月や星がどのような天体なのか、今ではたいていの人が知っています。
夜の街は明るく便利になり、闇を恐れる人など先進国では誰もいなくなりました。
でも、星空を見上げなくなった人々の心は満たされているでしょうか。
科学が進み生活が便利になった分、人々は大切なものを失ってしまったような気がします。

年に一回ぐらいは、日本中で街明かりを消して、星空を見上げる日を作ってみてはどうかなどと思います。

2008年11月18日

●今年も冬型「しし座流星群」

昨夜は、しし座流星群の極大日でした。
全国的に冬型となり、夜中に何度か起きだしてみたものの、曇ったままでした。
海外で突発出現があったというウワサも流れていますが、真相は今のところよくわかりません。

それにしても、しし座流星群の極大日というのは、毎年のことながら天候に恵まれません。というのは、ちょうど11月17日頃から気圧配置が一気に冬型になるからです。毎年、示し合わせたようにこの日を狙って強い冬型が出現するのは本当に不思議です。
思い返してみれば、冬型にならず、しし座流星群がまともに観測できたのは2001年の大流星雨の年だけ。他の年は強い弱いはともかく、毎年、冬型の悪天候に悩まされ続けてきました。私が流星観測を始めてから、かれこれ30年近くずっとです。
11月17日は「悪天の特異日」といえます。

そう考えれば、2001年は信じられないほどラッキーでした。ちょうど日本の夜に、快晴の空の下であの流星雨を見ることができたのですから。

同じように、8月のペルセウス座流星群も天候には恵まれません。というのは、梅雨が明けて10日ほど良い天気が続いた後で一時的に夏型が崩れ、軽く秋雨前線的な気圧配置になるのが、ちょうどペルセウス座流星群の極大日の頃なのです。

とはいえ、しし座流星群ほど毎年、悪天候が際立つ天文現象は珍しいといえます。
天文ファンの方は思い出してみて下さい。冬型に泣かされずにこの流星群を見ることができた記憶は非常に少ないはずですヨ。

2008年11月22日

●太陽の異常

太陽の黒点って知ってますか。
「学校で習ったよ。太陽の表面にあるホクロみたいな黒い部分のことでしょ」・・・。
そうです。太陽の表面温度はなんと6000度もあるのですが、黒点は4500度程度とちょっとだけ温度が低いために黒く見えるのですね。

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そんな黒点は、11年周期で増減を繰り返しています。今は、極小期を過ぎて少しずつ黒点が増えてくる時期・・・のはずなのですが、なぜか一向に増えてきません。いつ見ても太陽面はのっぺりと白いままです。

実は、1645年から1715年頃にかけても、黒点がほとんど現れない期間が続きました。このことを見出した学者の名前を取って「マウンダー極小期」と呼ばれているこの時期、ヨーロッパではテムズ川が凍りつき、夏でも気温が上がらず、飢饉が毎年のように続きました。
黒点数との関連性ははっきりわかってはいないものの、この時期、地球は明らかに寒冷化していたのです。
1450年~1540年頃と1790年~1820年頃も黒点が少なく、それぞれシュペーラー極小期、ダルトン極小期と呼ばれています。この頃も、小氷期ともいうべき寒冷期でした。

地球温暖化が叫ばれていますが、このまま黒点が少ない期間が続くと、温暖化どころか、地球は寒冷化する可能性もあります。
もちろん、人間活動による温暖化、そして太陽活動による寒冷化双方共に、そのメカニズムは詳しくわかっていませんから、未来を占うことは困難です。仮に寒冷化に向かっているとしても、化石燃料の燃焼による二酸化炭素の増加は好ましい影響は与えませんので、現在の温暖化防止対策は継続・強化する必要があります。

それにしても、太陽活動がほんの少しだけ衰えただけで地球にそんな影響が出るなんて・・・すごいですよね。
人類をはじめ、地球上の生物の生殺与奪権は太陽が一手に握っているといっても過言ではありません。

人類が久々に経験することになるかもしれない太陽活動低下期。
どんな現象が起こるのか、怖いけれど、興味深いところです。

写真:西美濃天文台の太陽望遠鏡がとらえた太陽面

2008年11月24日

●地球と太陽の未来は?

一昨日は、黒点が一向に増えないことによる地球寒冷化の可能性について書きました。
11年周期の黒点数増減による寒冷期の到来、もう少し長期的には氷河期と温暖期が交互に訪れることなど、地球は(恐らく)太陽活動の影響を非常に大きく受けています。
それでは、もっと長期的には、地球の気候はどのように変化していくのでしょうか。

太陽は「主系列星」に属するごく平凡な恒星です。「主系列星」に属する恒星は、基本的には次第に明るく大きくなっていきます。
太陽も、数億年というスパンで考えるならば、活動は次第に活発化していきます。直径は少しずつ大きくなり、明るさも増大し続け、地球が受け取る熱量も確実に増えてゆきます。
地球の気温が上昇すれば、水の蒸発による水蒸気量増加によって雲が増え、わずかに気温を下げる役割を果たしますが、それも焼け石に水です。
人類の活動如何を問わず、いずれ地球の気温は生物が存在できないレベルまで上昇することでしょう。

そして、今から30億年~40億年後、最終的な破局が訪れます。
太陽が急激に膨張し始めるのです。
地球から見る太陽の大きさは現在の倍以上になり、その色は赤く変化していきます。
気温は急激に上昇し、南極と北極の氷の溶解により陸地の多くが水没します。
海水はやがて沸騰を始め、大気も宇宙空間へ蒸発していきます。
巨大化して水星や金星を飲み込んだ太陽は、空の半分以上の大きさとなり、40~50億年後には地球も太陽に飲み込まれてしまうのです。

以上が、現在考えられている太陽と地球の未来です。
その頃まで人類が存続していたとすれば、太陽の進化を制御したり、木星や土星の衛星などに移住することもできるかもしれません。

ただ、世界の現状を見る限り、人類という種がこれからも存続できる可能性は非常に少ないように思えます。もしかすると、私たちの子どもと孫の世代ぐらいまでが「人間らしい」生活ができる最後の人類かもしれません。その後は、資源や食料、水の奪い合いによる戦争、貧困、疫病、温暖化、環境悪化等によって人類の大半が死滅し、残った者も悲惨な暮らしを余儀なくされるのではないでしょうか。
どう考えても明るい未来は描けないのが、地球と人類の現状です。

2008年11月28日

●永遠の彗星捜索

先日、愛知県の天文台に勤める小学生時代からの旧い友人から久々に電話がありました。
いつものようにあれこれとりとめのないことを話すうち「最近、捜索、やってる?」という話題になりました。
これはいつものことで、彼も私も、いわゆる「コメット・ハンター」なのです。お互いに中学生の頃から続けていますから、もうウン十年になるでしょうか。

新天体の発見は、アマチュア天文家にとって非常に魅力ある観測分野です。
特に日本ではアマチュアによる新天体捜索が盛んで、彗星、小惑星、超新星、新星など多くの分野でたくさんの発見がなされてきました。
1980年代頃までは彗星の捜索が非常に盛んだったのですが、最近は傾向が変わり、新星を探す人が多くなっています。
というのは、かつて小望遠鏡でも努力を傾ければ発見が可能だった彗星が、天文台の大望遠鏡によってまだ地球から遠く暗いうちから発見されてしまうようになり、アマチュアによる発見の機会が皆無と言って良いほど激減してしまったからなのです。

「でもさ、俺たちはやっぱり彗星だよな」
私たちはそんな話をしました。
「新星の方が見つけやすいことはわかってるんだけどさ、ほら、新星って、結局ただの星でしょ。明るくなっても肉眼で見えるか見えないか程度だしさ、しっぽもないし」
「そうそう、いくら明るくなっても点像の星だもんね」
「それに比べると彗星は」
「尾がある。自分の名前がつく。大彗星になればそれこそ自分の業績が歴史に残る」
「やっぱさ、理想のパターンってこういうのじゃない? 晩秋の明け方に発見した10等の新彗星。軌道が計算されると地球と太陽に猛烈に接近してマイナス等級になることがわかった。地球に近づくのは3月の夕空。で、その彗星は確実に明るくなり、天文界のみならず一般peopleも巻き込んで世間は彗星一色」
「そうこうするうちにいよいよ地球に再接近、長い曇り空がようやく晴れた弥生の夕空に長さ60度に及ぶ長大な尾をひいた自分の彗星が・・・」
「光度は予想を上回るマイナス4等」
「うおーっ!」

夢ですねー。いわゆる男のロマンってやつですねー。
「見つかる確率はゼロに近いかもしれないけどさ、やっぱり男は彗星だよ」
「んだんだ」
てなわけで、いつもの馬鹿話は延々と続くのでした。

でも、ここ1年ほど、彗星捜索、してないんですよね。身辺にいろいろとあって、肉体的にも精神的にも余裕がない。15cm双眼鏡がかわいそう。

ようやく身辺も少し落ち着いてきたので、捜索を再開するつもりです。
がんばろう!

2008年11月29日

●金星と木星が接近

夕方の西空で、金星と木星が接近しつつあります。
最接近は12月1日ですが、その頃は天気が悪そうなので、とりあえず今日の夕方、撮ってみました。

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とはいえ、今日も午前中は快晴だったのですが、午後からは一転して変わりやすい天候となり、撮影の10分前までは雨が降っていました。
そのために、絶えず雲が流れ、地面からは水蒸気が立ち昇る悪条件でしたが、一応、撮影することができました。
金星の像が歪んでるって? 雲のせい、もありますが、ズームレンズで撮影したために収差が出てしまったようです。雨が上がってすぐに飛び出したために、単焦点レンズを家に忘れてしまったのです。

ともあれ、明るい惑星がこれだけ接近するとなかなかの見ものです。
12月1日にはもっと近づきますから「UFOだ」という通報があちこちの関係機関になされるかもしれません。
本当なんですよ。惑星同士の接近の際には、必ずこうした通報が天文台や警察に届きます。
通報者に「あれは惑星ですよ」と返答しても、「揺れ動いていた」とか「色が変わっていた」などと言い張って、どうしても譲らない人もいます。
低空の金星や木星は、大気の影響でちらちら揺れたり色が変化するように見えることがありますから、まんざらでもない観察力ともいえますが、それをすぐに「UFO=宇宙人の乗り物」」と結びつけるのは、いささか非科学的と言わざるを得ません。

12月1日、晴れるといいですね。
都会でも良く見えますから、南西の空が見渡せる場所で、ぜひ御覧になって下さい。

2008年12月01日

●月と金星、木星の接近

今日、夕方の西空に目を留めた方はけっこう多いのではないでしょうか。
暮れなずむ空に、三日月と金星、木星が接近し、きれいな三角形を描いていました。
どれも明るい天体ですから、思わず足を止めて見てしまった方もいると思います。

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明日の晩には、月はもう少し太って、東の方へだいぶ離れてしまいます。月は毎日、次第に東へと移動してゆくのです。
金星は、少しずつ高度を上げつつあります。年末から来年には、夕空のさらに高いところで、まさに「宵の明星」にふさわしい輝きを放つようになります。
木星は、地球からの距離が遠いため、星座の中での動きはゆっくりです。これからは次第に西の空へ低くなり、年明けには見えなくなってしまいます。
このように月や惑星が星空の中を動いてゆく理由は、月は地球を回り、惑星は太陽を回ってゆくことによります。さらに地球も太陽を回っていますから、惑星の見かけの動きは複雑なものになります。
「惑星」という呼び名は、まさに「惑う星」。星空の中を西へ東へ迷っているように動くことから名づけられました。
金星は太陽に近く、見えている時間が短いため、星空の中での動きを観察することは難しいですが、地球に近く真夜中でも見える火星は、惑星の複雑な動きを観察するのにとても適した天体です。毎晩、観察していると、名前のとおり星座の中をふらふらと動き回るようすがよくわかります。

本当はもっと夕焼けが残っている時間帯に撮影したかったのですが、仕事が終わるとすっかり暗くなってしまっていました。いろいろ撮りましたが、とりあえず300mm望遠レンズで撮ったものを掲載します。

2008年12月03日

●見上げた空に流れ星

何日か前、寝る前に空を見上げたとたんに流星を見ました。
冬の代表的な星座である「オリオン座」が南東の空に高く昇っており、流星はそんな
オリオン座のすぐ下にある「うさぎ座」に出現したのでした。
明るさは3等ほど、経路を逆にたどると「おうし座」のヒアデス星団付近から放射したようです。そろそろ活動も終息を迎える「おうし座流星群」の流星でした。

「私、流れ星って一度もみたことがないんです」
あちこちで星の講演をしていると、そんな声をよく聞きます。
流星って、そんなに見にくいものなのでしょうか。

流星の出現数は、春は少なく、夏から秋にかけて多いのが特徴です。
流星は、毎年決まった時期にたくさんの流星を飛ばす「流星群」に属するものと、そうでない「散在流星」に分けられますが、春は活発な流星群があまりなく、散在流星も少ないために、全体として見られる流星数が少なくなります。
春は平均して1時間に5個以下しか流星を見ることができません。

これに対して夏は散在流星も増加し、流星群も活発なものがいくつも重複して活動します。毎年、お盆の頃に見られる「ペルセウス座流星群」などは、空気の澄んだ場所ならば1時間に100個近くの流星を飛ばします。平均しても1時間に20個程度は見ることができるはずです。

秋も、さほど大きな流星群はないものの、やはりいくつもの流星群が重複して活動しますから、1時間あたり15個程度は見ることが可能です。

冬は、12月の中旬に活動する「ふたご座流星群」が白眉でしょう。私は以前に、1時間に130個ほどの出現を観測したことがあります。

ということは、流れ星をたくさん見たいという方は、春より夏から秋、そして大きな流星群の極大日(もっともたくさん出現する日=概ね毎年決まっています)を選んで夜空を見上げることが大切ということですね。
もちろん、雲が多かったり明るい月が出ている晩にはあまり流星は見えません。街灯やネオンサインがピカピカの都会でも見えにくいことはもちろんです。

「じゃあ、今月のふたご座流星群に期待だね」と思われた方。
残念ながら今年のふたご座流星群は満月が一晩中、煌々と夜空を照らしています。
眠さと寒さをガマンできる方は、明けて1月4日の明け方に見られる「しぶんぎ座流星群」をご覧になると良いですよ。田舎で見れば、1時間に50個以上の流星を数えることができます。
この流星群については、またこのブログでもご案内しますね。

2008年12月10日

●オリオン座大星雲あれこれ

オリオン座がきれいに見える季節となってきました。
1等星を二つも含むこの星座は、星座の中央部に「オリオン座大星雲」という肉眼でも確認できるガス星雲があることでも有名です。
オリオン座大星雲は、宇宙空間の濃い水素ガスの集まりで、鳥が羽を広げたような形をしています。
通常、こうしたガス星雲は非常に淡くて、写真には写りこそすれ人間の目で見ることができるものはほとんどありません。ところが、オリオン座大星雲は三ツ星の下に肉眼でもちゃんと見えますし、望遠鏡を使えば、空の明るい街中でもぼんやりと輝く姿をしっかり見ることができるという、文字通りの「大星雲」なのです。

星雲の中心部では、盛んに星が生まれています。ハッブル宇宙望遠鏡などによる画像では、生まれたばかりの星がガスの中で輝いているようすがはっきりとわかります。
実を言えば、オリオン座の主な星は、ほとんどがこの星雲の中から生まれてきたものです。
肉眼で見える星の中で生まれ育ちが異なるのは、赤い1等星のベテルギウスだけ。他の星は、どれもがオリオン座大星雲から生まれ出て、長い年月をかけて宇宙空間に拡散していったものなのです。

このオリオン座大星雲、眼視や短時間露出の写真では、三ツ星の下に小さく映ずるだけですが、長時間露出の写真では、オリオン座全体を包むように広がっていることがわかります。
その意味では、オリオン座そのものが、この星雲から生まれ出た巨大な散開星団ということができます。地球からの距離が非常に近いために、明るい星を多く含む星座として見えるわけで、もう少し遠くからオリオン座を眺めたら、ちょうどプレアデス星団(すばる)のように、明るい星がバラバラと集まった美しい星団として見えるはずなのです。

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写真は、20cm屈折望遠鏡で撮影しました。
写真では赤く映りますが、眼視では目の感光特性から赤くは見えず、青白、もしくは青緑色に見えます。
よく「最高に澄んだ夜空の下ではわずかに赤く見える」などという人がいますが、人間の目は水素の波長が出す赤い光に感度がまったくありませんから、これは根拠のない思い込みということになります。
眼視で青白く見えるのは、酸素の出す輝線を見ているためです。
私は、眼視で見る青白いオリオン座大星雲の方が、透徹した冬の夜空に似合っているようで好きです。

それにしても、澄んだ夜空の下、大きな望遠鏡で見るこの星雲は圧巻の一言に尽きます。
空の暗い公開天文台へ行かれる機会があったら、心ゆくまでこの星雲の複雑なディテールを楽しんでほしいと思います。

2008年12月16日

●大流星雨の夢、再び!

2001年11月、日本の夜に華麗な大流星雨を降らせた「しし座流星群」。
母天体であるテンペル・タットル彗星も遠ざかり、もう活発な出現はないと思われていましたが、もしかすると来年、ふたたび流星雨が見られるかも知れないという期待がひそかに高まっています。

毎年、同じ時期に見ることができる流星群の活動は、彗星が軌道上にばらまいた細かいチリの帯と地球軌道が公差することによっておこります。
そうしたチリの帯のことを「ダストトレイル」と呼んでいますが、テンペル・タットル彗星が33年の周期で太陽に接近するたびにばらまいたダストトレイルは、惑星の引力などさまざまな要因で少しずつ異なった軌道を描いて太陽を回っています。ひとくくりに「しし座流星群」といっても、その実態は33年ごとに放出されたたくさんのダストトレイルの集合体というわけなのですね。
2001年は、そうしたダストトレイルのひとつが、たまたま地球と大きく接近したためにあのような大流星雨を見せたわけです。

実は今年も、そうしたダストトレイルのひとつと地球が接近し、1時間に100個前後というやや活発な出現が観測されました。
そして来年は、1466年にテンペル・タットル彗星が放出したダストトレイルの中心部を地球が通過することがわかっています。
そのために、1時間に500個超の流星雨が見られる可能性があるのです。

今のところ、活発な出現が見られるのは、日本時間で11月18日の6時40分前後と予報されています。
中国が最も適した観測地となるのですが、予報の前後数時間は活発な活動が続くと見られていますから、日本でも18日の未明、1時間あたり数百個の流星雨が見られる可能性があります。
2001年同様、来年も邪魔な月明かりはありません。問題は天候だけというわけです。

以前はあまり当たらなかった流星群の出現予測は、ダストトレイル理論の研究によって非常に当たるようになってきました。
ということは、かなりの確率で来年、流星雨が見られる期待が高まっているのです。

2001年の感動を再び、と思われる方、11月17日~18日は今から他の用事を入れないようにしておきましょう。
もちろん私も、何をおいても観測するつもりでいます。

2008年12月29日

●月と水星、木星の接近

夕方、月と木星、水星の接近を撮影しました。
実は今日の昼過ぎ、水星が月齢2の月に隠される現象が起こったのですが、ちょうどその時間帯だけ雲が出ていて見ることができませんでした。
でも、水星食が起こったということは、夕方、暗くなった時点で月のすぐ近くに水星があるということになります。
ということで、暗くなり始めるのを待って、地動説を唱えたコペルニクスも見ることがなかったという水星を、月を頼りに探すことにしました。

081229suisei.JPG

透明度が良かったので月は肉眼で簡単に見つかり、双眼鏡を向けると、月のすぐ上に木星、すぐ下に水星が明るく見えていました。月をはさんで、ちょうど良い構図です。

早速カメラを持ち出し、家のすぐ近くで露出を変えながら続けて撮影。
薄明時間帯で露出が難しい現象ですが、そこはデジカメの利点を生かして撮影のたびに画像を確認、そこそこ適正露出を得ることができました。
これが以前のようなフィルムカメラだったら、現像が上がるまで結果がわからなかったのですから、薄明時間帯の現象にはデジカメ様様です。

水星は間もなく、夕方の西空でもっとも太陽から離れる「東方最大離角」を迎えます。
西の低空が開けた場所で、太陽の沈んだ方角を双眼鏡で探せば、透明度さえ良ければ街中でも見つかりますので、いつも太陽のすぐ近くにいてなかなか見るチャンスのない水星を、この年末からお正月に、ぜひ見ていただきたいと思います。

写真:12月29日 17時37分 EOS KissDX(200mm F5.0) 露出1/4秒 ISO800

2008年12月31日

●日本天文学会創立100周年記念切手

カミさんが「日本天文学会創立100周年記念」の切手シートを買ってきました。

kitte1.jpg

80円切手の10枚シートで「太陽系の天体」として水星から海王星までの惑星と小惑星を描いた切手が2枚と、岩崎一彰さんの天体画を背景に「すざく」「はやぶさ」「すばる望遠鏡」「野辺山45m電波望遠鏡」を描いた切手が8枚のセットになっています。
なかなかいい感じの切手シートで、一枚だけ切り離して使ってしまう気にはなれません。
このままコレクションにしてしまいそうです。私と同じく使用せずコレクションしてしまう人が、かなり多いような気がします。

最近、日本でも宇宙を描いた切手が増えてきていますが、世界の切手事情を見ると、まだまだ少ないようです。
西美濃プラネタリウムでは、世界の天文切手をコレクション・展示していますが、なぜか発展途上国で天文に関する切手の発行が多く、いわゆる先進国では切手の総発行数の割に天文に関するものは多くありません。
その理由はよくわかりません。発展途上国だからこそ、先端の科学に憧れる気持ちがあるのかもしれませんね。

「日本天文学界創立100周年」の切手シート、まだ郵便局で売っていると思います。
興味のある方はぜひお買い求めください。

と、ここまで書いて近況です。

仕事納め頃から体調不良が続き、せっかくの年末休みにもかかわらず家にこもっています。
本当は29日から東京へ帰省するつもりだったのですが、胃腸の不調が治らず、カミさんと娘だけ帰省させて私は居残りになってしまいました。
東京の友だちと会う予定もあったのにすごく残念です。
思えば今年は公私共にさまざまなことがあり、仕事中は気を張っていたものの、さすがに年末になってぷつんと切れてしまったようです。
今朝からはだいぶ回復してきましたが、ウチには猫が7匹、うさぎが1羽いるために家族の誰かがその世話で残っていなければならず、この年末年始は帰省できずに終わりそうです。

ちょっと情けない年末となってしまいましたが、今年も一年間、このブログを読んでいただいてありがとうございました。

2009年01月15日

●金星が東方最大離角

このところ、夕方の西の空に非常に明るい星が光っているのが目にとまります。
「宵の明星」として有名な金星です。昔の中国では「太白」と呼ばれており、名前の通り本当に明るく輝いていますから、街灯やネオンサイン等で明るい都会でもすぐに見つけることができます。
地球と同じく太陽を回っている惑星の仲間で、地球よりひとつ太陽寄りを回っています。

そんな金星が、今夜、見かけ上、太陽から最も離れる「東方最大離角」となります。
天体同士の間隔を表すには角度を使います。これは、見かけの夜空を半球と規定しているためです。地平線から地平線までは180度になります。
今夜、太陽と金星の間隔は約45度。
地球よりも内側の軌道を回っている金星は、これ以上、太陽から離れることはありません。

今夜を過ぎると、太陽と金星の間隔はふたたび狭まってゆき、3月末には太陽とほぼ重なって見えなくなってしまいます。
それ以降の金星は、明け方の東の空に見えるようになります。
金星は、夕方の西天に見えるときと明け方の東天に見えるのを繰り返しているのです。

今夜の金星を天体望遠鏡で見ると半月状に見えます。
地球よりも太陽寄りを回っている金星と水星は、月のように満ち欠けをするのです。
これから金星は、次第に三日月状に細くなっていきます。
天体望遠鏡を覗く機会があったら、ぜひ夕方の金星をご覧下さいね。

2009年01月22日

●冬の夜空の小さな星座

冬の星座といえば「オリオン座」が有名です。
他には、全天一の輝星シリウスを擁する「おおいぬ座」、プレアデス星団(すばる)を含む「おうし座」あたりがよく知られているところでしょうか。

私も、もちろんこうしたメジャーな星座は好きですが、豪華な冬の夜空にひっそりと隠れている小さな星座も好きです。

皆さんは「うさぎ座」って知っていますか。
オリオン座の足もとにある、最も明るい星でも3等星という目立たない星座です。
アルファ星は「アルネブ」といい、アラビア語で「うさぎ」という意味があります。
暗い星ばかりですが、星を結んでいくと、ちゃんとうさぎの姿ができあがる形の整った星座です。うさぎの赤い目を連想させる「クリムゾンスター」という真っ赤な星も含んでいます。

こんな「うさぎ座」の南には「はと座」があります。
「うさぎ座」以上に目立たない星座ですが、神の怒りによる長い洪水を逃れた「ノアの箱船」から放たれ、最初に陸地を見つけたのがこの鳩だというお話しが伝わっています。

もうひとつ、小さいけれどとっても目立つ星座をご紹介。
それは「こいぬ座」です。
肉眼でわかる星は2つしかないのですが、そのうちひとつが、「オリオン座」のベテルギウス、「おおいぬ座」のシリウスとあわせて「冬の大三角」を形づくる1等星「プロキオン」なのです。
小さなかわいい犬の姿に描かれるこの星座、実は飼い主を噛み殺した猛犬といわれています。
もうひとつの星はゴメイザといい、「泣き濡れた瞳」というどことなくロマンチックな意味を持っています。

「うさぎ座」と「はと座」は、オリオン座の南(下)にあって探しやすいし、1等星のプロキオンを含む「こいぬ座」は都会でも簡単に見つかります。
晴れた晩、こんな小さな星座を探してみるのも楽しいですよ。

おまけ☆ウチで飼っているうさぎのアルネ君、うさぎ座のα星「アルネブ」から命名しました・・・。

2009年01月24日

●ファミスコで月を撮る

知事選挙や他のお仕事で、天文活動がほとんどできないので・・・ちょっと前に「ファミスコ60」で撮った月の写真などを・・・。

famiscomoon1.jpg

ファミスコは、ハレー彗星の頃におもちゃメーカーのトミーから発売された、口径6cm、焦点距離400mmのアクロマート屈折望遠鏡です。
おもちゃメーカー製、といっても馬鹿にしてはいけません。眼視にも写真にも使えるように設計された光学系は、シャープで色収差の少ない見事な像を結びます。
私は一時、「ファミスコで彗星を発見したらヒーローじゃ」と思い、彗星捜しに愛用したこともあります。K20mmアイピースをつけると、実視野2度、周辺部まできれいな星像で快適な捜索ができました。

今でも軽い観望にときどき使用しています。
この月の写真は直焦点で撮影したものですが、さすがに400mmの焦点距離ではスケールが小さく、あまり見映えがしません。
でも、色収差がほとんど見られないのはさすがだと思いませんか。
ちなみに、若干シャープ処理を行った他はほとんど画像処理なしです。

こんなすばらしいファミスコですが、一点だけウィークポイントがありました。
以前に太陽を投影したら、熱で鏡筒内部がちょっと溶けてしまいました。
考えてみればすべてプラスチック製のファミスコ、太陽に向けてはいけないことは当然ですよね。
すぐに気づいたので大事に至ることはありませんでしたが・・・。

2009年02月03日

●しし座を見る宿直

昨夜は宿直でした。毎月2回ほど、役場に泊り込むお仕事です。

夕方から曇ってきたので星は見えないだろうと思っていましたが、23時頃に外に出てみると透明度は悪いながら晴れていました。
しし座が高く昇り、後ろ足のあたりには土星が輝いています。
南東の空にはスピカが思いのほか明るく光っていて、そういえばスピカの東側にはルーリン彗星が見えているはずだなあと思いながら、宿直室を長く離れているわけにもゆかず、しばらくボケッと肉眼で夜空を眺めていました。

そう、ちょうど環を真横から見る位置となり、ほとんど環が見えなくなっている土星も、ルーリン彗星もじっくり見たいのですが、いかんせん忙しくて星を見る時間がなかなかとれません。
1月は結局、正月休み以降まともに休んだのは1日だけでした。
2月にはまた選挙があるし、定額給付金関係の仕事もありそうだし、相変わらず忙しい日々が続きそうです。
3月には少し暇ができると思っているのですが・・・。

2009年02月07日

●ルーリン彗星を見る

2月下旬に地球に接近して明るくなることが期待されている「ルーリン彗星」を、今朝、ようやく観測しました。
ここ数日、この彗星を見るべく、毎日、明け方に起きていたのですが、ずっと天気が悪く見ることができずにいました。
今朝は5時半に目が覚めました。少々寝すぎてしまい、大きな望遠鏡を組み立てる時間がなかったため、口径6センチ、焦点距離400mmの屈折望遠鏡「ファミスコ60」で彗星のある「てんびん座」を探すとすぐに見つかりました。

fami1.JPG

空の暗い場所ではうっすらと短い尾も見えるようですが、自宅の条件では全光度6等、視直径15分ほどの丸い姿が見えたのみでした。大きな球状星団という感じです。
地球との距離が近いためか拡散しており全体的に輝きのないボヤッとしたイメージ。
最も接近する下旬には明るくなるかわりにさらに拡散して、案外見づらくなる可能性もありそうです。
現在、4等まで明るくなると期待されていますが、拡散することを考えると、実際には5等程度に見えるのではないでしょうか。

彗星は現在、明け方、真南に見える「てんびん座」に見えていますが、これからは天球上での動きを速め、おとめ座、しし座へと移動します。
それだけ見える時刻も早くなり、地球に際接近する2月26日前後は一晩中見えるようになります。
その頃には月明かりもなくなりますので、双眼鏡でも見えるようになりそうです。
現在は、残念ながら小さな双眼鏡ではベテラン以外は見つけられないでしょう。

写真:ファミスコ60。お手軽高性能です。

2009年02月19日

●今朝のルーリン彗星

地球に接近して明るくなることが期待されているルーリン彗星。
このところ天候が悪くて見られずにいましたが、今朝というか昨夜というか、午前2時過ぎ、自宅から見ることができました。
機材は、このところ活躍している「ファミスコ60」。
「おとめ座」の1等星であるスピカの近くにいましたので、すぐに見つかりました。

ちょっとは明るくなってるかな、と期待したのですが、明るさは5等半ほど、あまり明るくなっていませんでした。
地球に接近しつつあるため、大きさは月の半分程度もありましたが、霧の塊のようにぼやっと拡散し、中央集光も低いため、あまりパッとした印象はありません。
ただ、短い尾が見えていました。尾の方向に彗星本体(コマ)の明るさが引っ張られているため、ともすれば彗星が細長い形状をしているようにも見えます。

来週には地球に最接近しますが、このままの状態だと、見かけの大きさばかり大きくなって、かえって朦朧として見づらい姿になってしまいまそうです。
ただ、何が起こるかわからないのが彗星の面白いところ。
百武彗星のように核の一部が太陽熱の影響で剥がれ落ちて新鮮な内部が露出、爆発的に増光することも考えられます。
大化けすることを期待したいですね。

彗星はこれから先、「おとめ座」から「しし座」へと足早に移動していきます。
「しし座」の1等星レグルスや土星にも近づきますから、双眼鏡があれば見つけることができるでしょう。

国立天文台では「ルーリン彗星見えるかな」キャンペーンも行っています。
詳しくは国立天文台のホームページをご覧下さい。

2009年02月26日

●最接近のルーリン彗星

昨夜は天候が悪く、就寝するまで星は見えませんでしたが、午前2時に目が覚めてみると、透明度は悪いながらもけっこう晴れていました。
ちょうどルーリン彗星が地球に最接近していますので、どんな様子かなと思い、双眼鏡とファミスコで見てみました。
7倍40mmの双眼鏡でも簡単に見つかりましたが、透明度が悪いために肉眼では見えませんでした。
大きさは月の半分程度、相変わらず拡散しています。
明るさは全光度で5等程度でしょうか。
双眼鏡では尾はわからず、ファミスコでは20分程度の尾が見えていました。
赤道儀を組み立てて撮影しようかな、とも思いましたが、この透明度では写りは期待できず、明日、というか今日も仕事ということもあり、観望のみに終わりました。
多忙と悪天候のため、いつも自宅から観望しているだけで一度も空の暗い場所で見ていません。
あまりパッとしない彗星ではありますが、一度は暗い空で見なきゃなあとは思います。

2009年02月28日

●美濃市での観望会

今夜は、美濃市での観望会にボランティアで参加してきました。
昼間は薄雲が多いながら「何とか月と金星ぐらいは見えるかな」という天候だったのですが、現地に到着してしばらくは接近した細い月と金星が薄雲越しに見えていたものの、しばらくすると見えなくなってしまい、結局、1等星すら見えない状況での観望会となりました。

参加者は親子で25人ほど。
名古屋市科学館のボランティアをしている女の子が日食等についてのお話をした後は、それぞれの望遠鏡で地上の景色を見てもらい、望遠鏡による見え方(倍率、視野の広さ、倒立像か正立像かなど)の違いを体感してもらったり、参加者が持ってきた望遠鏡の使い方指導などを行いました。

望遠鏡は、ミニボーグから32cmドブソニアン、15センチ双眼鏡など多彩。
天文屋さんなら望遠鏡見物だけで満足してしまうほどさまざまな機種が揃いました。

星は見えなかったものの、参加者は満足してくれたようで、初夏までにもう一度、観望会を企画するとのことになりました。
観望会終了後は、望遠鏡を持ち寄ったメンバーが集い天文談義。
天体写真はデジタルか銀塩かという話では、印画紙への焼付けの際に行っていた「覆い焼き」を知らない若い子がいたりして、時代の変化をひしひしと感じたものでした。(覆い焼き・・・月の欠け際など極端な光量差のある画像の描写性を向上させるために、引き伸ばし機から印画紙への光路の一部を遮蔽するなどしてアナログ的に階調を豊富にするテクニック・・・って、知らない人にはやっぱり何のことやらわかりませんね)

気温が高く、楽な観望会でした。
遠ざかりつつあるルーリン彗星、参加者に見てもらいたかったのですが・・・。

2009年03月02日

●天気が悪い!

昼間は天気が良くても、夜になるとクモクモという日が続いています。

昨夜もそうでした。
夕方はけっこう晴れてきて「今夜はルーリン彗星が見えるかな」と思っていたのですが、夜になると北から次々に雲が湧いてきて・・・。

でも、22時過ぎ、けっこう大きな雲の切れ間が来たので、とりあえず、と思い、ルーリン彗星を撮影しました。

rurin090301c.jpg

でも、困ったことに、雲で北極星が見えない!
加えて、流れてくる雲で彗星付近は2分と晴れ間が続かない・・・。

勘で極軸を合わせて撮影したところ、2分露出でも僅かに星が流れるので、また勘で微修正。
で、雲の切れ間から撮影したのですが、1分露出するともう全天クモクモ。
というわけで、結局、1分露出を1枚しか撮れませんでした。
機材は、あのファミスコ60です。
焦点距離は400mm。ペンタックスSDUFのようなキレはありませんが、けっこういい像だと思います。
でも、鏡筒全体を回してピントを合わせるので、微妙なピント合わせが難しいんですよね。

今日も夕方までは快晴でしたが、夜になるとベタ曇り。
月も大きくなるし、ルーリン彗星もそろそろ終わりのようです。

2009年03月21日

●1年ぶりの彗星捜索

昨夜はよく晴れていましたので、藤橋まで15センチ双眼鏡と共に出かけました。
南西の空が開けた某所に双眼鏡を設置し、山の稜線の上から水平捜索を始めます。
捜索をするのは実に1年ぶり以上です。このところ公私共に恐ろしく多忙で、星を見る余裕がほとんどなかったのです。

視野の中を静かに動いてゆく微星を見つめるうち、心が次第に澄んでゆくのを感じます。
シンチレーションで瞬く星のひとつひとつが、ひどく懐かしい気がします。

「いまどき眼視で彗星捜索なんて・・・」と思われそうですね。
「彗星はもうアマチュアには見つからないよ。大望遠鏡によるサーベイですべて発見される時代だよ」
「真天体を見つけたいのなら彗星じゃなくて新星か超新星の方がまだ可能性があるよ」
こう思われた方、正しいです。確かに眼視による彗星発見はよほどの奇跡でも起こらない限りまず不可能になってしまいました。
でも私は、眼視にこだわりたいのです。もちろん、彗星は見つけづらいから新星や超新星に転向などというポリシーのないことはしたくありません。
というわけで、いささか時代遅れかもしれませんが、自分の目だけを頼りに、ふたたび彗星捜索を再開したわけなのです。

うさぎ座の球状星団M79をとらえ、視野は、おおいぬ座からさらに南へと進みます。
おおいぬ座、とも座付近は散開星団や小さな散光星雲の多いところで、視野を動かすたび、さまざまな姿をした星雲星団が入ってきます。
とも座のゼータ星付近に見慣れた星団が入ってきました。NGC2477、私が生まれた晩、関勉さんが、この星団のすぐ近傍に「関・ラインズ彗星」を発見しています。この星域に限らず、かつて新彗星が発見された星域に視野が向くと、なぜ知らず緊張してしまいます。
この星団の北には、8等星を囲むようにぼんやり滲んだNGC2467。誰も知らないごく小さな散光星雲です。
さらに視野を進めると、おおいぬ座タウ星を取り囲む小さな散開星団NGC2362が入ってきました。繊細かつあでやかなこの星団は、私の好きな天体の一つです。

1時間ほどの捜索を終えると、オリオン座がだいぶ西へ傾いていました。
東の空には、しし座が高くかかり、「もう春なのだな」と思いながら双眼鏡を片付けました。

2009年03月22日

●薄曇りのメシエマラソン

昨夜は、天文同好会の例会を兼ねたメシエマラソンでした。
昼間は快晴だったのですが、夜に入って薄雲が次第に濃くなり、見上げる夜空には数えるほどしか星が見えない状況。
望遠鏡を組み立てるかどうか迷ったものの、とりあえず私は15センチ双眼鏡をセッティング。
雲の切れ間から、何とかM35(ふたご座の散開星団)、M81・82(おおぐま座の銀河)、M3(りょうけん座の球状星団)をとらえたところで全天、曇ってしまいました。

傍らでは、HさんがNJP赤道儀にC-14シュミカセをセッティング。
また、Oさんが32センチドブソニアンを組み上げ、それぞれの望遠鏡で土星を見せていただきました。
環を真横から見る位置にある土星は、串刺しのお団子のよう。
大口径で見るその姿は格別でした。

その後は寒い中、あれこれ天文夜話。
天気予報では夜は絶望的だったにもかかわらず、とりあえず晴れたしいくつかの天体も見ることができたので、まあ成功だったんじゃないの、ということになりました。
寒くても曇っていても、仲間が集っていっしょに夜空を見上げるのは楽しいものです。

メシエマラソン:全天に109個あるM(メシエ)天体を、一晩のうちにいくつ見ることができるかを競うもの。

2009年04月03日

●アインシュタインロマン

先日、ビッグ・ウェンズデーのサントラ盤をようやく入手したことを書きました。
とてもラッキーだったのですが、さらにそれからしばらくして、やはり長年、探し続けていたもう一枚のCDを入手できました。

だいぶ以前にNHKテレビで放送していた「アインシュタインロマン」という番組をご存知でしょうか。
この番組のサントラが、それはそれは「大宇宙」を想起させるすばらしいものなのですが、すでに絶版となって久しく、新品はもちろん中古も入手がほぼ不可能な状態となっていました。
もともと販売された数が極端に少なく、知る人ぞ知る超レアものだったのです。

ところが、つい最近、ある方の好意で入手することが叶いました。
毎晩のように聴いていますが、聴けば聴くほど感動が増してきます。

この作品を楽しむ最高の場所は・・・プラネタリウム!
満天の星を映し出し、大音量で聴く「アインシュタインロマン」は、まさに至福のひとときです。
とにかくすばらしいので、ぜひ星が好きな多くの方に聴いていただきたい作品です。

ビッグ・ウェンズデーの話題の際にも書きましたが、やはり諦めずに探し続けることが肝要ですね。

2009年04月10日

●この画像は・・・?

何やら不思議でSF的な画像が・・・。

focus1.jpg

実はコレ、地球を離れること123億光年の彼方にある惑星状星雲HAS27-b2cの内部構造を撮影した世界初の画像です。

・・・なんていうのは真っ赤な嘘で、以前にフォトショップをごちゃごちゃいじりながら作った宇宙的雰囲気の画像です。
とはいってもお絵かきをしたわけではなくて、元になっている画像はちゃんとあります。
皆さん誰でも知っている自然の風景を撮影した画像を細工したものなのですが、元画像が何を写したものなのか、わかる方はいますでしょうか。

2009年04月11日

●この画像は・・・?(その2)

またSF的な画像を・・・。

flash2.jpg

これは、アンドロメダ銀河の中心から約3万光年の宙域にある恒星「H34-205」付近の様子です。
H34-205の強い恒星風によって星間物質が吹き飛ばされ、電離して輝いているのを撮影した貴重な画像です。

・・・なんてはずはありませんね。
これも、昨日と同じ素材の画像をフォトショップで加工して作ったものです。
あくまで遊びですから「インチキだあ!」なんて騒がないで下さいね。

で、種明かしをしましょう。
元画像は「浜辺の波」です。
砂浜に打ち寄せる波を撮影した画像に、コントラスト調整やトーンカーブ調製やその他さまざまな加工を施しました。

黒カセのHさんや都城人さんが指摘された「桜」も素材としてはいいですね。
波を撮影しているので、「水面に映っている・・・」という都城人さんの推測は、なかなか核心をついています。

というわけで、何の意味もない記事ですみません。

でも、どこか星好きの人の心をくすぐるエキセントリックな画像でしょ。

●この画像は・・・?(その2)

またSF的な画像を・・・。

flash2.jpg

これは、アンドロメダ銀河の中心から約3万光年の宙域にある恒星「H34-205」付近の様子です。
H34-205の強い恒星風によって星間物質が吹き飛ばされ、電離して輝いているのを撮影した貴重な画像です。

・・・なんてはずはありませんね。
これも、昨日と同じ素材の画像をフォトショップで加工して作ったものです。
あくまで遊びですから「インチキだあ!」なんて騒がないで下さいね。

で、種明かしをしましょう。
元画像は「浜辺の波」です。
砂浜に打ち寄せる波を撮影した画像に、コントラスト調整やトーンカーブ調製やその他さまざまな加工を施しました。

黒カセのHさんや都城人さんが指摘された「桜」も素材としてはいいですね。
波を撮影しているので、「水面に映っている・・・」という都城人さんの推測は、なかなか核心をついています。

というわけで、何の意味もない記事ですみません。

でも、どこか星好きの人の心をくすぐるエキセントリックな画像でしょ。

2009年04月25日

●ニコン8cm屈折望遠鏡

先日、勤務先の揖斐川歴史民俗資料館で古文書に関する講演会がありました。
演者は、中学校の先生で私と同い年。
その方は天文ファンでもあり、会話は自然に古文書から天文へ・・・。
最近の土星の環の見え具合や好きな天体などの話から、やがて天体望遠鏡へと話は発展し、その方が持っている望遠鏡が、なんと往年の名機、ニコン8cm屈折赤道儀であることが判明しました。

8cma.jpg

現在では民生用の天体望遠鏡は販売していないニコンですが、1980年代までニコンの名に恥じない超高性能の屈折望遠鏡を製造販売していました。
その方が持っている8cm屈折赤道儀は、私が天文を始めた頃、憧れの的だった望遠鏡です。
1972年当時の価格は、265,000円。
口径80mm、焦点距離1200mm(F15)のアクロマートという正統的な設計で、レンズは折り紙つき、赤道儀も、華奢なものばかりだった当時としては剛性とデザイン性に優れたものでした。
その頃、私が小遣いをはたいて買ったミザールの6cm屈折が12,000円でしたから、ニコン8cm屈折がいかに高級品であったかおわかりいただけると思います。
その後、ニコンはいくつかの天体望遠鏡を発売しましたが、性能的にもデザイン的にも、インパクトは8cm屈折がいちばんでした。

その方は、今は忙しくて望遠鏡は使っていないとのことでした。
それでも大いに話は盛り上がり、お近くに住んでいることもあって、近々、いっしょに星を見ましょうということになりました。
ニコン8cm屈折は、実はまだ覗いたことがありません。その後に発売されたニコン製望遠鏡は、いずれも、やや黄色味を帯びた平坦で非常にシャープな、非の打ち所のない像を結びましたから、8cm屈折も、世界のニコンのブランドに恥じない素晴らしい星像を見せてくれるのではないかと期待しています。

それにしても、古文書の講師の先生と天文話ができるとは思いもよりませんでした。
いっしょにいた人たちは、「ここは本当に歴史民俗資料館なの? ぜんぜん話の内容がわかりません」と、呆然としていました(笑)。

写真:ニコン8cm望遠鏡のカタログより

2009年05月01日

●忙中閑あり、土星を楽しむ。

昨日は休みだったにもかかわらず忙しい一日でした。

午前中は文化財関係の仕事の電話とメールを数件、それから天文関係のメールをあちこちに。
午後は文化財の仕事の関係で設計事務所に赴いて打ち合わせ。
夕方から夜は出版の企画会議。
夕食を食べてから揖斐川歴史民俗資料館の駐車場で仲間内の観望会。

観望会では、好シーイングの下、月と土星を楽しみました。
8月に環の消失を控えた土星は、細い環の影が本体にくっきりと落ちて、すばらしい眺めでした。
土星を見ると、いつもしんと静かな気持ちになります。
同じようなガス惑星でも、木星ではそうした心持にはなりません。
環があるだけでなく、土星は不思議な魔力を湛えているように思えます。

月の近くには、ふたご座のカストルとポルックス、真南の空には、おとめ座のスピカが純白の輝きを放ち、北天高くには北斗七星が昇りつめ、やや冷たい春の夜気の中で見上げる星空は美しいものでした。

Hさん、MT-160、すごく良く見えましたヨ。
Nさんの自動導入も良いですね。
西美濃天文台の60cmしか自動導入の機材を使用したことのない私ですが、個人用に自動導入の経緯台が欲しくなってしまいました。観望会にはたしかに手軽でセッティングがすばやくできてgoodですね。

2009年05月10日

●満月の晩に見えるモノ

ここ二日ほど天気が良くて、夜になるとほとんど欠けていない大きな月がきれいです。
こんな満月の頃になると、よく言われます。
「満月の晩は、月の観察に適しているんでしょうね」
まん丸に煌々と輝く満月を見ると、たしかにそう思いますね。

でも。
実は満月の晩は月の観察にあまり適していないんです。
というのは、満月は太陽が真正面から月面を照らしていますから、月面に影ができず、地形の細かな凹凸がわかりづらいんですね。
太陽が斜めから月面を照らし出す半月の頃だと、逆に欠け際の地形がよくわかります。
隕石の落ちた跡のクレーター、高さ2000mを超える山脈、さらに「海」と呼ばれる暗く平坦な低地(月のウサギを形づくっている暗い部分です)の中にうねうねと伸びる皺状の地形や低いドーム状の盛り上がりなど、太陽高度が低い欠け際部分でしか詳細に見ることができません。
ですから、月の観察をしようと思ったならば、満月は避けた方が良いのです。

full moon7.jpg

ただ、満月の頃が最も観察に適している地形もあります。
それは、比較的新しくできたクレーターから放射状に伸びる「光条」と呼ばれる地形です。
月面に隕石が激しく衝突した際にえぐり取られた月表面の物質が、衝撃で周囲に飛散してできた地形ですが、この光条は満月近くになるほど白く輝きが際だちます。
写真でも、左下にある「ティコ」というクレーターから伸びる光条がおわかりいただけると思います。

今夜も、大きな月が間もなく昇ってきます。
光条は目のいい方なら肉眼でわかりますし、双眼鏡があればもっとよくわかります。
ちょこっと外に出て光条を確認してみて下さい。

2009年05月25日

●人生最大の失敗!

毎年、5月になると大学生の頃の失敗談を思い出します。大笑いの失敗談です。
大学生の頃でした。
東京では星が見えませんから、週末になると仲間と長野や山梨に観測に出かけていました。

アイラス・荒貴・オルコック彗星という彗星が地球に接近したその晩も、私を含めたメンバー数名は、野辺山で彗星の撮影をしていました。
その頃は、今のように誰もが車を所有している時代ではありませんでしたから、私とA氏はいつものように250ccのバイク、他2名は列車(高原列車で有名な小海線です)で現地に赴いていました。

nobeyama1.JPG

折しも快晴で、高原の夜空はまさに降るような星です。
そのかわり、5月にしては猛烈に寒く、真夜中を回る頃には気温は零度を下回っていました。
アイラス・荒貴・オルコック彗星はちょうど地球に再接近しており、光度は5等、満月よりも大きなイメージで真夜中の空に浮かんでいます。

撮影も順調に進み、時刻は午前2時過ぎ。
私のその晩の観測プログラムは、同彗星の撮影後、10センチ反射で東天の彗星捜索を行なうことでした。(捜索にいちばん燃えていた頃です)
腹が減ったので、途中で買ってきたほかほか弁当を開いたのですが、あまりの寒さに凍りついていてとても食べられたものではありません。これでまず、やり気をそがれました。
めちゃくちゃ寒いので温度計を見ると、なんと零下5度。
もとより寒風の中をバイクで東京から走ってきたわけですから、体は冷え切っており、疲れと眠さも手伝って意識は朦朧、足はフラフラという状態です。

東の空にはアンドロメダ大星雲M31が、青白く浮かんでいました。
他のメンバーはといえば、すでにシュラフにくるまって就寝の準備をしています。
「まっちゃんももう寝なよ。またバイクで帰るんだぜ。このままじゃ体がもたないよ」
そんな言葉に、私の観測意欲はもろくも崩れ去りました。
「そうだな。撮影もできたし、捜索はいつでもできるからな」
機材を撤収しながら私は、東天に昇っているM31が気になって仕方ありませんでした。
そう、M31の方向から何か呼ぶ声が聴こえてくるような・・・。
「M31のすぐ近くに明るい彗星があったりして。あはは」
耳について離れない呼び声を振り払うように私は言い、シュラフに入りました。

で、その日の午後。
某天文○イド編集長から電話が入りました。
「ああ、どうも。実は今朝、彗星が発見されましてね」
受話器を握ったまま、私は返事もできませんでした。
「日本人3人が発見しました。光度は8等。位置はM31のすぐ横です」

編集長からの撮影依頼を受けて、仲間を募って出かけた奥多摩で見たその新彗星は明るく、大きく、野辺山でちょこっと捜索していれば、よほどの間違いがない限り、確実に発見できたイメージでした。
一生に一度あるかないかのチャンスを、怠け心のために私は逃してしまったのです。

その晩、奥多摩へいっしょに観測に行った人に、現在は愛知県の某天文台に勤務するS氏がいます。
大変に熱心な捜索家であるはずのS氏に訊いてみました。
「昨日は観測に行かなかったの?」
するとS氏、頭をかきながら、
「ちゃんと奥多摩湖へ行ったよ。捜索しに」
「じゃあ、違う方向を観測してたの?」
「いや、それが・・・」
S氏、観測地で知り合いの天文同好会と遭遇し、勧められるまま酒盛りに参加、観測をしないまま眠りこんでしまったというのです。
「いやあ、M31がきれいに見えててさ、すごく気になったんだけどさ、どうしても飲めっていうもんだからさ、ついつい・・・」

もしかしたら自分たちの名前がついたかもしれない新彗星をお互いの望遠鏡の視野にいれたまま、私とS氏は並んで大きなため息をつきました。
一瞬の怠け心が、人生最大の失敗につながるというお話でした。
チャンチャン!

写真:当日朝撮影した野辺山観測所の電波望遠鏡。この写真を撮影したときには、まだ新彗星の発見を知らない・・・。

2009年05月30日

●反射望遠鏡も使います

このところ天気が悪くて星が見えません。
なので、今日は私の持っている望遠鏡の一台の写真などを・・・。

vmc200.JPG

天文に詳しい方はご覧になってすぐにおわかりのように、ビクセンのVMC-200L、口径20cmの反射望遠鏡です。
「へー、まっちゃん、反射も持ってたんだ」
古い星仲間は思うかもしれません。
基本的に私は、子供の頃から屈折派です。
最初に買った望遠鏡が6cmの屈折経緯台でしたから、以来、屈折の落ち着いた像が好きになって基本的に屈折望遠鏡ばかり使ってきました。
いろいろと使ってきた中で、反射はこのVMC-200Lと、高校生の頃に買ったミザールの10センチ短焦点反射の2台のみです。

観望会や月面、惑星の観察に使っていますが、シーイングと鏡の状態が落ち着いているときにはなかなか良い像を結んでくれます。
昔の反射望遠鏡は、正直言って製品のばらつきが大きかったのですが、最近の量産品は機械による研磨技術の進歩とコンピューターによる光学設計によって、名の通ったメーカー品であればどれも良く見えるようになってきました。

接眼レンズの進歩も反射望遠鏡の良像結合に大きな寄与をしています。
昔は、反射望遠鏡にもハイゲンスやミッテンゼーハイゲンスといった接眼レンズが付属していることが多く、ちょっと高級品でようやくケルナーやオルソスコピックが付いている程度でした。
ハイゲンス系の負の接眼レンズは、どちらかといえば屈折望遠鏡と相性が良い接眼レンズです。
ケルナーやオルソといった正の接眼レンズは反射望遠鏡にも適していますが、いずれにしても正の接眼レンズで45度程度、負の接眼レンズでは35度程度と見かけ視界が狭く、アイリリーフも短いことから覗きづらいものでした。
それがここ20年ほどは、視界が広く収差も良く補正された接眼レンズが出まわるようになり、屈折に比べて収差の影響を受けやすい反射望遠鏡が本来持っているポテンシャルを容易に引き出せるように変わってきたのです。

最近、カミさんが「家に天文台を作るんだ」と言い始めました。
ある程度の口径の機材を設置するとなれば、値段の点から反射望遠鏡を選ばざるをえません。(屈折の大口径は恐ろしく高価です)
機材の選択を考えなきゃなあと思っているところです。
あ、その前に資金繰りを考えなくては・・・。

2009年06月03日

●星と蛍

運動不足を痛切に感じるこの頃、夜の散歩をしています。
晴れた晩は星を見ながら歩くので楽しいのは当然ですが、ここ数日はもうひとつ楽しみが増えています。
というのは、散歩コースのあちこちで蛍が見られるようになってきたからなのです。
とはいえ拙宅の近所は住宅地なので、乱舞するほどの蛍が見られるわけではありません。
用水路や水田に、ときおりスーッと青白い光が見られる程度です。

コンクリートで固められた用水路なのに、よく蛍が生息できるものだと感心すると同時に、なぜもっと生物に配慮した水路が作れないのだろうと思いながら歩きます。
「用水路は効率よく水を流すのが目的だよ」
そんな反論が返ってきそうですが、土木技術の発達した昨今、生態系に十分な配慮を払いつつ、用水路としての使命もしっかり果たせる水路を作ることはさほど難しくないのではないかと思います。
実際、先進的な取り組みをしている地域では、生態系に配慮した水路整備が行なわれており、要は自治体や住民のやる気次第のようです。

また、蛍は強い明かりがある場所では生息できません。ところが、ウチのまわりでも街灯やパチンコ屋の電飾看板などがどんどん増えてきています。
新聞が読めそうなほど明るい場所で細々と光っている蛍を見ると、何ともやるせない気持ちになってきます。

蛍の保護に取り組む自治体が増えてきてはいますが、蛍だけではなく、河川や水路の生態系全体を考えた取り組みが求められているのではないかと思います。

冷たく青緑色をした蛍の光は、星の輝きによく似ています。
蛍を見ると、私はいつも「こと座」の1等星、ベガを思い浮かべます。
灯りが増えたり環境が悪化すると消えてしまうのは、星も蛍も同じ。
生き物にも星空にも優しい夜の環境を取り戻したいですね。

2009年06月25日

●日食に行きます!

来月22日、全国で日食が見られます。
日食は月が太陽を隠す現象で、今回は九州の南海上から小笠原諸島付近にかけては、太陽が完全に隠される「皆既日食」となり、その他の地域では太陽の一部が隠される「部分日食」となります。

国内では久しぶりの皆既日食ということで、私も小笠原まで見に行く予定です。
正確には「ふじ丸」という豪華客船で小笠原付近の海上から観察するツアーに参加します。
このブログにコメントを下さっている方が誘って下さいました。

船の上からの観察ということで揺れは避けられず、どのような機材でどのような撮影をしようかと考えているのですが、今のところはあまりパッとしたプランが浮かばずにいます。
小望遠鏡の直焦点でコロナを撮影するのと並行してビデオでちょこっと動画を撮る程度かもしれません。
「肉眼でじっくり見るのがいちばんだよ」と慣れた方からのアドバイスもいただきますが、やはり最低限の画像は撮っておかないとなあと欲が出てしまいます。
そろそろ真面目に機材を検討しないとと思いながら、日々の忙しさに紛れて時間だけが過ぎています。

船旅は一週間の予定で、途中、父島に半日だけ上陸します。
プールや図書館、ラウンジも完備された客船ですので、船上では快適に過ごせそうです。
父島では、バイクを借りて島内を回ろうと思っています。

たとえ曇りで日食が見られなくても、船旅が楽しめればそれはそれで良いと思っていますが、こんな最悪のシナリオも考えられます。
「台風に遭遇して船酔いゲロゲロ、日食は見られず上陸した父島も大荒れの天気・・・。」
これだけは避けたいなあ。
まあ、自然相手のことですから、たとえそうなっても仕方ないですが・・・。