毎年、5月になると大学生の頃の失敗談を思い出します。大笑いの失敗談です。
大学生の頃でした。
東京では星が見えませんから、週末になると仲間と長野や山梨に観測に出かけていました。
アイラス・荒貴・オルコック彗星という彗星が地球に接近したその晩も、私を含めたメンバー数名は、野辺山で彗星の撮影をしていました。
その頃は、今のように誰もが車を所有している時代ではありませんでしたから、私とA氏はいつものように250ccのバイク、他2名は列車(高原列車で有名な小海線です)で現地に赴いていました。
折しも快晴で、高原の夜空はまさに降るような星です。
そのかわり、5月にしては猛烈に寒く、真夜中を回る頃には気温は零度を下回っていました。
アイラス・荒貴・オルコック彗星はちょうど地球に再接近しており、光度は5等、満月よりも大きなイメージで真夜中の空に浮かんでいます。
撮影も順調に進み、時刻は午前2時過ぎ。
私のその晩の観測プログラムは、同彗星の撮影後、10センチ反射で東天の彗星捜索を行なうことでした。(捜索にいちばん燃えていた頃です)
腹が減ったので、途中で買ってきたほかほか弁当を開いたのですが、あまりの寒さに凍りついていてとても食べられたものではありません。これでまず、やり気をそがれました。
めちゃくちゃ寒いので温度計を見ると、なんと零下5度。
もとより寒風の中をバイクで東京から走ってきたわけですから、体は冷え切っており、疲れと眠さも手伝って意識は朦朧、足はフラフラという状態です。
東の空にはアンドロメダ大星雲M31が、青白く浮かんでいました。
他のメンバーはといえば、すでにシュラフにくるまって就寝の準備をしています。
「まっちゃんももう寝なよ。またバイクで帰るんだぜ。このままじゃ体がもたないよ」
そんな言葉に、私の観測意欲はもろくも崩れ去りました。
「そうだな。撮影もできたし、捜索はいつでもできるからな」
機材を撤収しながら私は、東天に昇っているM31が気になって仕方ありませんでした。
そう、M31の方向から何か呼ぶ声が聴こえてくるような・・・。
「M31のすぐ近くに明るい彗星があったりして。あはは」
耳について離れない呼び声を振り払うように私は言い、シュラフに入りました。
で、その日の午後。
某天文○イド編集長から電話が入りました。
「ああ、どうも。実は今朝、彗星が発見されましてね」
受話器を握ったまま、私は返事もできませんでした。
「日本人3人が発見しました。光度は8等。位置はM31のすぐ横です」
編集長からの撮影依頼を受けて、仲間を募って出かけた奥多摩で見たその新彗星は明るく、大きく、野辺山でちょこっと捜索していれば、よほどの間違いがない限り、確実に発見できたイメージでした。
一生に一度あるかないかのチャンスを、怠け心のために私は逃してしまったのです。
その晩、奥多摩へいっしょに観測に行った人に、現在は愛知県の某天文台に勤務するS氏がいます。
大変に熱心な捜索家であるはずのS氏に訊いてみました。
「昨日は観測に行かなかったの?」
するとS氏、頭をかきながら、
「ちゃんと奥多摩湖へ行ったよ。捜索しに」
「じゃあ、違う方向を観測してたの?」
「いや、それが・・・」
S氏、観測地で知り合いの天文同好会と遭遇し、勧められるまま酒盛りに参加、観測をしないまま眠りこんでしまったというのです。
「いやあ、M31がきれいに見えててさ、すごく気になったんだけどさ、どうしても飲めっていうもんだからさ、ついつい・・・」
もしかしたら自分たちの名前がついたかもしれない新彗星をお互いの望遠鏡の視野にいれたまま、私とS氏は並んで大きなため息をつきました。
一瞬の怠け心が、人生最大の失敗につながるというお話でした。
チャンチャン!
写真:当日朝撮影した野辺山観測所の電波望遠鏡。この写真を撮影したときには、まだ新彗星の発見を知らない・・・。