2010年06月15日

●実録?小説「天までとどけ」③

 紫のシルエットを描く丹沢から奥多摩にかけての山なみに、線香花火の赤い玉のような夕日が吸いこまれると、辺りは急に、うそ寒い夕暮れに包まれる。
(冬の夕暮れは、どうしてこんなに短いんだろう)
 訳もなくそんなことを考えながら、僕はロケット発射試験場に立っていた。
 空を見上げる。東の空高くには10日月が昇っており、すっかり定着した冬型の気圧配置に洗われたように、その輝きは眩しいほど白く明るい。月明かりと、まだ僅かに残っている薄明の空に、カペラの輝きだけが針で突いたように白く、鋭くきらめき始めている。
 手に持っていたロケットを、発射台に据えつけた。全長50cm、これまでで最大のロケットだった。機体に月明かりが映えて、白いボール紙製のロケットは、いっそう白く鋭く尖って見える。この1週間、部屋に閉じこもりきりで作った、それまでの技術とノウハウを結集した大型ロケットだった。
(清水と河相がいればな)
 そう思う。清水は、サッカーの試合を控えて練習に余念がない。河相は早くも高校受験のための塾に通い始め、勉強が忙しくなっていた。
 発射台に載せたロケットを点検し、最後の調整をする。ベストブレンドの火薬を詰めこんだその機体は、ずしりと重い。
 このロケットの製作に、清水と河相はいっさい関わっていなかった。彼らが、サッカーや勉強に注いだのと同じ時間と努力を、僕はこのロケットに傾けたのだった。
 発射台に作ったガイドに沿って、導火線をまっすぐに伸ばす。導火線が曲っていると、途中で火が消えてしまうことがあるのだ。
(よし)
 大きく深呼吸をした。
 マッチを擦る。うす闇のなかに灯った小さな火が、驚くほど明るい。
 導火線が燃えるかすかな音が、やがてノズルの内部へと吸いこまれ、ほんのひととき、静けさが満ちた。
(失敗か?)
 そう思った直後。
 ロケットのノズルから吐き出された炎の眩しさに、僕は目をしばたいた。
(上がれ。上がるんだ!)
 ノズルから吐き出されるまっ白な炎を見つめ、僕はただそれだけを念じ・・・。
 次の瞬間、すさまじい速度で紫の夕空へと舞い上がった僕のロケットは、ますます白い輝きを増し始めていた10日月に吸い込まれるように見えなくなっていた。焼け焦げた発射台と、月明りの空にまっ白に残る煙を見なければ、この1週間、何もかも忘れて作りあげたロケットが、初めからこの世に存在しなかったのではないかと思えるほど、それは一瞬のできごとだった。
 ロケットが消えた空を、僕はいつまでも見上げていた。
 月明りの夜空に、次第に星の数が増えてくる。
 ロケットは、落ちてこなかった。
 てのひらに残っている、ロケットの重さと冷たさを確かめるようにぎゅっと拳を握り、僕は12月の風の中に立ち尽くしていた。(おわり)


☆ノンフィクション度90%のロケットボーイ小説、いかがでしたか。
清水も河相も実在の人物です(敬称略ですみません)。
特に天文界で活躍している清水は、ご存知の方もいるのではないかと・・・。
彼らは、当時のことを覚えているかな。
東大和天文同好会からは、今日の天文界を担うアマチュア天文家多数を輩出しています。
なんとも奇抜で異常でヘンタイで面白い同好会でした。
天文雑誌写真コンテスト入選常連のY会長のもと、創立37年が過ぎた今も続いていますよ。