2010年06月14日

●実録?小説「天までとどけ」②

 次の日から僕たちは、近所のおもちゃ屋を回っては、夏の残り物の花火や爆竹を集める仕事に熱中した。花火はあまり置いていなかったが、爆竹は1年中売っているようで、1週間ほどでかなりの量が集まった。
 花火や爆竹をほぐし、火薬を取り出す作業は、そのころ近所の星好き何人かで作っていた天文同好会
の「本部」で秘密裡に行うことにした。その部屋の扉には「天文同好会本部」といかめしく書かれた紙が貼ってあったが、実のところそこは、同好会の会長をしていた僕の自室なのだった。
「本部」での会議で、さらにいかめしく天文同好会の一組織として「宇宙開発事業団」なる部署が急遽作られ、その実験場として、初めてロケット実験を行った例の空き地を、公式の発射試験場として使用することが決定された。
 何と言っても天文同好会直轄の「宇宙開発事業団」であり、公式の発射試験場だ。僕たちの意識は高揚していた。
「実験を続けていれば、そのうち成層圏ぐらいまで上がるロケットができるかもしれないぜ」
「いや、それには多段ロケットが必要だろう。3段式か4段式が必要なんじゃないか」
「固体ロケットがうまくいくようになったら、液体ロケットも研究してみよう」
 僕たちの夢は今や、本家の宇宙開発事業団をも圧倒する勢いだったのだ。

 それから「同好会本部」であり「宇宙開発事業団」である僕の部屋での試行錯誤が始まった。
 僕たちは毎日のように集まり、ロケットを製作する作業に打ち込んだ。
 初日の実験で黒色火薬の威力はわかっていたものの、それは導火線の中にほんのわずかしか入っておらず、とてもじゃないが惜しみなく実験に使うというわけにはいかなかった。
 また黒色火薬だけを使ったロケット実験は確かにすばらしい結果をもたらしたが、強力なあまり、ロケットをよほど丈夫に作らないと爆発的に火が回ってしまい、一瞬のうちにロケットが黒こげになってしまうという事態が起こりがちであることもわかってきた。
「銀色の火薬と黒色火薬を混ぜれば、ちょうどいい力を出せるんじゃないか」
 僕らはそう考え、潤沢に得られる「銀色火薬」と黒色火薬をブレンドし、ベストミックスを探ることで、できるだけ安価に、そして効率のいい燃料を作り出すことに腐心し続けていた。
 同時に本や資料を読みあさり、少しでもロケットに関する知識を吸収することに努めた。あれぐらい熱心に学校の勉強に取り組んだら、僕だってきっと、河相より少し悪い程度の成績ならば取れるようになったに違いない。
 ともあれ試行錯誤を繰り返すうち、僕たちはしだいにロケット製作のノウハウを獲得していった。
 火薬の調合過程でわかったことは、とにかく黒色火薬の威力は絶大であることから、ロケットを飛ばすためには、銀色火薬8に対して黒色火薬2程度の割合で十分な力を得ることができるということ、また爆発的な燃焼を防ぐためには、ある程度銀色火薬を混ぜることが必要だということであった。
 さらにロケットに燃料を詰める作業も、銀色火薬と黒色火薬をできるだけ均一にブレンドしたものを、できるだけムラがないように詰めこむことが必要で、もしムラや隙間があると、その部分だけが爆発的に燃焼してしまい、ノズル以外の部分から火が噴き出したりして失敗してしまうこともわかってきた。
 もうひとつ、姿勢制御の方法も重要な技術だった。ただ紙を巻いただけのロケットでは安定が悪く、まっすぐに上がらない。当初はロケットに長い竹ひごを取りつけることでこの問題をクリアしていたが、竹ひごつきのロケットは何といっても格好がよろしくない。
 本物のロケットを真似て、機体に何枚かの安定翼を取りつけて姿勢の安定を試み、何度かの失敗の後でその技術獲得にも成功した。
 丈夫で軽く、しかも均一に機体を作る工程も、職人芸を要求される作業だった。どこかに弱い部分があると、そこから火が噴き出してロケットは火だるまになってしまう。かといって丈夫に作りすぎると重くなってしまって上昇しない。
 僕たちのロケット製作は、単純に経験値を積み重ねていくだけで論理的な検証や記録を伴なうものではもちろんなかったものの、次第に製作できる機体は大型化し、11月の半ば頃には、全長30cmほどもあるロケットの打ち上げにも成功していた。
 三人とも大いに気をよくしていたが、それでも多段ロケットの打ち上げは一度も成功しなかったし、液体ロケットに至っては、ノートに簡単な設計スケッチを描いたのみで、何を燃料として使うのかもわからないまま、一度の実験すらできない状態だった。
 僕たちは理解し始めていた。ロケット花火の大型版を作る職人芸こそ習得してはいたが、それ以上発展は望むべくもないことを。所詮は子供の火遊びに過ぎないのではないか、そんな思いが、僕の、清水の、河相の心を、ゆっくりとだが確実に侵食しつつあった。
 木枯らしが吹き始めた頃。
 僕たちは、だんだんとロケットの話題を口にしなくなってきていた。この2ヶ月間、あれほど熱中し続け僕たちだけの本物のロケットなのに、その技術をある程度確立し、数十メートルの高さに飛翔するほどの大型化を達成した時点で、急激にロケット製作への意欲が薄れていくのを誰もが感じていたのだった。
(つづく)