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2009年09月04日

●詩「火星暦97年」

こんなうす青い夕暮れに
よく二人いっしょに地球を眺めたね
あなたの小さな望遠鏡で
海の青
雲のうずまき
それから
眩いほど白い両極の輝き
地球を見ていると
少しだけ哀しくて
少しだけ懐かしくて
なぜかしら
地球に行ったことなんて一度もないのに

でも
二人でいられれば
それだけで楽しくて
あなたの声
あなたの笑顔
だから
あなたが不意に死んでしまうなんて
今でも信じられなくて・・・


一年分の遥かな時差
いつかいっしょに地球へ行こうねって
たしかに約束したはずなのに

ずるいよ
一人だけ先に行っちゃうなんて。


地球がとってもきれい
火星の夕暮れよりも
もっと青くて


*近くて遠い星、火星。
生命にとってはあまりに過酷な環境でありながら、人類が移住するとすればその可能性が最も高い星でもあります。
そんな火星には、子供の頃から特別の思いを抱いてきました。
いつか人類は火星に移住するだろう。やがて火星で育ち、地球を知らない人類も多くなるに違いない。
そんな火星生まれの恋人たちにとって、地球はどんな天体だろうか。
そんなことを思いながらこの詩を書いたのは、もう20年ほども前のことです。

青い夕暮れ、と詩に書きましたが、大気圧の低い火星では太陽光の散乱が少なく、夕暮れには青い光が満ちるそうです。

mars012.jpg

画像は、火星探査機が撮影した火星の日没です。
生命の全くない(少なくとも地上には)世界を包み込む、どこまでも静寂な青い夕暮れ。
これほど不思議な写真な光景を、探査機が送ってきた画像とはいえ見ることができるなんて、科学の進歩に感謝してしまいます。
同時に、科学の進歩によって人類のインスピレーションが確実に拡がっていくのを感じます。
科学と芸術は相反した存在ではないと思わせてくれた画像でした。

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コメント

こんにちは。
いつも大変お世話になります。
いやあ〜!松本さんの星の詩!いつ読んでも宇宙の壮大なロマンイッパイですな。今回もあのアインシュタインロマンのCDをBGMにしながら読ませていただきました。詩とアインシュタインロマンのCDが不思議とマッチするんですよね。
P.S.
また、詩集を出される時は是非一言声掛けてくださいネ!

干場 一志

干場さん、こんにちは。
お褒めの言葉をいただき恐縮です。
この詩は、20年もまえのものですが、詩の巧拙はともかく、作品を書くにあたっては感性を鈍磨させない努力と、特に星の詩については、最新の天文学に関する知見摂取を怠ってはならないと思っています。
文学と科学は、相反するものではないと、最近、以前にも増して思うようになりました。

松本さん、こんばんは。
松本さんが東京を離れている間に私が北海道から東京に来てしまいました。
しかも、昔なつかしの小平に住むようになりました。
会社のほうも落ち着いてきましたので、またお誘いください。

しかし、昔と変わらずロマンティックな詩人ですね。
尊敬いたします。

issho18さん、こんばんは。
お久しぶりです。
転居のお葉書を頂戴して、懐かしさに思わずこちらからも葉書を書いてしまいました。
乱筆、失礼しました。

北海道、こちらへ転居して遠くなってしまい、結局お訪ねすることができませんでした。
でも嬉しいです。また小平!

東京にはけっこう帰りますので、またお会いしましょう。
北海道のお話も聞かせてくださいね。
こちらの話もお聞かせします。

こんにちは。コメント遅くなりました。

いいですね、火星人になって地球を眺めてみたいです。いや、地球と月のペアを!
確か、火星探査機が地球と月の姿をとらえていましたね。
その写真、当ったり前ですが、地球と月が同じ方向に欠けていて、
「おおおおお!」と、感動したものでした。
うーむ、もし金星にも月があれば、地球からその面白い様子が見えただろうに…。

そして、青い。その色ははるか遠い土星探査機カッシーニからも分かりましたね。
なんだか、青色の星に住んでて、よかったと思いました(笑)。
赤や黄色では嫌じゃ(笑)。

こういう詩、大好きです。「今は」誰も体験できないという感じの…
生半可な天文知識じゃ書けないし、想像力やメンタルな部分も独創性が必要。
私は最近「マゼランの空」という手紙調の詩を書きました。
マゼランから天の川銀河の雄姿を見るというお話です。

ogawaさん、こんにちは。

金星に月。
それ、すごくいいですね。
金星に地球の月サイズの衛星があれば、たしかに地球から望遠鏡で、同じ向きに欠けている姿が見えるはず。
また、衛星の明るさも加わって、肉眼で見る金星はより明るく見えることでしょう。
美と愛の女神に、一層の輝きが加わりますね。

それにしても、なぜ地球にだけこんなに大きな衛星があるんでしょう。
これは天文学上のナゾのひとつです。
もともと地球近傍は惑星を作る物質が不足している領域でした。太陽からの放射線嵐が、ガスやダストを吹き飛ばしてしまったせいです。
なので、水星、金星には衛星がなく、火星の衛星もしょぼしょぼなんですが、地球の月は桁外れに大きい!
ジャイアントインパクト説によれば、地球に大きな天体が衝突した際に放出された物質が、月になったわけですが、それってすごく偶然!というか、見えざる手を感じてしまいます。
まあ、月があったからこそ生命が地球上に発生したという説もありますから、生命の星、地球に大きな衛星があるというのは、偶然ではなく必然なのかもしれませんが。

「今は」誰も体験できない世界。
そんな詩、けっこう作りました。小説も。
マゼラン雲から天の川銀河を見るという発想、素敵です。
私もよくそうしたシーンを想像します。
このブログに以前に書いた「距離」という詩は、天の川銀河外縁の星のある渚から、水平線に昇ってくる天の川銀河を見ているシーンを描いたものですが、私たちが日常生活を送っている何気ない毎日のうちにも、地球からはるか離れた無数の天体では、誰一人見ることもなく、人類の想像の埒外にある光景が繰り広げられているのだろうなと考えると、本当に壮大で不思議な気持ちになります。

「マゼランの空」、よろしければいつか読ませてくださいね。


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