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2009年07月06日

●詩「徳山」

風はうすみどり
揖斐のせせらぎに幸多き山影を揺らし
里の道は古き伝えを語り継ぐ


一人の河原で
空へ続く時を見送るひととき
栃の葉陰
木橋の袂
そこここにたたずむ気配は
あえかな初夏の輪郭で
誰もが染み透る微笑を浮かべては
碧玉の空へと還ってゆく

諦めすら
その浄化されたまなざしに包みこんで
それは
紡ぎ続けてきた生命の記憶
森と生きてきた人々の想い

僕も微笑みを返そう
冷たく黒い水がすべてを覆う前に
この豊穣な山と川に生きてきた
あらゆる生命のきらめきに


☆旧徳山村が、ダムに沈む前に作った詩です。
ダムの有用性や社会的な効果についてはあえて言及しませんが、少なくともダムの湛水によって、小はダニや線虫の類から、大は動くことのできない樹木にいたるまで、無数の生き物が物言わぬままに冷たい水に沈んでいったことは確かなことです。
この詩を作ったのは秋でした。
周囲をたくさんの蝶や羽虫が舞い、鳥の声が遠く近く聞こえる静けさの中で、近い将来、そうした風景と生命のすべてを冷たい水が覆い尽くす日が訪れるのを、私は暗澹とした気持ちで考えていました。
罪のない小さな生命を、人間の都合や欲得で奪っていいはずがありません。
ダムの広大な水面を見て無邪気に歓声をあげる観光客や、利水・治水の視点でしかダムを考えない人たちに、私たちが奪った無数の生命について、少しでいいから思いを巡らしてもらいたいと思います。

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コメント

こんにちは。
いつも大変お世話になります。
あまり必要でない物を造ったことにより、罪もない、生き物達が人間のワガママで死滅させてしまう事は失礼でしょうが、完全なる環境破壊なりますよね。この付けは今後必ず、絶対に私たちに帰ってくるはず!そうなればもう手遅れになります、その前に何とかしなくてはなりませんネ。

P.S.
いつもながら、偉そうに失礼なコメントばかりですいません。

干場 一志

こちらこそお世話になります。
自然は正直です。
人間にだけ都合の良いモノを作ったり勝手に改変してしまうと、そのときは良くても、後になってからかならずしっぺ返しがあります。
子どもや孫の代まで、地球が保つかどうか、私は非常に懐疑的です。
人間とて地球の一生物に過ぎません。奢らずに分をわきまえて生きてゆきたいものです。

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