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2009年03月28日

●早春の徳山ダムにて

国道417号線の冬季通行止めが解除されたので、久しぶりに徳山ダムへ行ってきました。
旧揖斐川町内は桜が咲き始め、菜の花が満開で春爛漫の雰囲気でしたが、旧藤橋村まで行くとようやく木の芽が青くなり始めた程度、西美濃天文台がある揖斐川町鶴見付近では雪が舞い始め、徳山ダムの堰堤付近は日陰に雪が残ってまだ真冬のままでした。

tokuyamako1.JPG

それでもダム堰堤にはけっこうたくさんの人が来ていて、冷たい強風の中、散策を楽しんでいました。
ダムから見える山々は雪で真っ白、さらに北上し、国道の終点まで行くと路面に10センチほども雪が積もっていました。

私が旧藤橋村へ移住してからずっと工事の進展を見守ってきた徳山ダムが、満々と水をたたえているさまは、良くも悪くもさまざまな感慨を抱かせるものでした。
巨大な公共事業によってふるさとを追われた徳山の村民、ダムによって莫大なおカネが舞い込むと一部のマスコミが騒ぎ立て、不愉快きわまりない思いをさせられた旧藤橋村の住民(実際にはそうしたマスコミの報道はほとんどが何の根拠もないものでした)、ダム建設に費やされたこちらは本当に莫大な税金、そしてダム建設のために破壊された自然。
完成はしたものの、今のところは洪水調節以外に徳山ダムの使い道はありません。
いずれは発電にも使用されるものの、これまでに費やした巨額の工事費や二度と回復しない自然環境を考えれば、コストパフォーマンスの悪さは明らかです。

徳山ダムのそもそもの始まりは、戦後間もなく、中央のお役人が地図を見て「揖斐川上流はダム建設に適している」と考えたことによりますが、そうした役人はダム建設によって地域の暮らしや自然がボロボロにされてしまうことなど全く顧慮しなかったに違いありません。

冷たい水の下に沈んで、物言えないまま息絶えた無数の動植物、昆虫、微生物。
同じく、国策工事によって終焉を迎えざるを得なかった縄文時代から連綿と引き継がれてきた人々の営み。
今、ダムを訪れる観光客のなかに、そうしたことに思いを寄せる人はいったいどれほどいるのだろうか、日本人はいつまでこんな愚かなことを繰り返すのだろうか・・・。
静かな湖面を見つめて、私はそんなことを考えていました。

どのような美名のもとになされても、ダム建設は美しい国土と人々の営みをズタズタに切り裂いてしまいます。
旧藤橋村へ移住してからずっとダム建設を見守ってきた私は、そのことを誰よりも実感しています。
巨大ダム建設は徳山ダムでもう終わりにして欲しい、心からそう思います。

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