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2009年03月16日

●思い出の夜行列車あれこれ

九州行きブルートレインが全廃となりました。
テレビや新聞でも大きく取り上げられていましたが、どの報道も「なくなって寂しい」といった単なる感傷に終わってしまっており、なぜ廃止に至ったのか、存続させる術はなかったのかといった報道が皆無だったことが残念でした。
これまで私は、何度となく寝台・座席を問わず夜行列車を利用してきました。
眠っている間に移動でき、翌日をフルに使える夜行列車は、私にとって非常に有益な交通手段だったのです。

長崎への旅では、往路に「あかつき」、復路に「さくら」と、往復ともに寝台特急を利用しました。
四国への旅でも、往復とも「瀬戸」を利用。
山陰からの帰路、米子から乗車した「出雲」では、おばさん3人組と乗り合わせてしまい、朝まで際限なく続くお喋りに辟易した記憶があります。
山陰への旅では、寝台急行「だいせん」にも乗りました。保線が悪かったのか、走行音がうるさくて眠れなかったものでした。
東京~大垣間の「ムーンライトながら」も「大垣夜行」と呼ばれていた当時からかなり乗りました。

何度も行った北海道旅行では、往路はいつも急行「八甲田」の自由席でした。上野駅のホームで何時間も前から並んで席を取るのです。
東北方面では、やはり座席夜行の「十和田」も利用しました。
「はくつる」や「ゆうづる」といった寝台特急では、揺れる車窓から飽かず満天の星空を見上げたものです。
新婚旅行の帰りは「北斗星」の二人個室を奮発したものの、食堂車の予約が取れなかった上に駅弁も買い損ね、カミさんと二人、個室寝台でお菓子と牛乳を食べて空腹を満たした情けない思い出もあります。
プラネタリウムの研修会で秋田県へ行った際には「あけぼの」の個室を利用。狭いながらも快適な空間を満喫しました。
冬の北海道旅行では、札幌から釧路まで寝台急行「まりも」に乗車。「この列車は、これから極寒の地へと進んで参ります」という発車時のアナウンスどおり、翌朝の釧路駅の気温は零下20度、「これが冬の北海道なんだ」と感動したものでした。

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つい一昨年にも、山口県へ家族で出かけた際に、岐阜駅から「富士」を利用しましたし、「彗星」を利用して大分の鍾乳洞めぐりにも行きました。

このように夜行列車を便利に使わせてもらってきた私にとって、列車の廃止はただ哀しいとか寂しいというレベルではなく、実際に旅の手段がなくなる困った問題です。
とはいえ、さまざまな理由から、夜行列車の復活は望み得ないことは事実。
これまで多くの夜行列車に乗ることができたことを嘉とするべきなのかもしれません。

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コメント

沢山乗られていますね。うらやましいです。私は大垣夜行は何度か乗ったものの寝台は「瀬戸」と「トワイライトエクスプレス」のみ。だいたい特急列車でさえあまり乗ったことがありませんが鉄ちゃんです(^^; 「富士」「はやぶさ」に隠れて「ムーンライトながら」も廃止し臨時となってしまいました。寂しい時代になってしまいましたが、まだなんとか残る北陸路の特急列車などを撮りに行きたいなぁと企んでいます(^^;

木村さん、こんにちは。
私も、まだ残っている東日本~北海道方面の寝台列車に乗ろうと思い、昨夜は「日本海」のダイヤを調べていました。
実家が東京なので、帰省した折にでも東北方面の寝台列車を乗ってしまおうとも思っています。

私の寝台列車観光コース、検討中のものです。
その1.「日本海」で青森へ行って少し観光して急行「はまなす」で北海道というコースも良いかなと思います。これだと18時ころに大阪を出て翌々日の6時に札幌に到着です。
その2.上野から「北陸」で金沢経由「雷鳥」で敦賀で「しらさぎ」などで名古屋まで。

「あけぼの」はう~ん難しい(^^;

木村さん、良いプランですねー。
私も時刻表を繰ってプランを作ろうと思っているのですが、なかなか時間がなくて・・・。できれば個室寝台のある列車を選びたいなあ。個室はめちゃめちゃ快適ですヨ。
机上でプランを練るのも楽しいですよね。もちろんダイヤを調べるのはパソコンではなくて大判の時刻表。

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