●童話「みずいろのこぶた」
よく晴れた8月の日曜日でした。奥さんも娘さんも買い物に出かけてしまい、家にいるのはパパ一人きりでした。
まだ朝の十時です。本でも読もうか、それとも好きな音楽でも聴こうか、そんなことを考えていたとき。
ピンポーン。チャイムが鳴りました。お客さんです。きっと近所の奥さんか娘さんの友だちでしょう。
ところが、玄関に出てみると、それはずいぶんと変わったお客さんでした。ドアの向こうに立っていたのは、水色の小さなぶたさんだったのです。
「こんにちは」
ぶたさんは、短い両手をおなかの前でそろえて礼儀正しくあいさつをしました。
「ちょっとお邪魔してもいいですか」
パパは、ちょっと困ってしまいました。ぶたさんに知り合いはいないはずです。
それでも、これといって急ぎの用もありませんでしたから、パパはぶたさんをダイニングに案内しました。少し迷ってからアイスティーをいれます。ぶたさんが、どんな飲み物を好きなのかよくわからなかったからです。
さいわい、ぶたさんは、アイスティーが嫌いではないようでした。ストローで半分ほど一気に飲みほすと、
「ああ、おいしい。やっぱり暑い日は、冷たいカルピスかアイスティーですよね」
そう言ってくれました。
「旅の途中で疲れてしまいましてね。お宅で休ませてもらおうと思ったわけなんですよ」
ぶたさんの言葉に、パパは尋ねてみました。
「どちらへ行く途中なんですか」
「夏の国から秋の国へ。僕たち小さなぶたは、季節が変わるごとに、こうして旅をしているんですよ」
「そうですか。それはたいへんですね」
そう言ったものの、それがどんな旅なのか、パパにはよくわかりませんでした。
アイスティーを飲んでしまったぶたさんは、
「あのお、僕、おなかもすいているんですけど何か食べるものはありませんか。ほんの少しでいいんです。おいしいものじゃなくてもいいんです」
もじもじしながら、そう言いました。
「ああ、それは気がつかなくて」
パパは、台所のあちこちを探してみましたが、見つかったのはラーメンだけでした。
「すいません。あいにくとラーメンしかありませんが」
ぶたさんの顔がパッと明るくなりました。
「ラーメン。僕、大好きなんです。とくにとんこつラーメンが」
「それはよかった。ちょうど、とんこつラーメンがありましたよ」
とんこつラーメンが好きだなんて、おかしなぶたさんだなあ。そんなことを思いながら、パパはラーメンを作りました。
「ところで、ふつうのぶたさんは、そんなきれいな色をしていたかなあ」
ラーメンを食べているぶたさんに、気になっていたことをパパは尋ねてみました。
ラーメンを、つるつるっとすすると、
「僕の体は、季節で色が変わるんです。春はピンク、夏は水色、秋はオレンジ、冬は白に」
ぶたさんは答えました。
「じゃあ、これから秋になると、君はオレンジ色になるんだね」
パパは言いましたが、オレンジ色のぶたさんの姿を想像することは難しそうでした。
「でもね、もみじと同じ色だから、ふつうの人には見えません。もみじの木に、いつでも僕はいるんですけどね」
ああ、そうか。パパは思い出しました。満開の桜の枝に、小さなピンクのぶたさんが、ちょんまりと座っているのを見たことがあったのです。あれはいつのことだったのか、もう何十年も昔のような気がするけど・・・。
ラーメンのおつゆを全部飲んでしまうと、ぶたさんは短い足で椅子から飛び降りました。
「それでは、僕はもう行かなくてはなりません。アイスティーとラーメン、ごちそうさまでした。いろいろとありがとう。
それから」
小さな声で、ぶたさんは言いました。
「いちご大福も僕は好きです」
パパは、笑いだしてしまいました。
「いちご大福は僕も大好きですよ。また、いっしょに食べましょう」
「はい!」
ぶたさんは元気よく答えました。その姿が、だんだんと薄くなり、やがて夏の空気に溶けるように消えてしまうまで、パパはぶたさんを見つめていました。
窓から吹きこんだ風が頬を撫で、ガラスの風鈴をチリチリと鳴らします。
パパは、窓辺に寄ると空を見上げました。夏の終わりの空は高く澄んで、吹きすぎる風は少しだけ秋の匂いがするようでした。
*だいぶ前に書いた童話です。
8月の終わりになるといつも、季節の移ろいを感じます。まだ暑くて日は長いのだけれど、葉を茂らせた木々の葉陰などに秋が隠れているような。
今はもう10月。ちいさなぶたさんは、もうオレンジ色に変わっているでしょうか。
