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2008年05月20日

●随筆「遥かなり図書館への道」

 週末のたびに図書館へ行き、カードの冊数いっぱいに借りてくる。それらの本を貪るように読み、翌週末にはふたたび図書館へ・・・。
 読書好きな人であれば、珍しくないパターンだ。だが、ただ図書館へ行くためだけに、往復数十キロの道のりを走らなくてはならない境遇の人間は、そうたくさんはいないのではないだろうか。
 9年前に、東京から岐阜の山間にある小さな村に越してきた。自然豊かな環境は私を満足させてくれたし、食料品を売っている店が村に一軒しかないこともさして不便とは思わなかったが、近くに図書館がないことだけには弱ってしまった。図書館と本屋がない生活など、私にとってはおよそ想像の埒外だったからである。
 子供の頃から、いわゆる活字中毒だった。暇さえあれば図書館と本屋に入り浸り、トイレに行くときも食事中も、果ては風呂に入るときまでも本を読んでいた。中学在学中には学校図書館の本をあらかた読みつくしてしまい、図書担当の先生を呆れさせたほどである。
 そんな私であるから、村に図書館がないことを知り、まず始めたのが本屋を探す作業であった。買い物や所用で街に出るたびに本屋を探すわけだが、その結果判明した事実に、私はもう一度愕然としなければならなかった。往復五十キロ圏内には、ほんの数軒の本屋しかなかったのだ。
 しばらくはそれらの本屋に足繁く通う日々が続いた。しかし、考えてみれば、たとえば文庫本を一冊買うだけのために往復四十キロ以上の距離を走らなくてはならないのはまことに不効率なことである。同じ距離を走るにしても図書館を利用できれば、蔵書数は町の本屋に比べてはるかに多いし、何よりも財布の中身を気にすることなく何冊もの本を好きなだけ読むことができる。
 周辺の町に立派な図書館があることは知っていた。しかし、その町の住民以外の者が図書館を利用することができるのだろうかという疑問が、そうした図書館を訪ねることを逡巡させていた。
 とはいえ、活字への欲望は募るばかりである。私は思い切ってある町の図書館を訪れ、
「この町に住んでいなくても利用できますか」と尋ねてみた。
「いいですよ。郡内の方であればどなたでも利用できます」
 にっこりとほほ笑みながら答えてくれた受付の女性が格別美しく見えた、と言ったら失礼かもしれない。が、それ以来、郡下の図書館数館を掛け持ちしながら、往復数十キロの道のりを走る週末が続いている。
 私にとって、図書館は活力の原点であり、知恵と不思議がいっぱいに詰まった魔法のお城だ。目移りしながら本を選ぶひとときは、田舎暮らしゆえに一層至福の時間なのである。

*だいぶ以前、まだ旧藤橋村在住時に図書館関係のパンフレットに書いたエッセイです。田舎暮らしで は、図書館へ行くのもままならないということを知って欲しくてこのブログに再掲しました。
今でも毎週、図書館へ行って5~10冊ほど借りてきます。それを一週間で読んで、また新しい本を借り るということの繰り返しをしています。
図書館でも本屋でも、本に囲まれているだけで幸福を感じてしまいます。

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