●小説「Last Planetarium」4
コンソールの右上でかすかに光るデジタル時計が、午前4時を回ったことを告げていた。解説を続けながら僕は、東の低空から少しずつ薄明を上げてゆく。
東の空には夏の大三角が高く昇り、壮麗な銀河の輝きが本機をうす青く照らしている。
コンソールのスイッチをいくつか操作した。東天の低空がかすかに紅に染まり、銀河の白さが淡くなる。そんな銀河を貫いて、いくつもの流星が青く暁天を駆け抜ける。
デジタル時計と見合わせながら、薄明と朝焼けを徐々に上げてゆくにつれ、まず銀河の輝きが消え、次いで暗い星から次第に姿を消してゆき、明けの明星の輝きもやがて薄明に呑みこまれ、最後のコンソール操作として、僕は太陽のダイヤルを上げていた。
客席から、夜明けを迎えた安堵ともいえるため息がいくつも聞こえる。
「ありがとうございました。今回のプラネタリウムはこれで終了となります。またのお越しを心よりお待ちしています」
いつも通りのあいさつで解説をしめくくった僕の心の底を、やはり寂しさに似た思いがふとかすめる。明日からは、すっかり習慣になってしまったこのあいさつをマイクに向かって話すこともなくなるのだ。
コンソールに、初老の女性が微笑みながら歩み寄ってくる。
「いい解説でした。たくさんの星を見て、久しぶりに心が洗われたような気がしましたわ。これからもがんばって下さいね」
「ありがとうございます。またいらして下さいね」
上品な身なりのその女性が立ち去った後には、友達同志らしい男の子が3人、もじもじしながらコンソールを覗きこむ。
「あの、しし座流星群は、今年も見えるんですか」
いちばん年かさらしい男の子が、照れ臭そうにそう尋ねる。
「見えると思うよ。1時間に何百個も見えるかどうかはわからないけど、明け方早起きするだけの価値はあると思うな」
ひとしきり出現予想について話し、手元にあったレオニズの解説パンフレットを手渡す。
「ありがとうございましたぁ!」
元気良くあいさつした3人は、駆け足でドームを出て行った。
「元気ですね。あの子たち。ぜったい流星雨を見るんだって話してましたよ」
いつの間に横に立っていたのか、Iちゃんが微笑みながらそう言った。
「いい解説でした。星の輝きのひとつひとつが、心にそっと染みこんでくるような」
僕は、満席だったお客さんが退場したあとのガランとした客席を見渡した。
「ありがとう。しばらくはIちゃんの顔も見られなくなるね」
僕の言葉に、Iちゃんがにっこりと微笑み返す。
「しばらくはそうかもしれません。でも、こうして星を見上げる心を誰かに伝えたいという気持ちが松本さんにあり続ける以上は、またいつか、プラネタリウムや天文台のドームの中でいっしょに仕事をさせていただくことが、きっとあると思います」
(そうかもしれない)
僕は思った。運命や定めをまったく信じていない僕だったが、もし星たちに何らかの意志があるものならば、これから先も星と宇宙について語り続けるように、僕の人生を導いてくれるに違いない。
本機をホームポジションに戻した僕は、投影を始める前と同じく、目を閉じて大きく息を吸いこんだ。
しばらくして目を開けると、いつの間にドームから出ていったのかIちゃんの姿はどこにもなかった。
メインスイッチをオフにした僕は、ほの暗いドームの中、そこだけ天上界から注ぎこむような光を溢れさせているドームの出口に向かって、一歩一歩、いつになく敬虔な気持ちで歩き始めていた。(おわり)
