« 小説「Last Planetarium」2 | メイン | 小説「Last Planetarium」4 »

2008年05月02日

●小説「Last Planetarium」3

 夜空はしかし、まだ完全に暗くはない。投影の前半はいつもブルーライトを完全には落とさずに、街中で見上げるほの明るい状態の夜空で解説をする。もちろん、光害について知ってもらうためだ。
「最近は街灯やネオンサインが多くなりすぎて、特に街中では暗い星がなかなか見えません。でも今日は、せっかくこうしてプラネタリウムに来ていただきましたから、街を離れてこの村で見える満天の星空をご覧いただくことにしましょう」
 こんな前置きをしてから、ブルーライトをゆっくりと絞ってゆく。ドームが暗くなってゆくのに合わせてBGMをしだいに盛り上げる。
 見る見る暗くなってゆく夜空一面に輝き始める無数の星。マーラーのシンフォニーが、そんな星と星の間の深遠を埋めるように時間と空間を満たしてゆく。
 満席の客席からもれる感嘆のため息、歓声。
 同じ星空をコンソールで見上げながら、僕もまた、心の奥深くまで沁み入ってくる無限と静寂に精神を泳がせていた。洗われたような無数の星の輝きは、いつしか僕の体をも透き通らせ、そのまま永劫の時間と空間へと溶けてしまうような覚醒感のなかで、僕はいつしか夢中で過ぎた8年の歳月を回想している。

M45a1.jpg

 プラネタリウムと天文台の仕事に就くために、それまでは縁もゆかりもなかったこの村へ家族そろって移住し、2日間、ドームに籠もりきりで投影の練習をした。
 3日目の午後、初めてお客さんを迎えて投影をしたあの日から今日まで、何度こうしてこのコンソールから、ドームに映る星空を見上げてきたことだろう。
 それは、たしかに機械によって映し出される人工の星空ではあったが、「美しい星空を再現する」という、ある意味では極度に純化された目的をもつエンターテイメントであるだけに、本機と補助投影機、音響機器が相まって織りあげる「理想化された夜」は、見方によっては本物の星空を凌ぐとも言えた。完備された空調の中、リクライニングシートに身を沈め、光害の影響をまったく受けることなく、耳触りの良い音楽を聴きながら満天の星空を見上げるという芸当は、実際の夜空ではなかなか難しいことだろう。
 僕は、暑さ寒さに直接身をさらし、天候の変化に一喜一憂しながら見上げる実物の星空ももちろんだが、「まがいもの」であるはずのプラネタリウムの星空も好きだった。実物の星空を見上げる行為を旅にたとえるなら、プラネタリウムの星空は上質の小説に似ている。そこでは実際の旅はできないけれど、快適な部屋でリラックスしながら、心地よいストーリーテリングを楽しめるのだ。
 よどみなく解説を続けながらそんなことを考えていた僕は、ふと小さな不安にとらわれる。これまで8年間、こうしてプラネタリウムの解説をしてきたけれど、果たしてどれだけのお客さんに心地よい小説世界を提供することができたのだろう。視覚と聴覚双方に訴えるストーリーテラーとして、感動なり、安らぎなり、あるいは科学への憧憬なりを、いくばくかでも伝えることができたのだろうか。
 そして。不意に僕は慄然とする。
 8年間、毎日座っていたこのコンソールに、明日からは座らなくなるのだ。指先に馴染んだ幾多のスイッチやボタンに触れることもなくなる。何よりも、自ら投影機を操作して描き出してきたこの満天の星空を見上げることもできなくなるのだ。
 喪失感と哀惜の念が、心の奥底を水のように流れてゆく。
 同時に、ささやかだけれど毅然とした決意が、心のスクリーンに僕だけの星空を描き出す。
 今では目をつぶっていても操作できるほど慣れ親しんだコンソール、レンズと電気の接点を磨き上げ、いつも万全の状態に整備してきた本機と補助投影機のかわりに、明日からは新しい部署で、新しい仲間たちと新しい仕事が僕を待っている。
 明日からの仕事や生活がどのようなものになるのはわからない。でも、これまでの経験や知識を生かして、地域の人たちと触れあいながら、いっしょに星空を楽しめる機会を、できるだけたくさん作ってゆこう。宇宙と地球について、地域の人たちといっしょに考えてゆこう。
 そう考えると、不思議に気持ちが落ち着いた。僕は、これまでにないほどリラックスした気持ちでマイクに向かい、コンソールに指先を滑らせていった。(つづく)

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://at-h.net/~has/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/381

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)