●小説「Last Planetarium」2
「さきほど入場された方が最後のお客様です。投影を始めて下さい」
Iちゃんからのメッセージをインターホンで確認すると、僕はヘッドセットをつけた。
コンソールの椅子から立ちあがって周りを見回す。
ほぼ満席だった。決して広いとはいえないドームに設置された86席のリクライニングシートに体を預けたお客さんが、投影の開始を待っている。
MDで流していたBGMを絞りながら、CDのプレイボタンを押す。ミキサーを操作し、しだいに低くなってゆくMDの音にかぶせながら、CDの音量を上げてゆく。
小さく息を吸いこむと、僕はマイクのボリュームを上げ、話し始めていた。
「お待たせしました。ただいまから、プラネタリウムの投影を始めます。本日は、ようこそお越し下さいました。これからおよそ30分間、短い時間ではありますが、満天の星空をお楽しみ下さい・・・」
昼光を少しずつ絞ってゆくと、ドームの中がゆっくりと暗くなる。満席のお客さんがかすかに身じろぎする気配とともに、そこここで聞こえていた小さなざわめきが夜の気配に静まってゆく。
このプラネタリウムは、完全なマニュアル機だ。うるさすぎないように解説を行いながら、ブルーライトを絞り、夕焼けを上げ、薄明とスカイライン投影機を操作する。同時に傍らのCD,MDデッキを操作して、そんな天上のドラマにマッチしたBGMを、解説の邪魔にならない程度の音量で流してゆく。
夕焼けから薄明にかけての演出は、マニュアル投影機を操る解説者にとって、最大の腕の見せどころだ。機械の操作や解説を滞りなく行うことだけならば、星をまったく知らない人であっても練習さえすれば何とかなるだろう
が、夕方と明け方の微妙な、そして刻々と変化する天空の色彩だけは、何年も星空に親しんできた者でなければ描き出すことはできないに違いない。
自らの指先が演出する壮麗な夕暮れに小さな満足感を覚えながらも、時間の経過を僕は忘れてはいなかった。すでに日没から1時間、透き通る薄明がやがて深い夜の闇に変わってゆき、いつのまにかドームのスクリーンには、無数の星がちりばめられている。息を詰めてそんな時の経過を見つめていたお客様が、薄明が消えると同時になぜ知らず小さなため息をつく。
宵に見える星座を、明るい星、特徴ある星列からたどりながら説明してゆく。神話だけでなく、星の物理の初歩についてもわかりやすい解説を加える。
神話や物語はたしかに多くの人の共感を得やすいのだが、それだけでは宇宙の理解にはつながらない。僕は、だから、いつもうるさくない程度に物理や宇宙論についても話すように心がけている。
ややスピードを上げて日周運動を送ってゆく。星の動き方を示しながら、地球の自転について説明する。
真夜中を回ったドームのスクリーンは、いつか春の星座で埋まっている。北斗七星が北天高くかかり、春の大曲線をたどれば、ほの赤いアークトゥールスと純白のスピカが、夫婦星の別名どおり一対の穏やかな輝きを放っている。(つづく)
