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2008年04月15日

●「赤い電車に乗って」5

 そのころ。
 健吾さんの家では大騒ぎになっていました。暗くなっても健吾さんが帰ってこないのです。
「おやじ。警察は何て言ってるんだ」
 苛ついた声で大学生になった孫が怒鳴ります。
「この吹雪じゃ、捜索にも行けないってよ。さっきから何度も電話しとるんやけど」
 健吾さんの息子さんが、同じように大声で怒鳴り返します。
「やっぱり自分たちで捜しに行くしかねえよ」
 お孫さんが立ち上がりました。
「警察も消防もあてにならねえ。じいちゃんが山に行ったことはわかっとるんやで」
 息子さんも立ち上がりました。
「仕方ねえな」
 防寒具を身に着け、長靴をはき、かんじきを用意した二人が、玄関を出ようとしたとき。
 ガラガラ。いきなり玄関の戸が開きました。
「おやじ!」
「じいちゃん!」
 お孫さんと息子さんは同時に叫びました。そこには、雪でまっ白になった健吾さんが立っていたからです。
「悪いな。車、つぶしちまった」
 照れ臭そうに健吾さんは言いました。それでも、その顔はほかほかと元気そうです。
「どこに行っとったんや。車、潰したってどういうことや」
「道を踏み外してな、林道からがんがらがん、ってな」
「落ちたんか」
「そうや」
 林道から転落したとすればたいへんなことです。
「で、そっから歩いて帰ってきたんか」
「途中までな」
「途中までって」
「あとは電車に乗ってな」
 集まってきた家族は顔を見合わせました。寒さと疲れで頭がおかしくなったんじゃないか。みんな、同じことを考えました。
 にこにこ笑っている健吾さんを薄気味悪そうに見つめた息子さんが、何かを言いかけたときでした。
「健吾さん!」
 開け放したままの玄関の外から聞こえた声に、みんなはもう一度、どきっとしました。
 健吾さんと同じく、体中雪まみれで立っているのは・・・。
 咲江さんでした。
「おお、咲ちゃんやないか」
 ゆったりとそう言った健吾さんに、咲江さんは駆け寄りました。
「良かった。やっぱりあの電車で帰ってきたんやね」
 今にも健吾さんに抱きつきそうな咲江さんの目から、涙があふれました。
「ごはん、作っとったらね、突然、まわりの景色が変わってまったんや。私は電車に乗っていて、いろんな人が若いころのままたくさん乗っていて、そしたら、あんたが、健吾さんが飛んできて、私・・・」
 健吾さんが、咲江さんの手を取りました。
「ありがとう。咲ちゃん」
 もう一言。もう一言、言わなければ。そう思ったとき。
「おい、健ちゃん! 大丈夫やったか!」
 わめきながら、雪の中を転がるように走ってくるのは作どんでした。そのあとから何人ものお年寄りがこけつまろびつ走ってきます。
「夢を見たんや。健ちゃんといっしょに電車に乗ってる夢。なんかいやな予感がして警察に聞いたら、健ちゃん、行方不明っていうやろ」
 作どんを押しのけるように、別のお年寄りが言いました。
「わしな、見たんや。駅にな、電車が着いてな、おおぜいの人が降りてくるのを。みんな影みたいやったが、健ちゃんだけははっきりしとった」
「わしも見た。雪をけたてて線路を電車が走っていくのを。そこに健ちゃんが乗っとったんや。若いころのままの健ちゃんが」
 興奮してはいますが、みんなが言うことは同じでした。
「そんな・・・。電車は廃線になったはずなのに」
 息子さんが、呆然とつぶやきます。
「そうや。これ」
 健吾さん手をそっと放した咲江さんが、着物のたもとを探りました。
「わすれもの。電車の中で落としたやろ」
 咲江さんが差し出したものは。
「おお、これか。道理で頭が寒いと思っとった」
 しばらく差し出されたものを見つめていた健吾さんは、それを頭に乗せました。
 茶色のハンチング帽。
「健ちゃん、どえらい似あうやないか」
「そういやあ、昔は健ちゃんのトレードマークやったなあ」
 お年寄りたちが、どっとわきました。
「みなさん、とにかく中へお入りください。雪の中で立ち話もなんですから」
 息子さんのお嫁さんが、なんだかわからないけれど、という顔でそう言い、健吾さんと咲江さんを囲むように、みんなは暖かい家の中へあがったのでした。

station1.JPG

 次の日。
 積もった雪を、降り注ぐ日ざしがまぶしく照らしています。
 健吾さんは一人で、電車の座席に座っていました。
 ホームには屋根がついているのに、電車は雪でまっ白です。そして、どこもかしこも雪で埋まっている景色の中で、ホームから見える線路だけが、冬の日ざしにキラキラと光っていました。
「レール、昨日までは錆びていたのにね」
 うしろから声をかけられて、健吾さんはゆっくりと振り向きました。
 窓越しの日ざしをいっぱいに浴びて、咲江さんがほほえんでいました。
「そうや。錆びとったな、昨日までは。でも今日は、あんなに光っとる」
 健吾さんの顔を、咲江さんがじっと見つめます。
「かぶっとるんやね」
 健吾さんは、頭にそっと手をやりました。
 茶色のハンチング帽。
 気づくと、二人は運転席の後ろに並んで立っていました。
「電車、走ったんやなあ」
「そうやね」
 揺れる日ざしがレールに反射して、咲江さんの顔を明るく照らしました。
 その顔は、昨日、電車に乗っていた若いころのままのように、健吾さんには思えました。(おわり)

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コメント

いつも、楽しく拝見しています。

赤い電車に乗っては、続きが気になって夜も眠れないくらいでした。
健吾さんが生きていて良かったです。

最近、鉄子さん気味なので電車物の話に惹かれてしまいます。

半分現実で、半分幻想的な世界のお話ですが、その裏には、色々なメッセージが込められているような気がしました。

ぶすけさん、こんにちは。
コメント、ありがとうございます。
このお話、岐阜県文芸祭で入選はしたのですが、大賞はとれませんでした。選考委員のコメントによれば、児童文学なのに「子供が一人も出てこない」。
うむむ、もしかしてそれが入選どまりの原因?

それは冗談として、星と鉄、双方に興味のある人、多いですね。
なので、今日は樽見鉄道のエッセイを掲載しましたヨ。ぶすけさんは樽見鉄道、乗ったことあります?

岐阜県内には第3セクター鉄道が4線あったのですが、数年前に神岡鉄道が廃線になってしまいました。
機会を見て廃線直前に乗りに行ったルポを掲載しようと思っています。

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