この4月で天文担当から役場の本庁へ異動になった私ですが、町村合併前、藤橋村当時にも、天文担当から離れた時期が数年間ありました。
これからしばらく連載するのは、その頃に書いた小説です。
当時と今では行政の体制も異なり、異動を命じられたときの思いも異なりますが、共通しているのは「自分には天文の専門家としてのスキルと使命感があり、行政内でのポストや施設に頼らなくても独力で夜空への想いを語り成果をあげることができる」という自負です。
自らへの励ましもこめて、10年近く前に書いた小説を何度かに分けて掲載します。
自伝的小説ではありますが、登場人物等、フィクションも含まれていますのでご了解ください。以下、本文です。
まだお客さんの入場していないドームの中は、ひんやりと静かだった。
コンソールの椅子に腰をおろした僕は、知らず知らずのうちに皮膚になじんでいるドーム内の空気を軽く目を閉じて吸いこんだ。
空気に、独特の匂いがある。コンソールと投影機に塗られた塗料の匂い、白熱する恒星球の匂い、ボ
リュームダイヤルを回すたびに発熱して灼ける抵抗の匂い。
それは、丁寧に使いこまれ、日々努めを果たしている、生きた機械の匂いだった。
目を閉じているほんの数秒間の間に、心の底を形にならないさまざまな記憶が流れて消える。
夢中で過ごしてきた歳月の長さと短さを、甘く、そして苦い想いのうちにひととき反芻した僕は、目を開き、体が覚えてしまっている手早さで、投影準備を始めていた。
昼光とブルーライトをミックスさせ、暗すぎず、明るすぎない柔らかな光でドーム内を満たす。プロジェクターのスイッチを入れ、投影中の注意事項や天体観望会のお知らせを織り混ぜたテロップをスクリーンに映す。傍らのミキサーを操作して、投影開始までの待ち時間用のBGMを流す。
「時間です。入場を開始してもいいですか」
ドームの扉が開き、場内係のIちゃんの顔が覗いた。
僕は、コンソールから、指で「OK」のサインを出す。
「お待たせしました。どうぞご入場ください」
Iちゃんが手際よくお客さんを誘導するようすを見ながら、コンソール近くの席に座ったお客さんに、僕も「いらっしゃいませ」、頭を下げている。
いつもの入場風景だった。過去8年間、季節や天候によってお客さんの多い少ないはあったものの、毎日繰り返してきた投影開始前の入場風景。
僕はコンソールの時計を見た。4時の投影開始まで、あと7分。
*
「教育委員会の事務局へ戻ってきてほしい」
教育長からの突然の呼び出しの用件は、予想していたものだった。
「他に適任者がいないんだ。天文の仕事で村に来てもらったことは重々承知しているが、現場を離れて、社会教育の業務の中で天文普及をすることもまた、新しいアプローチだと思うんだが」
これまで教育委員会事務局の仕事を担当していた県からの派遣職員が、新年度から県に戻ることは僕も知っていた。そして、やはり教育委員会の職員である、僕を含めたプラネタリウムと天文台担当者の誰かが、事務局の業務を引き継がなければいけないことも。
僕の頭の中を、この村に移住してから今日までの日々がアルバムをめくるように去来した。断片的な、しかし驚くほど鮮鋭ないくつものシーンが心の底を流れ去る。
一瞬の後、僕は答えていた。
「わかりました。新年度からは、村の子供たちやお年寄りと身近に接してゆきながら、天文の仕事をさせていただきます」
プラネタリウムと天文台は、村の中心から10km離れた場所に立地している。人口の極端に少ないこの村では、プラネタリウムと天文台のある地区までの間は道路だけが続いている山間地であり、住民は一人も住んでいない。
そんな奥まった場所でありながら、手つかずの自然を求めてやって来る観光客に支えられて、プラネタリウムと天文台を合わせると、村人口の100倍もの年間入館者を数えていることはありがたいことではあるのだが、反面、交通が不便なために住民の利用が極端に少ないことは、村営の社会教育施設として構造的な問題でもあった。
国内の公開天文施設の半数は、観光客を主なターゲットとしている。特に過疎地域の振興を目的として建設された施設にその傾向が強い。ただでさえ少ない地域の人口を集客の対象として当てにすることができない以上、地域の目玉である天文施設を目的に集まってくる観光客を対象にせざるを得ないのは当然のことだった。

僕の村のプラネタリウムと天文台は、そうした施設の典型だった。名古屋市とほぼ同じ面積に人口わずか450人、しかも総面積の97%が山林というこの村で、地域の住民のみを施設運営の対象とすることはどだい無理な話だったし、村の中心中心から10kmも離れた山の中にポツンと立地している施設に対する村民の関心は、どうしても薄れがちになってしまう。
それならば「ターゲットは観光客(と天文ファン)」と割り切って考えてしまえばいいのだろうが、僕にはそれも納得のゆきかねるところだった。
税金を投じてせっかく優れた天文施設を建設し、専任の職員が公務員として勤務しているのに、地域へのフィードバックができなくてもいいのだろう
か。「天文普及」という言葉は、いかにも知らない人に天文を「教えてあげる」という匂いがして個人的には嫌いなのだが、同じ地域に住む住民として、人工光の影響をさほど受けていない満天の星空を一緒に見上げながら心のうちを語り合うことこそ、地域に密着した天文施設にふさわしい使われ方ではないのだろうか。
この仕事に就いてからずっとそんなことを考え続けていたからこそ、ことあるごとに村の人を招待し、あるいは村の中心地区まで出向いてゆき、村民対象の「出前観望会」を開くなどの努力をしてきたのだが、それでも移動距離のネックという基本的な問題点の解消は難しく、昼間も夜も施設に拘束されてしまう僕ら職員にとって住民へのアプローチを行う時間的・人的余裕を生み出すことは困難であり、そのことは年を追うごとに、僕の内部で大きなジレンマとなりつつあった。
教育長からの異動の内示に、ほんのひととき躊躇したとはいえ即答した背景には、明確に意識していたかどうかは別として、地域に密着した天文活動をしたいという、そんなジレンマに答えを出したかったからなのかも知れなかった。それがあるいは、後悔する結果になるかもしれないとしても。(つづく)