●国立天文台見学記(前編)
「東京天文台」といえば、ちょっと前までわが国の天文学を象徴する存在であり、一般人やアマチュア天文ファンにとっては「象牙の塔」であった。
実際、一昔前は、鬱蒼と武蔵野の木々が生い茂った正門にはいかめしげな守衛が立ち、職員や研究者以外の入台は厳しく制限されていた。
ところが時代は変わるものである。情報公開を迫られるようになった公官庁は、予算獲得のためにも、競ってさまざまな媒体によるPRや施設内見学を行なうようになった。
「国立天文台」と名称を変更した東京天文台は特にその変容が著しく、広報普及責任者の熱意と努力もあって、わずかな間に公官庁の中でも随一の公開施設として生まれ変わった。アマチュア天文ファンとの連携を重視するようになり、子供の頃にはあれほどいかめしく敷居の高く見えたその正門を、この私までもが年に何度かくぐることになった。
アマチュア天文ファンだけではない。平日はほぼ毎日、誰でも構内を見学することができるようになった。隔世の感がある。素晴らしいことだと思う。同じ官庁でも、特定財源を使って親睦旅行をしたり福利厚生備品を購入しているどこやらとは雲泥の差である。
そんな国立天文台に、先日、ふらりと出かけた。
ふらりと、と言うからには、さしたる用事があったわけではない。東京滞在中の半日を、天文台施設の見学に費やそうと訪れたのである。これまで何度となく訪れているものの、いつも予定がぎっしりで一度も構内見学をしたことがなかったのだ。
春本番を思わせる好日であった。古びた正門をくぐり、すぐ横の受付で見学の申込みをする。考えてみれば受付に寄ったのは初めてである。
受付で貰ったパンフレットを手に、まずは国登録有形文化財である第一赤道儀室へ。ツアイス製の口径20cm屈折望遠鏡が古びたドーム内に設置されている。構内に現存する最古の建物である。望遠鏡には太陽写真儀が同架されており、1939年から60年間、太陽面のスケッチと撮影が行なわれていた。ツアイス製であるからにはもちろんのドイツ式赤道儀は、重錘式の追尾装置が備えられている。地球の重力を上手につかい、電気を使わずに追尾ができる優れものだ。
奥へ進むと、左手にひときわ高い建物が見えてくる。1930年建設のアインシュタイン塔だ。地上5階、地下1階の建物内はシーロスタットになっていて、屋上のドームから入った太陽光は半地下の暗室へ導かれ、分光観測ができるようになっている。アインシュタインの相対性理論を検証する目的で建造された建物であることからこの名がつけられた。茶色のタイルが張られた外壁は、モダンかつ重厚な印象だ。
(後編へ続く)
写真:第一赤道儀室
