●随筆「秩父地学旅」(後編)
駅から徒歩10分弱。茶色い博物館の外観が見えてくると、甘酸っぱい懐かしさが心に満ちた。
この博物館こそが、私が学芸員を志すきっかけとなった場所なのである。20年前、この博物館を訪ねたことがきっかけで私は学芸員資格を取得し、現在の仕事に就くことになったのだ。
リニューアルにともなって当時の面影が失われているのではないかと危惧しながら入館した館内は、現代風にきれいになってはいたものの基本的な展示に変化はなく、私は時間をかけて展示を見学して回った。
子供が多く感傷に浸るにはいささか賑やかすぎたが、それでも満足した思いで私は博物館を辞し、痛む足を引きずって河原へ下りた。
緑色の結晶片岩が作る河原の景観は、長瀞独特のものである。しばらく河原を散策し、何度も往復するカヌーや水たまりに群棲するおたまじゃくしをぼんやりと眺めて過ごす。
鍾乳洞と博物館を訪れてしまえば、今日の目的は終了である。それでもまだ日は高い。このまま帰るにはやや物足りない心もちで電車に揺られるうち、西武秩父駅と連絡通路でつながっているお花畑駅に着。
連絡通路を歩くうち、『秩父神社まで徒歩7分』の表示が目に留まる。
実を言えば私は神社フリークでもある。星、鍾乳洞、神社と、おかしなものばかり好きだなあ、などと思われそうだが、そういえば夜祭で有名な秩父神社へはまだ行ったことがない。小さな旅を神社参拝で締めくくるのもオツだなあと、門前町の風情がある商店街をてくてく歩いて秩父神社へ。
武蔵の国創建以前からあったという神社の社殿は、徳川家康が寄進したもので、日光東照宮と良く似た極彩色の彫刻が本殿の四周を覆っている。お宮参りらしく、乳児を抱いた若夫婦が本殿を背景にカメラのシャッターを押している。
参拝を済ませ、家康公寄進の造作をじっくりと鑑賞し、商店街をひやかしつつ駅へ戻る。秩父の市街は空襲を受けなかったのか、明治、大正のロマンを感じさせる建物がそこかしこに残っていてなかなかの風情である。
日も傾いた。西武秩父駅は、帰宅を急ぐ人々で観光地らしい賑わいである。帰りの列車が混雑するかと危ぶんだが、観光客の大半は先発の特急に乗車し、次発の快速急行の乗客は意外なほど少ない。
4人がけのボックスシートを一人で占領し、帰路に就く。
窓外を流れていく景色を見ながら、何だか旅っぽい一日だったなあなどと考える。
実家から秩父は近い。学生時代は、しょっちゅうバイクでツーリングに訪れた地だ。旅、と呼ぶにはあまりに身近な場所であるにもかかわらず、電車の窓にもたれて私は確かに「旅」を感じている。
理由を考えていたら、前のボックスに座っている30代と思しき男性二人連れの声が聞こえてきた。
「いやあ、旅だったねえ」
「こんなに近い場所なのにね」
「どうしてかな。今まで何度も来てるのに、仕事がてらの日帰りなのにね」
私は心の中で苦笑した。
どうやら今日は、そういう日和だったらしい。そういえば、列車に揺られている乗客の誰もが、良い旅を楽しんだ、そんな顔つきで窓から差し込む西日を浴びている。
写真:秩父神社の彫刻
