●随筆「北海産・痺れる珍味」
いよいよ師走。寒くなってきます。
星にはぜんぜん関係ありませんが、数年前にある本に書いた「旅の味」に関する随筆を掲載。
冬になると北海道に行きたくなります。
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「ここまで盛り上がっちまったんだから、とっておきのあれを出しちまおうかねえ」
厨房の奥に引っ込んだ宿の主人は、やがて小ぶりな壷を持って現れた。
二月の北海道、中標津の安宿。泊り合わせた道路工事の男たち、そして宿の主人まで加わった酒盛りの最中だった。
「滅多に出さないんだけどね。今夜は気分がいいから出しちゃうよ」
壷の中身を、小皿にあける。
「ウチの秘蔵品だあ。最高の肴だけんど、いわくつきの品だけんね、気いつけて食ってく
れよ」
真っ黒な粘液の中に、やはり真っ黒な塊が転がっている。
「イカの墨肝だあ。これにはな、フグと同じ中毒成分が入ってる。くれぐれも食いすぎねえようにな」
主人の言葉に、豪放な工事の男たちも、すぐには手を出しかねる様子である。意を決したように親分格の男が箸をつけ、しばし、微妙な表情を浮かべたあとで言った。
「こったらうめえもんは滅多にねえ。ほれ、おめえたちも食ってみろ」
恐る恐る、僕も口に入れてみた。生臭い塩辛さ。濃厚な北の海の匂いがいっぱいに広がる。思わず、熱燗に手が出た。つまむほどに酒が進む。酒が進むほどに気分が良くなる。
何個かつまんで、ふと気づいた。舌が痺れて、口がうまく回らない。酔いに任せて大声で喋っている男たちも同様で、話の内容がまったく聞き取れない。宿の主人だけが泰然として黒い塊をつまんでいる。
「そろそろやべえみてえだな」
テーブルを見回した主人が壷に蓋をする。
「珍味っしょ? 命に別状はねえけんど、口と頭が痺れてしまうのよ。しばらくすれば治るから心配はいらねえけど」
いたずらっぽい目で笑う主人の顔がぼやけてくる。
小用に立った。食堂のドアを閉めたとたん、呂律の回らない声で騒ぐ男たちの声が途切れ、冷たい静けさが満ちた。
トイレの窓は、真っ白に雪がこびりついて外の様子は伺えない。耳を澄ませば、ひどく遠くから聞こえてくるような酒宴のざわめきに混じって、さらさら、さらさら、窓を打つ粉雪の音が遠く近く聞こえてくる。
小田豊四郎記念基金刊「忘れられない北のあの味」掲載
写真:オホーツク海の流氷(釧網本線北浜駅前で撮影)
