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2007年06月14日

●雨が好き。ひとりが好き。

 雨が好きです。以前は、雨の日は憂鬱でしたが、ここ数年、なぜか雨の日は心が落ち着きます。
「天文屋さんなのに雨が好きだなんて!」と言われそうですね。たしかに雨の日に星は見えません。
 なぜこのように雨が好きになってしまったのか、自分でもよくわからないのですが、とにかく雨の日は本を読んだり小説を書いたりと、内向きのことがしたくなります。
 先日、高校生の娘が、「最近、雨の日が好き。心が落ち着くから」と、まったく同じことを言っており、娘と分析した結論は、恐らく、私も娘も、精神的にけっこう疲れているのではないか、ということでした。
 そういえば、最近は、人と会うことが億劫です。私は、仕事柄、多くの人と接したり、人前で喋ったりすることが多いのですが、苦痛とはいえないまでも、以前ほどそれが楽しく感じられなくなっています。それよりは、一人で本を読んだり文章を書いたりする方がよほど楽しく思えるのです。
 娘も、学校でさまざまなストレスがあるらしく、やはり家で読書をしたり絵を描いたりしているのが楽しいとのことでした。

 恐らく、私も娘も、基本的には一人が好きで内省的な人間なのでしょう。
 もちろん、鬱々と陰にこもっているのが好きということではなく、たとえば旅に出るにしても、大勢でワイワイ行くよりは一人ローカル線に乗って車窓の景色をぼんやり眺めているのが好き、という意味合いです。
 プラネタリウムの解説も観望会の際も、おおぜいの人の前でテンションを上げて喋るわけで、また、それが嫌いではないはずなのに、根本の性格からすればどこか無理をしているのかもしれません。
 とはいえ、若い頃は人前で話したり多くの人と交流することがかなり好きでしたから、単に年をとっただけなのかもしれませんね。

 星を見るにしても、本当は一人きりで黙々と観測することが好きです。人に見せるのはあくまで余技、と言い切ってしまうのは憚られますが、本来、天文屋さんというのは一人で観測をすることが正道だと昔から思っています。
 孤独こそが天文屋さんの真髄なのではないかと思うのです。

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コメント

こんばんは
人には、内省的なときと、活動的な時が
あると思います。

一人で星をみて、好きな歌など低吟するなどは、楽しい事ですが、星を見てもらって、喜んでいる表情などもこれはこれでうれしいものですね
その人の心に星の光が届いた瞬間を観測しているのかもしれません。
そういう意味では、一人も大勢もあまり変わらないかな。
心理学では、自他の識別みたいなものでしょうか

多くの方は、自分の心のありようは、考えているのでしょうか? 松本さんの様に、あるときはこう、そして又あるときは・・・の様にその時の心のありように思いを巡らすのも楽しいと思います

生川さん、そうですね。人には内省的なときと活動的なときがありますね。私の場合、年齢とともに内省的な部分が増加してきた気がします。人と接することが多い仕事ということもあるのでしょうが、星を見るにしても、一人で見ているのがいちばんほっとします。
まあ、春から体調が悪いので、その影響も大きいとは思っています。

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