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2007年05月25日

●随筆「いも虫男の惨劇」

 天文という趣味は、ごくロマンチックなようでいて、実のところそうではない。
「眠い、寒い、貧乏」
 恐らく、この3語に天文という趣味の真実は凝縮されているように思われる。肉体的にも精神的にも辛く厳しいこの趣味を今後も続けていけば、遠くない将来に廃人状態になることは避けられないのではないかと危惧する日々である。
 かくの如く悲惨な天文趣味であるが、上述した三つのキーワードにもうひとつ、「痛い」という言葉を加えたい。

 あれは忘れもしない、みずがめ座η流星群観測明けの朝であった。
 私の他十数名のHASメンバーは、夜が明けてもまだシュラフにくるまったまま、ウダウダ、ゴロゴロと無為の時間を過ごしていたのであるが、やがて私はおもしろい遊びを発明した。
 おもしろいとは言っても、幼児性を多分に有している私がそう思っただけで、健全な精神の持ち主から見れば児戯に等しい、というよりも知能指数を疑われそうな遊びである。
「いも虫ごっこ」なるその遊びは、シュラフにすっぽりくるまったままピョンピョン跳びはねて周囲の会員を追い回すという、ただそれだけのものであり、これだけ書くと大抵の方は「なんだ、つまらない」と思われるに違いない。
 しかしながら、実際にこの跳ねるシュラフに追いかけられてみると、これが何ともいえず不気味である。さながら、いも虫が直立した姿で無言のまま迫ってくるそのさまは、手足がなく顔もほとんどみえないために、異様なほどの恐怖をかき立てられる。
 逃げ回る会員のようすに歓喜を覚えつつピョンピョン跳びはねていた私だったが、突然、グオシャッ、という音とともに眼前にHR10,000の大流星雨が出現した。
 一瞬、何が起こったのかわからなかったが、気がつくと私はアスファルトの上にうつぶせに横たわっており、他の会員たちがバラバラと駆け寄ってくるところであった。
 茫然自失の思いでのろのろと立ち上がった。世界が半分だけ妙にぼやけている。私は眼鏡のに手をやった。砕けたレンズがぱらぱらと地面に落ちた。
 右目の瞼の上がひどく痛い。そっと手をやると、ベットリとした血糊で指が染まった。
 この時になって、私はようやく事態を悟った。どうやらシュラフの裾に足を引っかけて、一瞬のうちに地球と激突したらしいのだ。
「へ、へへ・・・」
 照れ笑いを浮かべようとした。が、顔が引きつってうまく笑えぬ。いぶかしく思って顔を撫でてみると、右目の上が大きく腫れ上がっている。
 蹌踉として帰宅した私は、鏡を見て愕然とした。そこには、右目だけでなく、全体が腫れ上がった、ほとんどゾンビの如き二目とは見られぬ顔が映っているのであった。
 私は、慌てて顔中に赤チンを塗りたくった。結果、かえって出血多量のゾンビのようになり、その後1週間ほどは外出することもできない状態に陥った。
 
 天文は怖い趣味である。
 この文章を読んでいる諸兄も、あまり深みにはまらぬうちに、もっと健全な趣味に転向したほうが良いかもしれぬ。

東大和天文同好会会誌「ほしぞら」116号(1991年4月)掲載

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コメント

いつも落ち着いた雰囲気のまっちゃんさんから類推できない馬鹿さ加減がすばらしい。はい、おっさんになると莫迦もなかなかできません。

おおのさん、こんばんは。
「いつも落ち着いた雰囲気」。ありがとうございます。
でも、昔はダーティーでバカなことばかりしてたんですよ。いつも夜遊びばかりしていて、私とその友人連中は、いわゆる「街のダニ」みたいな存在でした。若い暴走族たちからは「先輩」とか言われて尊敬されたり、まあ、大抵の悪いことはやったという感じです。
まあ、私の仲間にも武闘派と経済ヤクザ風裏方がいて、私は後者の代表格ではありましたが。
今はどうなんでしょうね。自分としては、ここ十数年、そうしたマイナスのポテンシャルを、良くも悪くも発揮できないでいるような気がしています。だから一見、落ち着いているように見えるのではないでしょうか。

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