●随筆「この街が伝えてきたもの」
プラネタリウム解説者という職業柄、望遠鏡を持参しての天体観察会を頼まれることがある。大抵は、学校や公民館が会場となるのだが、その日は、長良川河畔のホテルという珍しい場所が会場だった。夏の宵を星空の下で楽しんでもらおうと、ホテルが企画した宿泊客向けのイベントだ。
ホテルの屋上に望遠鏡をセットし終えると、浴衣姿のお客さんが上がってくる。市街地ということもあって、さほど星の数は多くない。それでも、夏の大三角が頭上に輝き、南天低くには、さそり座が雄大なカーブを描いている。西の空には傾いた月。ほろ酔い加減のお客さんは、代わる代わる望遠鏡を覗いては、天体の姿に感心することしきりである。
折しも、見下ろす長良川では鵜飼がたけなわだ。真っ暗な川面に、何艘もの鵜飼船が火を点し、視線を上げれば、ライトアップされた岐阜城が幻想的な輝きを放っている。そんな金華山に向かって明るい星が流れた。ペルセウス座流星群だ。傍らにいた浴衣姿の女性従業員が、少女のような歓声を上げる。
望遠鏡を覗くお客さんに説明をしながら、僕はいつか、不思議な酩酊感にとらわれていた。川面を渡る夜風は、ビルの屋上にまで水の匂いを運んでくる。頭上に輝く夏の星々、透けるような銀色に輝く岐阜城、真っ暗な川面に光跡を描く鵜飼の篝火。妖しくしどけなく心に染み入るあえかな光のページェント。
この街が伝えてきたもの、そしてこれからも伝えたいものはこれなのだな。唐突にそう思った。極彩色の派手やかさでもなく、鋭角の未来感覚でもない、柔らかな陰影に満ちた自然と伝統の街。東京のコピーなど目指すことはない。長良川の流れと同じ、緩やかな自然体こそが、この街にはよく似合う。
天の川が見え始めた。鵜飼もクライマックスを迎えたらしく、静かなどよめきが、夜風に乗ってこの屋上にまで伝わってくる。
*岐阜市が公募している「岐阜観光エッセイ大賞」の2004年度受賞作です。
ホテル屋上で行なわれた珍しい観望会の印象を綴りました。名古屋市に賑わいを奪われている岐阜市ですが、名古屋や東京にはない魅力をいっぱい持っていると私は思っています。
残念なのは、岐阜市当局のエライさん方が、岐阜市の魅力をどれだけ理解しているのかということです。名古屋市や東京の真似をしても仕方ないのに・・・。
