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2007年01月04日

●随筆「ちゅらさん」

 年末年始は、動物の飼育係として過ごしたことを書いた。とはいえ、もちろん一日中、動物の世話をしていたわけではない。というより、正月三日間、夕方の時間帯は、およそ私らしくない時間を過ごしていた。なんと「テレビを見ていた」のである。
 私をよく知らない人は「なんでテレビを見るのがらしくない過ごし方なのさ」と思うだろう。日がなテレビの前でゴロゴロすることこそ正月の醍醐味だ!と力説する向きも少なくないに違いない。
 それはそれで正しい正月の過ごし方だと思う。が、普段、私はテレビをほとんど見ない。誤解していただくと困るのだが、別段、テレビが悪いとか否定しているということではない。ただそういう習慣なのである。
 そんな私が、正月の三が日はなんとホームドラマに見入っていた。それもNHKの朝ドラ再放送、しかも何度も放送されてきた『ちゅらさん』総集編である。
「だせえ!信じらんねえ!」とか「まっちゃんらしくない!」とか「おばさんみたい」とか言われることは覚悟の上でこの文章を書いているのだが、実のところ私は『ちゅらさん』の大ファンなのだ。私だけではない。家族そろって大ファンである。
 クサいストーリーであることはわかっている。超越的な力に導かれた初恋の成就、主人公を支える家族と友人の愛情、泣き笑い。
「シニカルで理性的で情に流されないまっちゃんがなんでよ!」と思う方には申し訳ないが、私の一面は直情的で情に脆くお人好しである。自分で言うのだから間違いない。『ちゅらさん』は、そんな私の一面を見事にヒットしたドラマなのである。
 ストーリーは誰もが知っているからここでは書かない。それでも、直情的で、ある意味ごくごく安易な展開のストーリーが、久しぶりに見た今回、これまで以上に心に染みて、恥ずかしい話だが何度か私は涙しそうになった。
 重なるのである。主人公を支える賑やかな家族と、数年前まで東京に帰るたび、集まって同じように賑やかな時間を過ごした私とカミさんの家族の姿が。
 『ちゅらさん総集編』の3回目を見た後、猫の世話をしながら娘がぽつりと言った。
「前は東京に行くとすごく楽しかったのにね。ほんの何年か前のことなのにね」
カミさんと私の家族、親戚の何人かが続けて亡くなり、父の体調もすぐれない。今、東京へ帰っても、かつてのように親きょうだいが集まって賑わうことはなくなってしまった。娘が言うとおり、数年前が嘘のようだ。
『ちゅらさん』を見終わり、夕食を済ませた後で、娘がピアノを弾いた。私の好きなラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を娘が弾くのを聴きながら、突然、小さかった娘がよくぞここまで成長したものだという感慨にとらわれた。同時に、何よりも家族がいちばん大切なものなのだと、ごく当たり前のことを改めて何者かに告げられたような気がした。
「テレビドラマを見てそんな当たり前のことを考えるなんて、まっちゃんもヤキが回ったもんだぜ」と思われるかもしれない。
 が、日常の些細なできごと、それが安易なテレビドラマであれ、何かしら心を正してくれることを見つけられるうちは、私もカミさんも娘も前を向いて生きてゆけるのだと、そして離れて暮らす東京の父母やきょうだい、光や風となって今も私たちの傍らにいる亡くなった人たちとずっと心を通じ合ってゆくことができるのだろうと、直情的で情に脆くお人好しの私は思うのである。
『ちゅらさん』というドラマは、そんな、人としての基本的なありかたを、誰にもわかるようごく平易に展開してくれるからこそ、これほど広汎な支持を得ているのだろう。

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