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2007年01月28日

●随筆「ビビさんの妖力」

 ビビさんは、ウチで飼っている猫である。飼いはじめた当初は、ただの「ビビ」であった。「ビビ」が「ビビさん」と尊称で呼ばれるようになるには、それなりの理由がある。それについて書こうと思う。
 ビビさんは野良猫だった。痩せこけて皮膚病に侵され、しかも原因は不明だが足がうまく動かない状態で、よろよろと我が家に迷いこんできたのである。
 あまりに哀れなので保護した。病院に連れてゆき治療を施したが、当初は外猫として餌だけを与えていた。折しも冬に向う時節で、日ごとに寒さが募るなか、玄関に作った雪囲いがビビさんの住まいとなっていた。雪が舞い始めるころになると、寒かろうなあ、家に入れてやろうかと何度か家族で話し合ったが、ちょうど娘のアトピーが悪化していた時期でもあり、抜け毛やダニの飛散を考えるとなかなか決断がつかなかった。娘は、そんなビビさんが不憫だったのだろう、餌の時間になるとビビさんを膝に抱き、ときには2時間以上も寒い雪囲いの中で撫でたり話しかけたりしていた。
 そんなある日、私の顔を見るなり娘が唐突に言ったのである。
「ビビさんが人間になった」
 玄関で人の気配がしたので様子をうかがうと、曇りガラスのドアごしに、白黒の和服を着た長い髪の女が立っていたのだという。ああ、お客さんだと思ってドアを開けると、そこにいたのはビビさんだったというのだ。
 ビビさんの毛は白黒模様だ。顔立ちも立居振舞も断然、和風である。人になったとすれば、娘が言うイメージがぴったりだ。

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 こんなこともあった。
 当時住んでいた藤橋村は山奥の寒村だが、となりの坂内村から峠を越えると意外なほど日本海が近い。そんなわけで、夏にはよく家族で泳ぎに行った。
 8月のある日、やはり海に行った。遊びすぎて帰りが遅くなった。あたりは薄暗くなり始め、このままでは家に帰りつくのは午後8時を回ってしまう。
 ビビさんに餌を与えるのは、毎日午後6時前後だった。一人ぼっちで寂しいだろう、おなかを空かしているに違いない、そんなことを考えながら、とっぷりと暮れた峠道を走っていた。
 猫の姿を見たのは、峠を越えてしばらく走ったころだった。道の端に、ぽつねんと座った猫がこちらをじっと見つめている。人家などまったくない深い山中だ。しかも冬には3メートル近い雪に覆われる。野良猫が住んでいるはずなどない。
 猫の姿にビビさんをダブらせながら、アクセルを踏みこむ。妻も娘も「ビビはどうしているかな」と話している。
 峠を下り、坂内村と藤橋村のちょうど中間、やはり人家も何もない山中で、また猫の姿を見た。やはり道の端に座りこみ、しんねりとこちらを見つめている。
「あれはビビだよ。私たちが帰るのを待ってるんだよ」
 娘の声に、さらにスピードを上げた。
 ようやく家に帰りついた私たちを、ビビは道の端に座って待っていた。そろそろ戻る刻限だと知っているような顔つきだった。
 そんなことがあって、ビビさんは家の中で飼われるようになった。単なる「ビビ」から「ビビさん」と呼ばれるようになった。
「ビビさん、また人間にならないかなあ」
 今でもときおり、娘が言う。
「でも人間になったらパパが大変かもね。ビビさんはパパを愛しているから」
 そうなのだ。私へのビビさんのなつき方は尋常でない。
 人間になったら本当に大変かも知れないと思う。愛人や妾に細かく気配りできる甲斐性を、残念ながら私は有していないのだ。

写真:ビビさん、笑う。

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