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2006年09月25日

●寒谷峠銀砂幻想

 私たち天文ファンにとって「人工照明」というものは憎んでも憎みきれない仇敵のようなものです。明かりに追われて山奥へ山奥へと逃げてゆく天文ファンの姿は、我ながら悲しいですよね。
 ところが最近、ふとしたことから「心安らぐ人工の明かり」を見る経験があり、少しく人工照明に対する認識を新たにすることができました。

 私の住んでいる岐阜県藤橋村は、美しい星空に恵まれていることで有名です。これは、周囲を山に囲まれ、かつ人口が大変に少ないためなのですが、反面、四方どちらを向いても山ばかり、広い視界が得られないという欠点も併せ持っています。
 そのため、田舎に住んでいながら、観測する天体の高度が低い場合には、低空が見える場所へジプシー観測をすることになるのですが、南西の低空を見る際には、藤橋村と坂内村の村境にある寒川峠という場所に出かけます。藤橋村の中心部である横山地区にある夕日谷キャンプ場をかたわらに見て、さらに林道を上ったこの場所は、さほど広くはないものの、直接目に入る人工の明かりは皆無という恵まれた環境です。

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 昨年の冬のはじめ、シュワスマン・ワハマン第3彗星を見るために、15㎝双眼鏡を車に積んで、私はこの峠に出かけました。シュワスマン・ワハマン第3彗星はちょうど大バーストを起こしており、予報光度よりもはるかに明るい6等級、ダストの尾を流した雄大な姿を見ることができ、大満足した私は、同彗星が西空に沈んだ後も双眼鏡で西の空を彩る夏から秋の星座を探索していたのです。
 ふと気づいたときには、かなりの時間が過ぎていました。空は相変わらず透明そのもの、秋の天の川が雲のように頭上を流れ、そろそろ虫の声も聞こえなくなった山中は静寂そのものです。
 月の出が迫ってきたため、私は双眼鏡を片づけ、その日の観測を終えました。
 真っ暗な峠道を、慎重にハンドルを握りながら下ってゆきます。ヘッドライトに映し出されるのは、荒れた路面と葉を落とし始めた木々の影だけ、そんな山道をかなりのスピードで下っていた私は、ふと、前方に星の光を見た気がしていぶかしく思いました。もちろん、頭上には満天の星空が広がっているはずですが、ヘッドライトに幻惑されて星の姿は見えるはずもありません。

 おかしいな、と思った次の瞬間、たしかにフロントガラスの向こうにきらめく一群れの星を見つけ、私は車を停めました。
 車から降り、地平線からわずかに下方を見た私は、思わず息をのみました。
 それは、まさに星でした。輝星・微星が入り混じって、ちょうど低倍率で見る散開星団さながらに、きらめく星の群れが静かに明滅しているのです。角度で言えば、ほんの2~3度の範囲、散開星団というたとえが適切でなければ、漆黒のビロードの上に銀砂をひとつかみ、そっと撒いたような、控えめですが幻想的な星の輝きです。
 私は空を見上げました。木立の間から覗くまばゆいまでの秋の星々、そして私の足もと、初冬の闇に沈んだ下界にきらめく銀砂さながらのもうひとつの星の群れ。
 それは遙かに望む、藤橋村の明かりなのでした。
 藤橋村は人口わずかに450人、揖斐川が刻んだV字谷の僅かな平地に人々が寄り添うように暮らしています。その周囲は完全な無人地帯であるために、高所から見ると、ささやかな集落に灯る明かりの群れが、ちょうど散開星団のようにごく狭い範囲に寄り集まって見えているのでした。

目の敵扱いの人工照明ですが、このときばかりは頭上を彩る秋の星々と眼下に瞬く藤橋村の遠い街明かりの双方を、とても優しい想いで見つめることができました。
 初冬の峠道で見つけた「地上の星明かり」の話はこれだけです。
 私はふたたび車のハンドルを握り、人の暮らしの中へと戻っていったのでした。

Star Light Party通信 Vol.8(1995年)掲載加筆訂正
写真:ペルセウス座(55mm F2.8レンズにて)

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コメント

街の明かりがあたかも星のように見えるのはなんとも幻想的な光景ですね。
散開星団の優しい明かりを撮影したら、星野写真のようになるのでしょうか・・。

以前から一度松本さんに聞いて見たかったことがるのですが、単独で山の奥に深夜星見に訪れる時、一人で不安になったり、ふと怖くなったりすることはないのでしょうか(笑)?私は、霊感等はないのですが、何時も山奥で一人、「怖くないのかな~」と思っていたりします。くだらない質問で恐縮です。

じっちゃん、こんばんは。

山の中に限らず海辺でも原野でも、日本中のあちこちで星を見上げてきましたが、怖いと思ったことやこの世ならぬモノの気配を感じたことは一度もないです。うーん、鈍感なのかもしれません。岐阜県の山の中は、ちょうど奥多摩とよく似た感じです。ということは、それなりに不気味な雰囲気はあるのですが、別に何ともありません。

何かを感じるという意味では、幽霊や妖怪の類よりも、ごく稀にですが、自然そのものが発する超越的な意思みたいなものを感じることはあります。天の啓示、といったようなものでしょうか。うまく言えませんが、普遍的でありながら超越的な意思、とでもいう存在です。そうした存在を身近に感じたくて星を見ていると言った方がいいかもしれません。

あんまり答えになっていないかもしれませんね。とにかく鈍感なので、こと、怪異的なモノという点では、お化けそのものはもちろん、それらしい気配も感じたことがないのです。なんだかつまらないなあ。

松本さん
くだらない質問にご回答ありがとうございます。
となりますと、私は、相当臆病なのかもしれません(笑)。
以前、奥多摩から塩山に抜ける道沿いの「おいらん渕」を車で通った時も、周りに車が無く真っ暗でとても怖かったです。女性的なのかな(笑)。
「超越的な意思」ですが、私も小学生の時に感じたような気がします。メシエアルバムで
距離が何万光年と書いてある小宇宙を望遠鏡で見ていると、時空を超えて、何か宇宙的なものと繋がっているような気になり、相当脳内モルヒネが出ていたように思います。

その感覚が、今でもあるからこそ、もちろん怖くも(笑)ないのだろうと・・・。そういう意味では、清水氏はもちろん、未だに半分仕事とは言え一人で「戦場ヶ原」に深夜出かける井川氏も、同じ感覚、宇宙との時空を超えた繋がりのようなものを感じえるのでしょうか・・。
今度聞いてみたいと思います。
宮沢賢治さんなんかは、常にそういった気持ちで夜空を花巻や深夜の岩手山登山で抱いていたのだと思います。
(私だって、昔は極寒に観測にも自然と耐えていたよな・・)

しかし、そういった何とも言えない感覚でもないと、趣味としては、やはり天文は、相当ハードな気が、今するのです・・・。

おお、おいらん淵。柳沢峠、懐かしいなあ。バイクでよく攻めに行きましたヨ。
高校2年のとき、学校の恒例行事で、一晩かけて塩山から柳沢峠を経て奥多摩湖まで歩かされました。(距離にして48キロだったかな)
あのときも、おいらん淵のすぐ横を歩いたわけですが、小雨のそぼ降る日で、100%の幽霊日和でした。でも、みんな歩くのに必死でお化けどころじゃなかったかもしれません。
ひとつだけ思い出しました。赤平氏と軍畑へ観測に行った時、曇っちゃったのであたりを散歩していて、遠くに確かに人の顔、それもかなり恐ろしげな形相を見つけ、ビビッたことがあります。絶対やべえよ、そう言いながら恐る恐る近づいていったのですが、何のことはない、「川で遊ぶと危ないよ」的な看板に書いてあるカエルの絵でした。人の顔、と思い込むとそう見えてしまうのですね。
でも、幽霊やおばけがいないとは思っていません。何度かそうした経験もあります。いずれこのブログにも書きたいと思います。けっこう怖い話もありますぜ。
怖い話といえば、小説でもいくつか怖いヤツを書いています。そのうち掲載しますので、一人きりで暗い所で読んでくださいね。

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