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2006年07月15日

●揖斐川西谷をたどる

旧徳山村の開田から、揖斐川の流れは東西に分かれます。冠山へ向う流れが本流の東谷、もう一本が西谷と呼ばれています。冠山峠を目指す車の行き交う東谷に対して、行き止まりの西谷は訪れる人もあまりありません。

西谷沿いには、古くから戸入、門入の二集落が開け、門入からはさらに、ホハレ峠から坂内村川上を経て、滋賀県方面への道が続いていました。
戸入、門入、どちらも入という文字を含んでいますが、「にゅう」とは水銀を産する場所を意味する地名です。室町時代には「門丹生」と書かれ、昭和60年の調査で門入から西谷と分かれる入谷に、水銀鉱山があったことがわかっています。戸入は、門入への入り口という意味があるものと思われます。

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西谷集落への生活用品は、ほとんどがホハレ峠を人の背に負われて入ってきました。ホハレ峠とは変わった名前ですが、背に食いこむ荷物の重さに、頬が腫れるほどであったということからついたとも言われています。
門入からホハレ峠を経て坂内村へ続く道が掻かれている地図もありますが、今は完全な廃道であり、通り抜けはできません。

ダム工事が進む東谷と違って西谷は静かです。村人が去った集落に、木々はのびのびと葉を茂らせ、鳥は無心にさえずり、水底に沈むまでの束の間の静寂を謳歌しているようです。

写真:門入からホハレ峠への橋
(月刊「西美濃わが街」2004年6月号)

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