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2006年07月04日

●随筆「ふるさとは東京」

風の冷たさにふと気づいて、僕はレンズから目を離した。観測を始めてから、すでに30分が過ぎている。
空を見上げた。
丸いドーム。長方形に開いたスリットから、こぼれんばかりの星の光が降り注いでいる。
口径60センチの大反射望遠鏡の姿が、星あかりを浴びて暗闇の中にうす青く浮かんでいた。その丸い視野の中では、肉眼には決して映ずることのない、数千光年彼方にあるはずの名も知れぬ星々が、かすかな大気の揺らぎを受けて、生き物のように明滅しているのだった。

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寒い。4月の声を聞いても、山間のこの村では、夜ともなれば零度近くにまで気温が低下する。
長年住み慣れた東京を離れ、岐阜県にある人口わずか450人足らずのこの山村に移り住んでから、いつしか6年が過ぎようとしていた。その頃、ちょうど一歳になったばかりだった娘は、この春、小学校に入学する。

村立の公開天文台職員として、慣れない土地で、それでも懸命に過ごしてきた歳月を振り返るのは、こうして一人きり、天文台のドームの中で、遥かな時間と空間を越えて地球を訪れた星の光と向かい合うひとときだ。
僕も妻も、東京で生まれて東京で育った。子供の頃からの星好きが嵩じて、ふとしたきっかけから、八年間勤めた会社を辞め、それまで縁もゆかりもなかったこの山村の職員として、30年間過ごした東京を後にしてきたのであった。
「ふるさと」という言葉は、甘く切ない。そして、この言葉に多くの人が描くイメージは、唱歌「ふるさと」の情景である。
しかしそれは、普遍的なイメージではあるけれど、確たる現実として、僕にとっての「ふるさと」は東京だ。
滑稽かもしれないが、年に数回、東京に帰省するとき、僕は「ふるさと」を実感する。新幹線が新横浜を過ぎ、多摩川を渡るとき、そして東京駅に到着の直前、減速した車窓をオフィスビル街が通り過ぎるとき、それまで張りつめていた心のどこかが、急速に緩んでゆくのを感じるのである。
あるいはそれ以前に、岐阜羽島駅や名古屋駅で「東京」という列車の行き先案内を見たとき、僕の心はすでに故郷へと翔んでいる。それは恐らく、東北出身の人が上野駅の長距離ホームに立ち、故郷の駅名を掲げた列車を見たときに抱く想いと共通のものなのだろう。
いくばくかの時間が過ぎ、僕は再びレンズに目を当てた。
心の片隅を、ふと後悔がよぎる。両親や親戚、友達と別れ、この山村へやってきたことは、とんでもない過ちだったのではあるまいか。
が、次の瞬間、僕は思い直す。東京を遥かに離れたこの土地で、憧れ続けた星空に少しでも近づくことによって、ふるさとである「東京」を誇りに思うことができるのだ、と。

(1998年 明窓出版刊 エッセイ集「一頁のふるさと ハリエンジュの湖畔」より)

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コメント

こんばんは、
この表現頂きます。
「天文台のドームの中で、遥かな時間と空間を越えて地球を訪れた星の光と向かい合うひとときだ。」
安八や四日市の観望会で使わせていただきます。

どうぞどうぞ、使ってやってください。
昼間の青空もきれいですが、地球を取り囲む広大な宇宙を誰もが肉眼で確認できる夜の空こそが、本当の空なのだと思います。
無数の星の光、それぞれがどれも異なる距離にある異なる世界なのだと考えると、素晴らしいような恐ろしいような気がしませんか。

こんばんは。
「ふるさとは東京」これは初代ウルトラマンの「ふるさとは地球」からの引用でしょうか。あのエピソードは金星に打ち捨てられた宇宙非行士ジャミラと科特隊イデ隊員の悲しいエピソードでした。
日本人の原風景として語られる典型的な田舎の風景。あれは嘘ですね。わたし自身は田舎育ちですから、緑波打つ平野の水田は確かに原風景ではありますが、それは写真写りのよい山間部の棚田ではありません。同様に都会生まれ都会育ちの方には田舎の風景は原風景ではありえません。なのに文部省唱歌はいまだに「兎追いし彼の山」。なんだか政治的な意図を感じてしまいます。ふるさとは人それぞれ、文部省の定めるものではありません。より普遍的な星空に自らの根源を求めたいと思います。

それにしても晴れませんね。

おおのさん
こんばんは、よく知ってますね。
「おたくやなぁー」
私勘違いしてました。
東大和天文同好会は東京にあるんですね
奈良と思ってました。大和の国の東というと
かってに天理市のあたりかなぁと・・・
ふるさとは東京で、奈良で就職して
同好会を作り、藤橋村に来られたという
シナリオを勝手に作っていました・・・
「ひがしやまと・・・」でいいんでしょうか

おおのさん、「ふるさとは東京」のタイトル、指摘されてから気づきました。そういえばそうですね。初代ウルトラマンにそういうのがありました。無意識のうちにあったかもしれませんが、特に意識してつけたタイトルではありません。なんとなく、という感じですね。

生川さん、そうです、ひがしやまと、と読みます。東京都東大和市というのが私の育った所なのですが、そこで、小学生3人が集まって結成したのがこの同好会です。ですから、もう30年以上続いていることになります。
生まれは東京都板橋区ですが、小学校2年生のときに東大和市に転居、結婚して今度は東京都福生市に転居、そして藤橋村、という具合に、どんどん田舎へ?移り住んでいます。

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