●第3訓「週末田舎暮らし・・・ちょっとムシが良すぎませんか?」
しばらく前から「週末田舎暮らし」という言葉を聞くようになりました。
ウィークデイは都会で仕事をし、土日になると特急列車や高速道路で田舎の自宅に帰り、畑仕事や森林浴にいそしむというものです。
ちょっと考えると、これは非常に具合が良さそうです。都会の暮らしも田舎の暮らしも満喫でき、交通費は多少かかるものの、都会では持てない大きな家を、土地代の安い田舎に建てることもできます。
実際、そうした暮らしを選択する人も増えつつあり、そのテの本もけっこう出版されていたりします。
でも。本当にいいことづくめでしょうか。
本人にとっては悪くないかもしれません。しかし、第2訓でも書いたように、田舎は住む人すべてが一種の運命共同体です。その土地にともに住み、自然や過疎の脅威にさらされながら、明日を切り開いていく場所なのです。
そうした土地に「俺は週末しかいないよーん。地域の役や共同作業は忙しいからできないよーん」的な人が紛れ込んだとしたらどうでしょう。
たしかに見かけ上の人口と税収は増えるでしょう。しかし、地域の役には立ちません。
別荘族であれば、はじめから地元とは無関係ですが、週末田舎人となれば話は違ってきます。住民票があるのですから、少しは地域の仕事もしてもらいたいと思うのが人情ですよね。
そうした人が、いかに畑を作ろうが林の中を彷徨しようが、地元の人にとっては都合の良い所だけを楽しんで、ゴミをポイ捨てする観光客と同じです。それはひどいと思われるかもしれませんが、土日だけでも田舎で暮らせば、そのゴミの始末は地元で引き受けなければならないのです。
本人だけが「田舎暮らしはすばらしい。森に囲まれた自宅のテラスで飲むコーヒーは格別だなあ」なんて思っていても、実のところ迷惑以外の何ものでもありません。
いささか厳しいことを書きました。
でも、よく考えれば、ここに書いたことは都会でも同じです。地域と無関係に自分の価値観だけで暮らす。そんな人が増えているからこそ、この国の抱える病は重くなっているのではないでしょうか。
写真:旧藤橋村の入口 椿井野遠景
