●夜明けの星
子供の頃から星を見ることが好きだった。最近は、仕事と家庭に忙殺されて、星を見上げる時間もなかなか取れなくなっているが、それでも休みの前日などには、明け方まで星の光を浴びて過ごすことがある。
一晩を星との対話に費やしたあとに見上げる夜明けの星空は美しい。多くの人が夢路をたどっている時刻、家々の窓はまだ暗く、車の通行もほとんどない。星を見る妨げとなる人工の光と大気の汚れが最も少ない時間帯なのだから、当然といえば当然なのだが、実際に夜明け前の清澄な星空の下に身を置いていると、どうもそればかりが理由ではないような気がしてくる。
人間の活動による騒音がなく、あたりが静寂であることも理由のひとつだろう。たとえ満天の星空を見上げていたとしても、周囲がうるさくては星空の魅力は半減する。
あるいは、星を見上げる人の心の方に理由があるのかもしれない。煩瑣な夕方より夜明け前の方が、心は確実に澄んでいる。遙かな時空を越えてきた星のささやかな光は、静かで澄み切った心にこそ焦点を結ぶのではないかとも思う。
季節を先取りできるのも、夜明け前の星空の魅力だ。吐く息も凍りつく真冬の黎明、南東の空には夏の代表的な星座、さそり座が昇っている。その心臓に赤く輝く一等星アンタレスを見つめていると、まだ遠い夏の香りを少しだけ嗅ぐことができるし、ひんやりと青い夏の明け方、斜めに並んだ三ツ星を擁した冬の代表的な星座であるオリオン座が昇ってくるのを見れば、透徹した真冬の大気を予感して心が凛とする。
そんな夜明けの星空を見上げるたび、初めて星を見た幼い日の記憶が鮮やかに甦る。小さな天体望遠鏡の傍らで、ただ無心に星の世界に憧れたあの頃の自分を、少しだけ取り戻せるような気持ちになる。
私にとって、星を見るという行為は、ただ視神経でその輝きをとらえるだけではなく、心の中まで降り注
ぐ光子のシャワーを浴びることだ。煩瑣な日常の中で、知らず知らず心の表面に降り積もった何かを洗い流すために、夜を徹して黎明の星空を見上げるのだ。
(「西美濃わが街」2004年3月号)
