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2006年05月20日

●基本は星像の美しさ

旧藤橋村へ移住したのが平成4年6月。それ以来、教育委員会事務局で勤務していた3年間を除いて、すでに10年以上、プラネタリウムの解説を生業にしていることになります。

藤橋城(西美濃プラネタリウム)は、ドーム径9.2メートル、座席数86席、投映機はミノルタのMS-8です。
といっても、最新鋭の大型機しか見たことのない方にとっては、MS-8という投映機、ご存知ないかもしれません。10メートル以下ドーム用のツアイスタイプ、操作はすべて手動という機械です。
最近は、こうした小型機でもデジタル化が進み、地球から見た星空だけでなく任意の天体から見た星空を投映できたりと、さまざまな機能を持つ機械も増えてきていますが、MS-8は、レンズを使って恒星原版に穿たれた星を映し出す、本当に古典的なフルマニュアル機となっています。

20060519a.jpg

「そんな古めかしい投映機じゃ、もう時代遅れじゃないの」なんて思わないで下さい。
実は、このタイプの投映機が映し出す星像は、デジタル機に比べて何倍も優れているのです。
デジタル機も長足の進歩を遂げてはいますが、大型館用の高価な投映機でも、その星像はぼってりと大きく、本物の星空とは比べるまでもない貧弱さです。
14年前、採用試験に合格し、初めて当館のプラネタリウム投映を見学したとき、私はその星像の臨場感に本当に感激しました。
もちろん、当時、解説を担当されていた小栗さんのすばらしいナレーションや機器操作も感激に一役買っていたことは間違いありませんが、長年星空を見つめてきた私を瞠目させるに足る星像であったことは間違いありません。

以来14年、あちこちのプラネタリウムを見てきましたが、メガスターを除いては、ウチの館に優る星像を映していた館はなかったような気がします。ですから、今でも私は、レンズ式の古典的な投映機が大好きです。
プラネタリウムの基本は、派手な演出でもなく、ましてや人気アニメのキャラを使った人気取り映画でもない、星像の美しさであると信じているからです。

最近でこそ、家庭用プラネタリウムの爆発的なヒットなどによって、プラネタリウムの人気は回復傾向にありますが、基本的にはその入館者数は長期低落傾向をたどってきました。
一部のプラネタリウム関係者は、そうした傾向に危機感を抱き、派手で奇抜な映像と大音響を駆使した番組を作り、入館者をひきつけようとしています。もちろんこうした傾向には、フルマニュアル機を自在に操作できる熟練解説者が非常に少ないこと、大がかりで高価な投映機と番組を売りこみたいというメーカーの戦略も大いに絡んでいるのですが、はたして入館者の皆さんは、ゲームのような派手派手しさをプラネタリウムに望んでいるのでしょうか。
心安らげる静かな時間と空間を望む方が、本当は多いのではないでしょうか。

もう一度、入館者のニーズと投映機の基本性能に立ち返って、プラネタリウムを考え直すことが必要ではないかと思います。

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コメント

松本さんこんばんは。
わたしは名古屋生まれの名古屋育ちなのでプラネと言えば名古屋市科学館のツァイス式投影機にナマ解説が基準です。でも星像はボテボテだったかな。
以来あちこち見てまわってます。岐阜市科学館の五藤は星像は悪くないですがオートのプログラムにしょぼしょぼな印象があります。長野県南牧村のプラネはひと昔前に三次元グラフィックスで鳴らしたSiliconGraphicsと五藤のコラボレーションだそうですが星像は湿度ベタベタの空のようでした。大平さんのメガスターは観賞用として優れていますね。セガのホームスターはなかなかよく出来ていると思います。安八にあるミノルタはコントラスト悪く解像度も悪いですがF越さんのナマ解説が良かったです。他には飛騨と東栄町で見たかな。関東にいたころ近所だった町田や相模原は機会を逸しました。ヨハネスブルグではタイミング悪く見られませんでした。
学生の時には同好会でアルミのサラダボウルでピンホールプラネ造りました。岐阜県下最大のエアドーム(当時)に数千の星像を投影して、もちろんナマ解説。

そうか、わたしは星像よりも解説基準なんだ。というわけでプラネの生解説の血脈が途切れないことを切に願っています。

おおのさん、コメントありがとうございます。

そうですね。星像は基本中の基本ですが、解説も基本ですよね。
プラネ業界でも、もっと広義な天文業界でも(といってもどちらもめちゃくちゃ狭いですが)、生解説がいちばん、プラネを堕落させたのはオート投映だということはさんざん言い尽くされているのですが、それでもオート番組がはびこり続ける現状は、理解しがたいものがあります。
プラネメーカーが、オート機を売りたいのはわかりますが、信じられないのは、解説者と言われる人の中にも「生解説はしたくない」という人種が現れ始めたことです。
オート投映しか行なっていない館のあるスタッフが、「番組制作の予算がなくて困っている」とこぼすので、「それならアンタが自分で解説すればいいじゃない」と言ったところ、上記のような返答が返ってきたのです。
こうした館は、一館のみではありません。複数館のスタッフから同様な返答があり、これでは駄目になるわけだなあ、と寂しく思ったものです。
おおのさんが言われるように、生解説の血脈を途切れさせないようにしなければなりませんね。

生解説もむずかしいですよね。
いや話すことそのものの難しさではなくて、経済性。ヒトが30分なり1時間なり話すことは、すなわちそれ相応の人件費が発生します。オート番組なら人件費はミニマムで、要すれば他にコストを割くこともできます。ニッポンにはプラネタリウムは諸外国よりもずっとたくさんあって、しかしその多くはランニングコストをペイできるほど売り上げがないとも聞いています。それが公共施設であれコスト削減は至上命題であり、人件費は削りやすく効果も判りやすい。事情は理解します。そんな中で生解説を続けていけるのはプラネタリウム運営母体の良心といってもいいでしょう。でもそれがいつまで続くやら。

せめてわたしは、一般むけの観望会で自分のコトバで解説することにしましょう。「キミが生まれるずっと前、月まで行って帰って来たひとがいるんだよ」とか。

こんばんは、
SLP岐阜の大野さんに教えてもらい
お邪魔致しました。
まだ少ししか読ませて頂いていませんが
いろいろ勉強になります
まずはお礼まで

生川さん、こんばんは。コメント、ありがとうございます。
忙しさにかまけて、SLPの活動にも参加できず、そちらの施設へも久しく行っていませんが、もう少し落ち着いたらぜひご一緒に星を見る機会を持ちたいと思っています。
今後ともいろいろと教えていただければ幸いです。

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